二年目 四月中旬 政治家・瓜生一郎

「なんだっけ、この『特異型男性』ってのは?」

 与党の長老格である瓜生は秘書にそう訊いた。

「は……はい……。その……」

 秘書の中村晋介は、どう答えて良いか困惑していた。

 瓜生は、いわば「体が覚えている」事は卒なく出来る。

 例えば、国会答弁であれば、質問を逸らかしたり、「台本」通りの事をやるなら……五〜六〇代の閣僚達よりも巧く出来る。

 しかし、齢で、最早、新しい事は覚える事が出来なくなっている。

 ここ1年ほどの間に起きた事は記憶に残っていない。

 多分、明日になれば……中村の顔と名前も記憶から消えているだろう。

「あ……明日から松尾が復帰しますので、松尾から詳しい説明が有ると思います」

「ああ、そうかい……。ところで、松尾は、いつから休んでんだっけ?」

「はい……1月ほど前からです……」

「そうか……」

 嘘だ。去年の6月からだ。

 特異型男性だと判明して瓜生の秘書を辞めさせられたが……特異型男性が与党支持者に有意に多い事が判明してから、復帰が決まった。

 一度は特異型男性の議員は今後の選挙で党の後任を受けられない事が決ったが、その方針も撤回される事になった。

 「現実的判断」と称する現状維持だ。

 今、瓜生が読んでいるのは、その事を決定した党執行部の会議の議事録だった。

「まぁ……いいんじゃねえか? 執行部の連中には……俺は賛成だと伝えてくれ。あれ?……ちょっと待て」

「どうしました?」

「参加者の中に、俺の名前有るけどさ……」

「は……はい」

「俺、参加してたっけ?」

「え……ええ……」

「いけねえな。最近、物忘れがひでえや。俺も齢かな?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る