後輩はドラマの真似事をしたい

風呂から上がると、不機嫌な顔の陽姫と既に食卓に並べられた料理があった。


「お、準備しててくれたんだ。ありがとう」

「いえ、先輩が背中流させてくれなかったので他にやることがなかったんです。」


ん?やけに突っかかってくるな。


「ま、まぁ食べよっか?」

「はぁ、そうですね」


受け答えも先程とは考えられないくらい素っ気ない。もしかして結構根に持ってる?

かと言ってこのまま話もせずにご飯だけ食べるのも嫌だ。ずっと一人で食べてたから誰かといる時くらいは、くだらない話をしながら食べたいものだ。

と、ある案を閃いたがさすがにこれは俺も恥ずかしいぞ。

いや、これやったら絶対機嫌治るけど……、はぁ背に腹はかえられないか。


「陽姫。あ、あーん」


俺はスプーンにカレーをすくって陽姫に差し出す。

と、陽姫は不機嫌な顔を一瞬でやめニヤニヤしだす。なんか腹立つがどうやら成功だったらしい。


「先輩ー!やっと私に申し訳なくなりましたか!悪いと思ってるなら、もっと私を甘やかしてください!!」

「えい!(パクっ!)」

「んだー!!!!せっかく押してダメなら引いてみろ作戦が上手くいってたのに!!!どうしてですか!?なんで先輩はそんな意地悪するんですか!?」

「いや、少し悪いことしたかなって思ったけど調子のった陽姫を見てるとつい……。」

「うぅ……、先輩の意地悪」


そう言われると罪悪感が生まれるのも人間というもの。俺とて例外ではなかったらしい。


「あー、今のは悪かった。後で俺に出来ることなら一つだけ言うこと聞くから」

「今言いましたね!?一つだけってところが納得いきませんが言質はとりましたからね!?約束ですよ?」

「分かった!分かったから、早く食べよ?」

「食べたら一つ聞いてもらいますからね?」

「ああ」


この時はまだ抱き締めるくらいだと思うが……、とりあえずご飯だ。


「では改めて頂きます!」


スプーンですくって口に放り込む。味は中辛で少し辛いがそれすら美味しく感じる。

そして、豚ロースの肉が深いコクを出している。

どうやら陽姫は料理が上手いようだ。


「陽姫、すごく美味しいよ」

「先輩の作ったサラダだって美味しいですよ!」

「ありがとう」

「いえいえ!」


ぶっちゃけ野菜刻んでドレッシング掛けただけなんだけどなー。まぁ、美味しいと言われて嫌なら気もしないのは確かなことだ。こんな食事も施設をでてから初めてなのですごく新鮮でもある。


「あ、先輩、お代わりもあるんでどんどん食べてくださいね!」

「おう!ありがとう」


いつもよりだいぶ賑やかな食事の時間は緩やかに過ぎて行った。







────で、なんでこうなってるの?


「ほらほら、先輩。もうちょっと近ずいて下さいよー!!!」


陽姫俺を見上げながら言う。いや、これ以上近ずけられないだろ。


「ほら先輩、手、手をちゃんと回して貰わないと困りますよ!私と一緒にドラマ見る気はあるんですか?」


陽姫が俺の足と足の間で騒ぐ。

そう、足と足の間で……。


なぜこうなったかと言うとテレビのドラマを見ている時だった。

ヒロインの女の子が主人公を背もたれにして一緒にテレビを見るシーンが流れた。すると陽姫が「先輩!私もあれやりたいです!」って騒ぎ出したのだ。

もちろん抵抗はしたぞ?だけど、お願いを一つ聞いてもらう約束でしたよね?と脅され今に至る。


「いやー、先輩ってあれですね?ヘタレですね?もっと頑張りましょうよ!!」

「うっさいなー、俺はヘタレなんかじゃないよ。ただ誰も傷つけたくないだけ」

「その理論がヘタレって言ってるんですよ」


そこまで言うなら見せてやろうじゃないか。

俺は広げた足の真ん中で俺を背もたれにしている陽姫をそっと抱き締める。

なんだろ……、同じシャンプー使ってるはずなのにちゃんと女の子の匂いがする。いや、嗅いだことないけども……。


「はふぅー、先輩、いい感じです、もっと強くしてもいいですよ?」


と言われたので次はもう少し強めに抱き、更に頭に顎を乗せる。


「せ!先輩!どこでそんな高等テクニックを覚えたんですか!?」


陽姫が顔を赤くして珍しく余裕の無い様子だ。

これはちょっと楽しく思えてきた。今度は右手を陽姫の頭に乗せゆっくり撫でる。


「先輩!先輩!これ以上は止めてください!耐えられません!ちょ!離れて!」


ここまで焦るのは珍しいな……、風呂のお返しにもう少し遊んでみるか。

次は肩に顎を乗せ耳元でゆっくり低めの声を意識して喋る。


「やれって言ったの陽姫だろ?」

「しぇ、しぇんぱ〜い、そりぇ、反則ですよ〜」

「俺は感謝してるよ?ご飯作ってくれたし、何より楽しかったよ」

「……、」

「本当に死ななくて良かった。こんなに楽しかったのは久しぶりだ。ありがとう」

「……、」

「?陽姫、陽姫!おーい!」


どうやら陽姫は気絶しちゃったらしい。

それはもうとても満足した顔で寝ていた。

残念だったな、起きてたら俺の本音が聞けたのに……。

俺は自分の布団を敷き、陽姫を寝かせる。起きてたらお姫様抱っこだとか騒ぎそうだが……、まぁ起きてる時はやらないか。

タオルケットを被せ、俺もタオルケットを持ちソファーに寝転ぶ。

今日はもう寝るか。

俺は寝ている陽姫に声をかける。


「おやすみ陽姫、また明日」


もちろん返事は帰って来なかった。

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