二年目 四月上旬 憲法学者・中沢清介

「送付していただいたペーパーは疑問箇所に赤を入れて、そちらに送りました。私の理解では、与党執行部としては、一部で唱えられている『シン日本男子のY染色体の積極的保護』を合憲とする憲法解釈は有り得るか? と言いたい訳ですね」

 調査委員会に所属する憲法学者の中沢は、研究室のPC上で起動しているビデオ・チャットで連絡役の官僚に、そう訊いた。

「は……はい」

「では、申し上げます。そんな憲法解釈は有りません。他の憲法学者も同じ意見でしょう」

「そ……そんな……」

「そもそも、与党は改憲派の議員が多数を占めている筈だ。憲法第二十四条を改正する改憲案を出せば良いのでは?」

「しかし、それをやると、最早、日本は諸外国から非人道的な国家としか見做されなくなります」

「解釈改憲でも、本当の改憲でも、『国が特定の条件を満す男性に結婚相手の女性をあてがう』ような事をすれば、諸外国は、最早、日本を非人道的な国家としか見做さなくなりますよ。その覚悟無しにやるべき政策じゃない」

「は……はぁ……」

「やるとするなら、公的機関が介在しない民間の企業や団体が……マッチング・アプリでしたっけ? そう云うモノを使ってやるならば、合法でしょうが……」

「なるほど……それで検討しておきます」

「あと、調査委員会の法律部門のメンバーを増やしていただく事は可能ですか? このままでは、当初予想したよりも作業量が約2倍になる可能性が高いので」

「どう云う事でしょうか?」

「まず、前提として、ある社会におけるマジョリティ・マイノリティは単なる数の問題では無い。構成員の大半が奴隷状態にある社会では、数で勝る奴隷状態にある人々がマイノリティになる。極端な女性差別が横行している社会では、その社会の男女比が1:1に近くても、女性はマイノリティになる」

「あ……あの……それが何か?」

「我々は、これまで特異型男性がマイノリティになる可能性を考慮して、それに対応する法改正を検討してきた……。しかし、状況は変わりつつ有る」

「あ……あの……どう云う事でしょうか?」

「今の状況では、2パターンの法改正の検討が必要になります。マイノリティとなった特異型男性をそれ以外の人々から護る為の法改正と、特異型男性が特権階級と化し、それ以外の人々がマイノリティと化すのを防ぐ為の法改正の両方の検討が必要になると考えます」

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