弐・天狗
強くなければならぬ。
天空を飛翔する勇姿に相応しく、
強くなければならぬのだ。
誇り高く、尊厳に満ち、猛々しく、
強き
健やかな魂に
強靭な血肉が湧く
故に、
強くあらねばならぬのだ。
*
赦してくれ
いと愛すべき御前の
いと憐れむべき
おれは涙のひとつも流してやれぬ
胸を裂く咆哮を
喉を
けして
嗚呼、なんという細い腕
痩せさらばえた頬に
腐臭を放ち蕩けだした腹と腿に、
もはや血の気も失くしたか
膚は土色に変わり果て
窪んだ眼窩に瞼はない
あの黒々とした瞳
おれを見据える真っ直ぐな
然様、
御前はおれを仰がなかったな
いかに仰ぎ見ようとも、おれを崇め敬いはしなかった
なんたる不届き者
神の遣いであるおれを
山に通ずるこのおれを
真っ直ぐに見据えていた
知っていたのだ
御前は
感知していた
見抜いていた
おれの、
身程にない
低俗な
浅ましい
愚かしい
弱い
そうだ
愚昧にもおれは
ひとを好もしいと思ったのだ
違う
愛おしいと、
感じたのだ。
つつがない人々の暮らしよ
里山の
灯かりの少ない家々の
身を寄せ合い
助け合い
時に詰り合い
憎み合いながら暮らすひとの世を
愛くるしいと
見届けたいと
加護したいと
願ったのだ
神の威厳を携えて
*
天狗様
天狗様
山の神であらせる天の
どうか村にお恵みを
田畑に実りをくださいませ
たわわな稲を育まれませ
くだらない。
神などあてになるものか。
必要なのは労働だ。
知恵を働かす脳味噌と、
体を動かす骨髄だ。
労をいとわぬ心持ちだ。
それをなんとお粗末なこと。
神に頼んでなんになる。
神が土を
神が
信じない。
おらは神など
天狗様
天狗様
どうか嘲笑われませ
どうか天の
*
草萌ゆるは
風巡らすは
痩せた土地
枯れた水
淀んだ気
これでは誰も生きられぬ
これでは里は朽ちてゆく
せめて山に分け入れば
木々の実りや獣の肉や
川に遊ぶ
けれど
荒ぶる天狗の棲むところ
手出しはならぬ
飢えようと
手出しはならぬ
渇こうと
天狗は崇め奉り
山が怒りを噴き出さぬよう
鎮め、
鎮め、
無力なひとは願うばかり
祈るばかりがひとの
だが
賜るためには捧げねばならぬ
感謝を、畏敬を、示さねばならぬ
故に、
故に、
さても
*
しゃらん
しゃらん
と、土を穿つ
あの金色の
いつぞや聞いた
何故、この手が握るのか
しゃらん
しゃらん
と、土を穿つ
嗚呼、ひもじさに痛む背に
重い
つばさが――
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