第3話 裏庭

ここ数日、昼休みになると多西は美以子のいる裏庭に現れた。そして必ず、眠り姫の絵本とジャガマルを持っている。

「吉池さん、はい、ジャガマル!」

多西は当たり前のように、美以子にパンを手渡した。美以子は何も言ってないのだが、どうやら彼は勝手に、美以子をジャガマルのファンだと思っているらしかった。

「多西くん、毎日悪いよ。私、お弁当あるからいらないよ。」

「え!嫌いだった?ごめん!」

「・・・美味しいけど・・・」

多西は白い歯を見せて、屈託なく笑った、

「じゃあ、いいでしょ?ジャガマルのファンが増えたって購買のおばさんに言ったら、喜んでからさ。」

「ならせめて、これをもらってくれる?」

美以子はお弁当の蓋に卵焼きを三切れ乗せた。割り箸も用意済みである。多西は目を丸めて美以子を見た。ばつの悪そうな彼女の頬は少し、赤らんでいる。

「ありがとう。遠慮なく頂くね。眠り姫の卵焼きをもらったなんて言ったら、あいつらに怒られそうだよ。」

多西が指を指した、裏庭から見える校舎の二階窓から、数人の男子生徒が見えた。多西に気づかれたことがわかると、嬉しそうに跳び跳ねて手を振っている。

「多西くんの友だち?・・・大丈夫だろうけど、ここに来たりしないよね。」

「ははっ、大丈夫だよ。手は振ったけど、クラスで話すくらいで親しくはないから。」

(可愛い顔をしながら、さらりと毒を吐いた。)

美以子は咳払いをして、笑いをこらえた。


孤独な裏庭が、この数日間で様変わりをした。多西とは昼休み、ほんの少しの時間を共有したにすぎない。だが、不思議なことに彼と話すことは、美以子にとって苦はなかった。

(境遇がちょっと似てたからかな・・・話しやすい気がする。こんなのは八千代以外では初めてだ。)

「美味しい!吉池さん、卵焼きめちゃくちゃ美味しい!すごいね。うちのばあちゃんも、昔はこんなの作ってくれてたなぁ。」

「おばあちゃん?」

お母さんじゃなくて?と言いかけて、美以子は口をつぐんだ。多西は父親がいないと言っていた。母親は働いているだろうし、家庭のことを聞かれたくない気持ちは自分が一番わかっている。

「今はね、ばあちゃんは介護しなきゃだから。卵焼き、ありがとう。なんか、久しぶりの家庭の味で嬉しいよ。ねえ、明日も卵焼きもらっていい?」

多西は微笑んでいる。そんな風に笑えたら、みんな多西のことを好きにならずにはいられないだろうと、美以子は羨ましさを感じた。

「うん!ジャガマルと交換ね。」

恥ずかしい気持ちと、明日も多西に会いたい気持ちが重なり、美以子は俯いて答えていた。吹く風が美以子の髪を揺らし、再び赤みをおびた頬を上手に隠してくれた。



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