第13話

 次の日、二人がやってくると、私はチカの記憶が残っていそうな場所のリストを見せた。


 病院、職場、ランニングコース、気に入っていたカフェ、大学、高校…。


 住所を確認し、近い場所からまわることになった。

 朝早くに借りてきたレンタカーに二人を乗せ、まずは病院へと向かった。


 入院していた病室へは入れないことはわかっていたから、待合室から廊下、そして談話室と案内する。

 二人はゆっくりとした足取りでついてきた。きょろきょろと周囲を見回すこともなかった。

 時折、男性がどこかを指差し、女性がそこへ近づく。


 正直なところ、私は病院にチカの記憶が残っているとは思っていなかった。最後に生活をして、亡くなった場所とはいえ。

 もしチカが病院に想いを残していたとしたら、それは幸福な感情ではないだろう。だから記憶が残っていると思いたくなかった。


 さまざまな場所を訪れたが、成果のほどは分からなかった。

 わからないことといえば、二人の役割分担も、傍目から見ていて、どうにもわからなかった。手分けして見て回る、ということはなかったので、おそらく二人一緒でなければ、記憶というものは集められないのかもしれない。


 車で行ける場所は二日ほどで回り終えてしまった。あとは、実家のある地域が残っている。


「記憶というものは時とともに風化します。よほど強い思い入れが見つからない限りは」


 郷里へと帰る前日、男性は私にそう言った。期待をするな、ということだろう。


 朝に駅で待ち合わせて、新幹線に乗った。

 チカの実家の最寄駅に着いたのは昼時だった。駅の改札から出ると、ロータリーに停車されていた車からお義父さんが出てきた。

 軽く手を挙げ、小走りになって私たちのところへやってくる。


 お久しぶりです、と挨拶しようとしたが、チカのお葬式の後も何度か顔を合わせているはずだから、そう久しぶりでもない。


「やあ、疲れただろう」


 お義父さんはそう言って静かに笑った。


「今日はありがとうございます」


 私がそう言って頭を下げると、お義父さんは肩に優しく手をおいてくれた。


 チカの実家へ着くと、お義母さんの仏壇に挨拶をして、すぐに二人をチカの部屋へ案内した。


 チカの部屋は、ほとんど何もないといってよかった。

 学生時代に何度か入ったことがある。そのときは殺風景ではあっても、最低限の生活感はあった。

 今はベッドだけが部屋の隅に置かれている。そのベッドも、マットレスがのっているだけで、掛け布団や枕の類はなかった。


「きれいに片付けられてますね」


 女性がそういった。


「物に対する執着が、あまりないようなんです」


 洋服や教科書など、使わなくなればすぐに処分したと聞いていた。写真を撮らないからアルバムもない。

 サッカーに関するものは、きっと上京する際に持って出たのだろう。

 しばらく篭ると言って女性は部屋の中に一人残った。


 私と男性は家の中を一通りめぐり、外へ出た。

 門から家までの間に、ガレージがある。シャッターが開いていて、ここまで乗せてもらった車がとまっていた。

 ガレージの壁には、外で使うようなもの、芝刈り機や、箒、剪定用のハサミなどがかかっている。


 隅に一つ、サッカーボールが落ちていた。

 男性がそれを見つけ、拾い、両手でボールの固さを確かめると、同じところに置いた。


「義理のお父様が手入れされていますね」


 ボールのことのようだった。

 たしかにボールには空気が入っているようだったし、泥や埃などがついているようには見えない。

 チカが帰郷したときに、いつでも使えるように、お義父さんがメンテナンスをしていたのだろう。


 家のまわりを一周すると、女性が外に出てきていた。


「明日は学校へ行きます」

 

 私の言葉に二人は頷いた。


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