後輩は早とちり

放課後、俺は全国チェーン店のファミレスである、cocojoyの入口前で深呼吸する。


「先輩、緊張してるんですか?」

「そりゃするでしょ。君のお父さんに、俺の家に娘さんを泊めましたって言うんだから。何発か殴られる覚悟はしてるさ。」

「大丈夫ですよ先輩、うちの親は厳しいですけど手を出したことは一切ないですから。」

「ま、こんな所で話してても何にもならないから、そろそろ行こっか。」

「はい、そうですね。」


俺たちはドアを開け中に入る。


「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」


というお決まりの挨拶、これに対して陽姫は店内を見回すと……、多分親を見っけたのかな?そこを指さして、


「あそこの人達の連れです」

「了解しました。ではごゆっくり」

「じゃ、行きましょ先輩」

「う、うん」


俺はもう一度陽姫に気づかれないように深呼吸をし、気持ちを整える。陽姫が歩いていく後ろを着いていくと、多分陽姫の家族であろう三人が見える。

一人は四十代後半くらいのダンディーなおじ様。

かなり顔が整っていて鼻筋が通っている。


その隣に座るのは多分陽姫が言っていたお姉さんか?どう見ても年下にしか見えないが大学生らしい。


そして最後におじ様の正面に座る、陽姫とよく似た顔立ちの女性。栗色の髪の毛をショートボブにして、それがとても映えている。


と、陽姫パパがこちらに気付く。


「陽姫、とりあえず色々言いたいことはあるが、座りなさい。あ、ドリンクバーも頼んであるからジュースか何かを注いでくるといい。」


ん?厳しい親と聞いていたが、少しだけ違和感を覚える。


「ん?陽姫、そちらの方は?」

「あー、この人高校の先輩で命の恩人、そして昨日泊めてもらった」

「ごめん、パパこの人の家に泊まったって聞こえたんだけど冗談だよね?男の子の家に泊まる訳がないよね?」


早くも陽姫パパのイメージが崩れ掛けている。


「うんん、この人の家に泊まった。ちゃんと私、そう言ったよ。」

「はぁ、そうか」


おっと、一瞬で厳粛な父の顔に戻った。


「済まないね、君、名前は?」

「根付陽太です。」

「娘が世話になった。御家族にも迷惑かけただろう。ほんとに申し訳ない。」

「いえ、気にしないで下さい。

俺、家族いないので」


陽姫パパは突如ショックを受けた顔になった。血の気が失せて真っ青だ。大丈夫かな?


「ねぇ、ママ?陽姫が一人暮らしの高校生の家に泊まったって、最近変な男とつるんでるから心配はしてたが……、どうやら私たちの娘はもう手遅れらしい……、ぐすん」

「パパ?他に言うことは無かったんですか?全く……、根付君、うちの亭主が変なこと聞いてごめんなさいね?」

「い、いえ、気にしてないので、大丈夫ですけど。」


気になったことが一つ。陽姫パパがどれかは分かった。だが今この少女が陽姫パパのことを亭主と呼んだ気が……。


「なぁ陽姫、この中で君のお母さんってどの人?」


と、こっそり聞いてみる。


「え?あの人ですけど」


そう言って陽姫が指さしたのは、ショートボブの女性、ではなく陽姫パパの隣に座っている少女だった。


「えぇぇぇぇ!?!?!?」

「あははー、分かりますよ?先輩、友達もみんな同じ反応しますから……、」

「あらあら、どうしたんですか?根付君」

「い、いえ、ただお若いお母さんだなーと。」

「もう!お上手なんですね!こんなおばさんに若いだなんて!!」


と言って顔を赤らめるエセ少女。


「先輩、実はママはああ見えて四十三歳なんですよ?」

「こら、親の年齢をお友達に言うもんじゃありません!」

「あ、あはは」


ダメだ、もう引きつった笑いしか出てこない。

陽姫パパは青い顔で項垂れてるし、陽姫ママは赤い顔でクネクネしてるし、ショートボブの人、多分お姉さんは我関せずでジュースを飲みながらケータイを弄っている。

もはやカオスと言っても過言ではない。

早速帰りたくなってきたよ。


◇◆◇◆


陽姫ママが隣のおっさんを宥め、ようやく落ち着く。俺の小学校の頃の担任風に言うと「はい、皆さんが落ち着くまで二十分かかりました」ってやつだな。

陽姫の親御さんの手前ケータイも弄ることも出来ない、ただボーッとしとくだけの俺の気持ちも考えて欲しい。


「さて、取り乱してしまって済まない。自己紹介が遅れたね、私はこういう者だ」


とポケットから名刺を取り出し俺に渡す。

見てみると、有名な弁護士の事務所で弁護士の仕事をやっているようだ。名前は、水面日々樹(ひびき)と書いてある。

ちゃんと凄い人なのに、娘のことになると人ってこうも豹変しちゃうもんなんでしょうか?


