二年目 四月上旬 生物学者・矢野沙織
「何かマズい事になったねえ……」
沙織は大学の頃の後輩の黒田礼子と、ビデオチャットで、そう話していた。
いわゆる特異型男性は、日本人または日本人男性を父系の先祖に持つ男性からしか見付かっていない事が知れ渡り、SNS上で特異型男性は「シン日本男子」と呼ばれるようになっていた。
『少子化対策は、シン日本男子のY染色体を後の世代に伝えていく事を最優先すべき』
そんな意見を大真面目に言い出す者も居て、ついには八〇年代に「合同結婚式」で有名になったカルト宗教が「シン日本男子のY染色体を途絶えさせない為に、国策としてシン日本男子に優先的に配偶者を『あてがう』べきだ」と言い出した。
問題は、そのカルト宗教が政権与党に大きな影響力を持っているらしい事だった。
『あの……この人達、その……』
「論理学では一般的にA→Bって命題とB→Aって命題の真偽は一致するとは限らない、って事さえ良く判ってないのに、自分を論理的だと思ってる連中だよ。『特異型男性は日本人か、その男系子孫からしか見付かっていない』を『特異型男性でない男性は日本人じゃない』に勘違いするのが出るよ……。そして、大概、SNSでは、そんな極論がウケる」
『いや、まさか……そんな』
「現実に居る馬鹿は、フィクションの中に居る馬鹿を軽く凌駕する。昔、トンデモさんとやりあってた礼ちゃんが、一番良く知ってるだろ」
『まぁ……そうですけど……マトモな人だって……』
「今のSNSの仕組み上、自分にとって不快な意見はシャットアウトする事が出来る。一度、揺れ出したら、どんどん揺れを拡大させる仕組みが有るヤジロベエみたいなモノだよ……。工学部の制御屋さんが云うポジティブ・フィードバックだ。ちょっとした事で信号は発散する」
『あの……この人達、いわゆるネット右翼と重なってますよね……』
「それが……?」
『もし……その……皇族に特異型男性が居なかった場合……』
「特異型男性のみが真の日本男子だと思い込みやがった愛国者サマが率先して、天皇制をブチ壊し始めかねないけど……」
だが、沙織は、ある事実を知っていた。
もちろん、礼子にはうかつに言えない事実だ。
皇族や旧宮家の子孫に当る男性は……調べた限りで特異型男性である者は1人も居なかったのだ。
「どうなるにせよ……こっから先は……あたしら科学者の仕事じゃなくなる。社会学者や政治家や官僚の仕事だ」
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