第5話 進歩
文化祭の準備も着々と進み、クラスではグループごとに係りを決めて、盛り上がりを見せていた。たこ焼きの材料準備から、品出しまでを担当するメイングループ、外で売店するための装飾準備をするグループ、また、店員たちの衣装を作成するグループ。他にも細々と決められたグループにリーダーを立て、そのもとで作業を進めては報告しあっている。順調に進む作業とは別に、生徒それぞれの思惑は色とりどりである。井田は、念願の彼女となった八千代と、どうやって文化祭を楽しむかを一人で想像しては、にやついている。美人でモデルのような八千代だ。一緒に歩くだけで周りからは羨望の眼差しで見られる。それを横目に、彼氏である自分しか見ない八千代が眩しく、自分の青春は最高の映画のようだ、と息も荒くしている。一方、八千代はあまり行事に興味は無いが、美以子と多西がこれを機に近づき、 美以子の世界が広がればいい・・・そうしなくちゃいけない、と静かな決意を燃やしている。
多西はというと、盛り上がるクラスメイトと一緒に衣装を作り、器用な手先を披露していた。明るく、当たりが優しい多西は密かに女子に人気があった。派手なタイプではないので知られてはいないが、クラスには何人も多西を気に入っている女子がいた。本人はというと、要領よく衣装の作業を裁き一人で三人ぶんは働くと、放課後は足早に帰っていった。女子たちは放課後に衣装を作りながら多西とゆっくり話せるチャンスと思っていたので残念がっていた。
美以子は準備の時間になるとそそくさと看板係りの部屋へと移動をした。多西に会わないようにと、物凄い早さで行ってしまうため、八千代はいつも引き留めに失敗をしている。多西から勝手に貸された絵本はどうすることもできず、未だに美以子の手元にあった。突然裏庭に行かなくなってから、多西に会うのが気まずく、目では姿を追いながらも見つけると逃げる日々が続いている。
(私、なにやってるんだろう・・・多西くんはいい人だったのに。こんなんじゃ完全に嫌われたよね。嫌われたくなかったのかな、私。でも会うのは怖いし、もう本当にどうしようもないな。)
強い自己嫌悪を感じながら、廊下を曲がり美術室に向かうと、何と多西がそこにいた。壁に寄りかかり携帯を見ていたが、美以子の姿を見つけると、笑顔で駆け寄って来た。美以子は驚きのあまり、固まっている。
「吉池さん!やっと会えたよ。やっぱり、ここを通ると思ったんだ。あ、俺は吉池さんを待ち伏せしていたんです。」
変わらない明るい笑顔を見て、美以子はほっとした。避けていたのは、関わりたくない気持ちと、避けてしまって多西が怒ってるかもしれないと怖かった2つの理由があったからだ。彼の表情からは怒りは読み取れなかった。
「た、多西くん!あ、あの・・・」
言葉に詰まってしまった美以子は、慌てている自分が恥ずかしくなった。
「驚かせてごめんね。急に裏庭に来ないし、文化祭の準備でも会えないからさ。何か気に触ることでもしたかなって心配で。絵本見た?」
「あ、絵本はまだ中は見てないけど・・・」
「やっぱり!あれに手紙も挟んだんだよ!でも連絡来ないから、これは直接会うしかないはぞと。」
あの絵本は手紙を渡すためだったのか、と美以子は本を開かなかったことを後悔した。
「ごめんなさい。」
言葉がみつからず、素直に謝るしかなかった。目を合わせず俯く美以子の顔を多西は覗きこんだ。
「顔色、やっぱりよくない。遠くから見ていて、笑顔が少ない気がしていたんだ。俺が裏庭に居座ったから、迷惑だったかな?俺、吉池さんに話しかけたのは、吉池さんに笑って欲しかったからなんだ。裏庭で眠っていたり、下を向いているのが見えて。何でだろう、どうして一人なんだろうって、ずっと見てて・・・・最近になって、特に辛そうに見えたから、少しでも休まればと思って話しかけたんだ。でももし・・・吉池さんの休める場所を邪魔していたなら、本当に謝りたくて。言いにくいかもしれないけどさ。」
責める色も無く、優しい声で多西が問いかけた。何故だかわからないが、美以子はその声を聴いて泣きたい気持ちになった。多西は美以子を心配してくれている。謎解きなんかじゃない、ただ見つけてくれたのだ。裏庭に一人でいた、孤独な自分を。心配して手を伸ばしてくれたのだ。
「迷惑とかじゃなくて」
美以子は涙を浮かべながら、多西を見つめた。
「あまり、人と関わりたくなくて。怖くて、避けてしまっただけ。多西くんだからじゃないの、私がダメなの!」
多西は美以子の大きな声に驚いた表情を浮かべた。その目に浮かぶ涙は彼の心配が、考えすぎではないことを確信させた。
「こっちに来て!」
多西は美以子の手を引くと、誰かが通るかもしれない廊下から、非常階段へと連れ出した。三階の非常階段は日当たりもよく、外の景色が鮮やかに見える。美以子は視界が開け、眩しそうに目を細めた。多西は美以子に日が当たらないように体で影を作ってくれている。
「吉池さん!」
「はい!」
多西が大きな声をだし、美以子は体をびくつかせ、恥ずかしいほど裏返った声で返事をしてしまった。気にもとめずに多西は真っ直ぐな瞳を美以子に向けて、美以子の細い手を力強く握った。
「何で眠り姫なのか、何が辛いのか俺は知らないけど・・・うちのばあちゃんが言ってたんだ。どんな曇りの日でも、空の上には太陽があるように、どんな悩みがあっても、その人の中には消えない太陽があるんだって。だから絶対、大丈夫なんだって!」
息も荒く一生懸命に話す多西の姿に、美以子は呆気にとられた。
(この人は・・・・本当にただの良い人なんだ!!)
美以子が口を開けたまま多西の言葉を聞いているのに気づき、多西が一瞬言葉に詰まると、美以子は思わず吹き出してしまった。
「いや、ちょっと待ってよ吉池さん!今のは笑うとこじゃないでしょ!」
多西もそんな美以子を見て、顔を赤くして笑っている。
「ご、ごめんなさい!あまりに真っ直ぐで、なんか本当に良い人なんだなって思ったら、ほっとしちゃって・・・!!!」
久しぶりにお腹から笑ったため、美以子は自分の笑いを止める方法がわからなかった。そして笑っていると不思議に、自分がこれまで警戒し、避けてきたことが滑稽に思えた。
「まじウケ狙いじゃないからね、ばあちゃんの最強の名言だから!俺の座右の銘だから!」
「うん、わかってる。とても素敵な言葉だよ。ありがとう。今までも・・・ありがとう。避けてしまってごめんね。」
「それはいいんだ、確かにいきなり話しかけて、俺、不審者だったよね。」
「そうじゃないけど、私が警戒しちゃうの。今は話せないことがいっぱいだけど・・・」
「うん、聞かなくてもいいんだ。もちろん、話したくなったらいつでも飛んでくるよ。」
「これからゆっくり、友だちになってくれる?」
恐る恐る美以子が多西の顔を覗くと、背にした太陽と同じような、眩しい笑顔の彼がいた。
「うん!眠り姫と友だちになれて、光栄です。あ、ジャガマルまた食べる?」
「ぜひ!」
美以子もまた、 負けないくらいの笑顔で返事をした。普段、誰も来ない非常階段は、光に照らされて明るく、展望台のように遠くの景色を見ることができた。こんなに素敵な場所だったのだと、美以子のお気に入りの秘密基地がまた増えたのだった。
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