肆・姑獲鳥
赤子が泣いていたんだよ。
河原でさあ、
独りきりでだよ。
赤ん坊が泣いてたんだ。
こんな可愛い赤子を置いてさ。
近くに洗濯桶があったっけね。
ようし、ようし、
赤子を抱いてやったよ。
火のついたように泣いててねえ、
とても見てられなかったから。
ようし、ようし、
左右に揺すってやってね、
あやしてやった。
乳が欲しいか、
べべが濡れたか、
かか様が恋しいか、
ようし、ようし、
訊ねたって赤ん坊が口を利くわけもないからね。
尻は汚れちゃいないし、
乳をまさぐるそぶりはないし、
きっと淋しくて泣いてたんだねえ。
けど、あやしても、あやしても、
泣き止まないんだよ。
子供ってのは不思議なもんで、
母御の腕とそうでないのと、ちゃあんと区別するんだろうねぇ。
目だってまだ
だんだん惨めになってきた。
この子の母御はもう居ないんだよ。
どんなに泣いて呼んだってさあ、
迎えにゃあ来ないんだよ。
そりゃそうだろう、
近くに洗濯桶があって
そこにちょいと赤ん坊を寝かせて
遠くへ行く母親が居るもんかい。
近くに潜んで聞いているんだよ。
火のついたような叫び声で
自分を呼ぶ我が子の声を。
耳を塞いで聞いているんだよ。
酷いねえ。
口減らしだろうかねえ。
それとも病んで面倒を看きれなくなったのかねえ。
なら、あたしが貰って行こうかね。
けどさあ、
泣き止まないんだよ。
赤子が。
泣いて泣いて、母御を呼んでいるんだよ。
かか様をね。
ちゃあんとわかっているんだよ。
区別がついているんだよ。
惨め。
なんて惨めなことだろう。
憎らしいねぇ。
恨めしいねぇ。
浚って、殺して、喰らってやろうか。
ぎたぎたに引き裂いて、
臓物を引きずり出して、
開いた口に詰め込んで、
首と胴とをちょんと離して、
骸にしてから返してやろうか。
でもねぇ、それじゃ思う壺だろ。
母御は此処があたしの棲み処だって、
知ってて赤ん坊を置いたんだからさ。
ねえ、どうすりゃいいと思う?
*
ガアガアと、
我が子を探しているからだ。
オンギャアと、
応える我が子の声を待っている。
ソレの両腕は翼に変じている。
乳房は垂れ、枯れている。
ソレは果てなく彷徨い続ける。
我が子を求めて放浪する。
けして見つかることはない。
けして見つかることはない。
それは慈悲だ。
ソレの両腕は赤子を抱けぬ。
ソレの乳房を赤子を満たさぬ。
故に、その絶望に触れないよう、神仏の慈悲が出逢わせぬのだ。
*
知ってるかい。
あの山の奥の川岸にね、ウブメが棲んでいるんだって。
あたしも最近聞いた話だけどね。
ウブメってのは
つまり、
赤子を産んだ女のことだよ。
綺麗な女なんだってさ。
腕がこう、細くってね、
色が白くて、そう、とても田舎の女に思えないくらい。
それで腰がきゅうっと締まっていて、尻がふっくらしてね、
まあ、産女ってくらいだから、そりゃお産に向いた体なんだろ。
でも赤子が居ないんだよ。
産んだはずの赤ん坊が。
死産したのか流れたのか。
哀れだね。
それでね、代わりの子供を欲しがってるんだって。
ねえあんた、
ちょいと相談なんだけどさ――
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