第8話 文化祭

文化祭当日は、夏日のような晴天だった。校門に大きく飾られた桜色の看板には、色とりどりの鮮やかな花が描かれている。校内には、学校関係者だけでなく、地域の人や卒業生、または他校の生徒などたくさんの人が集まり、開始早々に賑やかさを見せていた。

美以子が教室で赤い法被を羽織り、頭にハチマキを巻くと、八千代が近づいてきた。

「やだ、美以子可愛いんだけど。ちょっとメイクした?めっちゃ良いよ。」

「みんなメイクするって言ってたから、少しだけ。八千代は、なんだろう・・・似合いすぎて、美人女将みたい。」

「私ね、こういうの似合いすぎて似合わないの。仕方ない。さ、たこ焼きの詰める係りに行きますか。」


二組合同にお店を出すテントは、校庭に並ぶ屋台の真ん中にあった。すでに行列ができていて、生徒たちは大慌てでたこ焼きを焼いている。甘い臭いも混じっていて、女子が勝利したホットケーキたこ焼きも、どうやら好調な売れ行きのようだ。

「吉池さん、八千代さん、こっち来て!」

テントの中から、多西の声がした。美以子と八千代が小走りで近づくと、多西は汗をかきながらたこ焼きを焼いている。

「助かった、注文が凄くてさ。悪いけど、あそこの人にこれを持っていってくれる?終わったら、次はこのたこ焼きをあっちね。」

「多西、俺はどうすればいいー?」

「じゃあ次の粉の準備頼むわ。どんどん作っていいよ。そうだ、何人かで家庭科室からレンジ持ってこれる?数作っちゃうから、もし冷えちゃったら温めて出そう。クオリティ高くないぶん、温かいの出したら嬉しいと思うんだ。」

多西のテキパキした様子に、皆がびっくりした。想像していたより、自分たちの店に人が集まってしまい混乱をしていたが、どうやら思いがけず、この合同チームにはバイトで鍛え上げられたプロがいるようだ。多西は自然と皆のリーダーのような存在になり、この難局を切り抜けるための頼りの綱となっていた。もちろん、多西自身はこのような展開を望んではいなかった。文化祭も無難にこなし、夕方からはさっさと帰宅する予定だった。しかしたこ焼き店は、クラスメイトが客の多さに真っ青になり立ちすくむばかりで、開始早々に危機に瀕していた。人のいい彼は、この状況を打破しようと、これまでのバイト経験を駆使して、皆に指示を出さざるを得なかったのだ。

(やるからには、楽しむか。)

多西はため息をつくと、引き続きたこ焼きを焼いた。その後ろには、熱い視線を送っている女子たちがいることに、多西は全く気づいていない。



美以子は多西の活躍を、目を大きくして遠くから眺めていた。多西がとても気遣いのできる、優しい人だということは知っていた。しかしどうやらそれだけではなく、彼は色々なことができる器用な人で、それに働き者だ!


「吉池さーん!!!」

役目を終えて後ろに居る美以子を、多西は大声で呼んだ。皆がびっくりしていた。眠り姫の吉池美以子は、八千代以外とはほとんど話をしない。眠ってばかりで、行事やイベントにも興味があるようには見えなかった。その彼女を、多西が呼んでいる。

「吉池さーん!来てきて、たこ焼き焼いてくれ!」

「は、はい!」

なんと、眠り姫は素直にたこ焼きを焼き始めた!クラスメイトたちは、どよめきながらも、美以子の手際の良さに驚いた。

「吉池さんは、料理上手だからね。やっぱり、たこ焼きもうまいね。思った通り!吉池さん、今日は焼き係り決定ね。」

美以子は多西に言われるまま、頷いた。たこ焼きの機械は熱く、汗が出てくる。よく父親とたこ焼きをしていたことに感謝しながら、美以子は手を動かしていった。ただ、どうしても、美以子と多西の関係を怪しむ皆の視線を気にしないわけにはいかなかった。

(恥ずかしいけど、仕方ない。多西君がこんなに頑張ってるんだ。私も役に立ちたい。)

二人は汗だくになりながら、見事なたこ焼き捌きを披露していった。時々、多西が美以子の方を見る。そして、ニヤッと笑うのだ。美以子も、こんな二人が可笑しくて、つい笑ってしまった。裏庭で静かに過ごしていた、行事にやる気の無い二人が、こんな状況になるなんて!


美以子は、文化祭に興味は無かった。自分には縁の無い、皆が主役の行事。楽しむ気にもなれず、楽しんでいいとも思わなかった。でもいま、隣には多西がいる。まるで夢のような、奇跡のような時間だと、美以子は涙が出そうになった。

(私、楽しいんだ・・・。楽しいって思えるようになったんだ。)

思わず一滴の涙が溢れたが、丁度、汗で誤魔化すことができたのは幸いだった。





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