一年目 十一月上旬 生物学者・矢野沙織

「だから、貴方では話にならない。本当の責任者は誰ですか?」

 大学にやって来た公安の刑事2名が、矢野にそう言ったのは、この1時間で8回目だった。

「だから、私が座長です」

「意味が判りません」

「意味が判らないのは、こっちです」

「では、一体、あの機密を誰が漏らしたんですか?」

「ああ、確かに情報が漏れる虞れが有る事に気付かずにやったのは、調査委員会のミスです」

「では、何故、情報が漏れたのでしょうか?」

「そりゃ、判りませんよ。多数の人間が、異常に気付いても仕方がないようなDNA解析に関わった以上、心当りは山程有ります」

「おい、君達、何をしている?」

 その時、4人目の声がした。

「だ……誰?」

「内閣官房の宮崎幸二だ。誰の許可で、内閣直属の調査委員会の座長を取調べている?」

「い……いや……我々も上から国家機密漏洩の容疑で、この女性の上司が誰かを調べろと言われて……」

「上司? ウチの学科の学科長とかですか?」

「いや……だから……その『調査委員会』の本当のリーダーは誰だ、と何度も言ってるでしょう」

「だから、何度も言ってるでしょう。私です」

「じゃあ、その調査委員会における上司は?」

「えっと……宮崎さん……。総理大臣と官房長官のどっちですか?」

「官房長官になります」

「そんな馬鹿な」

「何で『そんな馬鹿な』になるんですか?」

「いや、だから……貴方が、いわば『神輿』なのは誰の目にも明らかでしょう」

「何で?」

「だって……女だ……」

「もういい。帰りたまえ。帰って

「へ? 何のおどしてですか?」

「この調査委員会に関わっている官僚の1人の中学生の娘さんが行方不明になっている。数日前からストーカーらしきに付き纏われていて、地元の警察に相談していたんだよ」

「そ……それが……何か?」

「不幸にも、護衛していた警官達は何者かに叩きのめされ、その娘さんの死体が見付かった。その件に関する取調べだ」

「はあ?」

「警視庁の公安は……一体全体、何をどう勘違いして、何の目的で動いてたんだ?」

「あの……宮崎さん……」

「先生……何でしょうか?」

「この際、判っている事を、全部、公表しましょう。全国民と全世界に向けて」

「で……ですが……」

「どうやら……一部の公的機関が……『私達が陰謀論に取り憑かれて、妙な動きをしている』と云う『陰謀論』に取り憑かれてしまって、妙な動きをしてるとしか思えないんですが?」

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