「ありがとうございます。……、弁護士をしてるんですね」

「ああ、やりがいのあるいい仕事だ。それはそうと、根付君は一人暮らしなのかい?」

「ええ、まぁ」

「どういった経緯でうちの娘が君の家に泊まったのか説明して貰っていいかな? 家に泊めるくらいだから娘とはいい関係なのだろうけど、一人暮らしの男の家に女の子が泊まるのも少し疑問に思ってね。」

「はい、少し長くなりますが、聞いて貰えますか?」

「今日は仕事もなかったから時間はあるんだ。ゆっくりでいいから分かり易いように頼む。」


うむ、これは有無も言わさない目付きだな。


「実は、俺は諸事情あって昨日、自殺しようとしてたんです。山奥の吊り橋で。」


場の空気が一気に凍りつく。シリアス展開ってやつか。


「で、そこで初めて陽姫と出会いました。」

「ほぉう?君は初めて会った子を家に泊めた訳だ?」

「まぁ、パパ落ち着いて下さい。ごめんね?根付君、続けて?」


一触即発の雰囲気になったが、陽姫ママがどうにか立て直してくれた。エセ少女恐るべし。

と、ここで陽姫が割って入る。


「それでね、実は私も死のうとしてたの……、」

「なに!?何か学校であったのか!?なんだ?パパに言って見なさい!!スグに解決してあげるから!!」


あーあ、シリアスな雰囲気がぶち壊しだよこのおっさん。

あれ?でも確か、陽姫はお父さんに何か言われて死のうとしたって言ってなかったっけ。


「覚えてないの?パパが私にお前を育てている意味を考えろって、その後、勉強出来ないようなお前に意味はないって言ったんじゃない!」

「「へ?」」


陽姫パパも陽姫ママも意味が分からないと言う顔をする。


「あのな陽姫、確かに私達は厳しいことを言ったよ、けどねそこまで言った覚えはない」

「そうよ、陽姫。よく思い出してみて?」

「ん、んー?」


と、少し会話が成立しなくなってきたところで、ずっとケータイを弄っていた、お姉さんが割り込む。


「三人に質問。昨日の朝のこと覚えてる?」

「私は新聞を読みながらコーヒーを飲んでいたが」

「私は陽姫と百合香の弁当を作っていましたよ」

「私は、なんで生きてるのかなーってなってそのままボーッとしながら吊り橋まで行ったような。」


ん?お姉さんの言わんとしていることが、いまいち分からないぞ?


「陽姫はさ、朝起きた時、涙とか出てなかった?」

「そういえば……、出てたかも、でもあんまり覚えてないかも。」

「じゃ、質問変える。お父さんに酷いこと言われた時に口論になった?」

「うん、泣きながら、なんでそんなこと言うの!?もう知らないっ!ばーかって言ってやった。」

「「……?」」


両親二人は全く同じタイミング、角度、方向に首を傾げる。


「じゃあさ、陽姫、一昨日の夜お父さんとお母さんに説教された時、言い返した?」

「……、あっれー?んー?」


雲行きが怪しくなってきた。

陽姫の記憶に食い違いが起こったらしい。


「何が起きてるのか分かり易いように言って貰える?百合香」


と、陽姫ママが聞く。


「実は隣の部屋まで聞こえてた。陽姫の寝言は大きいからね。凄い声で「ばっかやろー!!」って叫んでたわ。」

「「「「……、」」」」


あのー、ゆり姉さん。それ知ってたんだったら早く言って貰えませんかね?


「ま、まさか……夢?」


と、当の本人である陽姫は戦慄している。


「はぁ、またいつもの早とちりかー、陽姫も相変わらずだなー!」

「ほんとに小さい頃から何も変わらないですね」


と、夫婦は和やかな成長話をしている。

いや、あんたらの娘、その早とちりが原因で飛び降りようとしてたんだけど?

ってか、ここまでくると、彼氏の方も怪しく思えてくる。


「陽姫、そのー、彼氏と別れた原因ってのも、勘違いだったりするんじゃない?」

「それはないわ。陽姫が泣いて帰ってきた次の日に〆に……、間違い、事実確認しに行ったら泣いて誤りながら事実ですっていったもの。」


陽姫の代わりにゆり姉さんが答えてくれたが、〆るとか泣いて誤りがらって、もしかして武闘派だったりするんだろうか?


今は色んなことを考えすぎて頭が回らない。考えるのはまた今度にするか……。


さて、陽姫も家族と仲直り?できたし今日の目標は達成と言えるだろう。

もし、陽姫が何か酷いことを言われたら弁護しようとおもってたが、それも陽姫の勘違いだった訳だし必要ないだろう。

一件落着ってことでいいのかな?

泊めたとかって言う話はこの際、雰囲気に任せて誤魔化せることができるだろう。

よし、


「陽姫、よく頑張ったね。俺は肉の特売の時間だからもう行くよ。また学校でな!」

「あ、待ちたまえ根付くん!話はまだ終わりじゃない!」


チッ!誤魔化せなかった……。

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