第3話

 テスト期間中のことだ。

 部活動は禁止され、テストが終了すればほとんどの生徒は帰宅していた。

 

 私はみんなから遅れて教室を出た。

 

 靴を履き替え校門から出ようとしたところで、物音に気づいた。

 同じ間隔で何回か続き、そしてしばらく止むと、また何回か続く。

 頭の中でその音の正体を想像しながら、なんとはなしにその音の方向へ足を向けた。

 音がしていたのは、第二グラウンドだった。授業では使われない場所で、ほとんどサッカー部専用のグラウンドになっていた。

 聞こえてくるのも、ボールを蹴る音だ。

 

 先生だろうか生徒だろうか。

 生徒は部活動が禁止されているから先生だろうと考えて、いや、テストの採点に忙しいであろう先生でもない、と思い直した。

 

 木陰からそっとグラウンドを覗くと、そこにはチカがいた。

 足許にボールを何個も置いて、それを順番にゴールへとキックしていく。すべて蹴り終わるとゴールへと走りより、ボールを集めて、今度は違う角度から。

 

 私はその姿をしばらく黙って眺めていた。

 

 単純に綺麗だと思った。

 ゴールへと送る鋭い視線だとか、汗を拭う仕草だとか、私の生活にいままで存在していなかった種類のものだった。

 

 そのとき初めて、異性に対して、綺麗だと感じたのだと思う。

 でもそれは性的なもの、というより、深い青空を見たときや、視界いっぱいに広がるひまわり畑を見たときとのような、すがすがしい美だった。

 

 同じことを何度も繰り返しているうちに、私のことが視界に入ったらしく、チカがこちらを見た。

 

 私はどうすれば良いかわからなくなり、軽く手を上げて挨拶の代わりにした。


「テスト勉強は?」

 言葉少なにチカがそう尋ねてきた。私も「そっちこそ」と返す。

「許可はもらったから」

 

 あとから聞いた話によると、試験結果の順位を落とさない代わりに、こうして練習させてもらえるように顧問に頼んだらしいのだ。

 

 まだ入学して間もない一年生だし、突っぱねられてもおかしくない事柄であるけれど、許可を得られたのだから、チカは入学試験の点数が相当良かったのだろう。

 そしてサッカーの腕前も良かった。足を使うスポーツに対して使うことをためらうが。

 

 私はスポーツに縁のない生活を送ってきたため、チカのサッカーのうまさ、というものを本当のところ理解できてはいないと思う。

 それでもその後も含め、チカがサッカーをする姿を何度も見てきたが、他のチームメイトや他校の生徒と比べても、チカの技術が極めて高いことはわかった。

 そして、チカ一人がどんなにうまいプレイをしても、チームが勝利するとは限らないこともわかった。チーム戦なのだから当たり前だ。

 チームメイトだってきちんと練習し、努力しているのだろうが、それでもチカが孤軍奮闘しているように見えて、歯がゆく感じていた。

 だから、本来ならサッカーの名門校に進学していても、おかしくはなかったはずだ。

 何か理由があるのだろう。興味はあるがプライベートすぎる内容だと思ったから、私からチカに聞くことはなかった。

 

 あの練習の日を境に、私たちは教室でも会話をするようになった。仲良くなったというよりは、私がチカに話しかけることに抵抗がなくなったといえる。

 

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