第11話 ぶんちゃんへ

     ぶんちゃんへ


 あなたに手紙を書いたあの日から、ずっと謝りたかった。


 あの手紙は、私の本意ではありませんでした。


 あの時、私の手紙を読んだぶんちゃんの顔、


 20年経った今も、まるで昨日のことのように鮮明なままです。


 『ぶんちゃんが私のこと好きだと聞きました。


   でも、私はぶんちゃんとは付き合えません。


   私には好きな人がいます。だから好きにならないでください』


 私は、ぶんちゃんに告白されたわけでもないのに、


 断る手紙を書いて渡すという、……


 傍から見たら、なんて傲慢な……そんなふうに見えたかもしれません。


 ぶんちゃんにしてみたら、


 告白したわけでもないのに断りの手紙をもらうなんて、


 意味が分からない出来事だったでしょう。


 あの頃、私は教室でいつも一人でした。


 ぶんちゃん、覚えてる?


 中2でクラス替えがあって、


 私は1年の時に仲が良かった子とみんなバラバラになって、


 同じように仲のいい子と別々になっていた灯里がいて、


 私たち、気が合うとはどうとか関係なく、


 いつも2人でいるようになってた。


 中2になって、まだ1ヶ月半だったのに、


 灯里が引っ越すことになって……


 灯里のこと、覚えてる?


 覚えてるか。灯里はぶんちゃんと小学校が同じだったね。


 灯里が転校した次の日、学校に行くと私は一人だった。


 みんなもう仲のいい子ができてて、グループもできてて……


 焦ったな。どうしようって思ったよ。


 しばらしくて、美月ちゃんが声をかけてくれるようになって、


 私は美月ちゃんと仲よくなって、


 美月ちゃんと仲のいい加奈ちゃんとも仲よくするようになって……


 あのね、あとでわかったことなんだけど、


 灯里は小学校6年のときに美月ちゃんと同じクラスで、


 それで灯里が美月ちゃんに手紙書いてくれてたの。


 由貴が独りぼっちだったら仲良くしてあげてって。



 夏のキャンプ、楽しかったね。


 美月ちゃんや加奈ちゃんと、みんなと夜の肝試し、楽しかったな。


 ぶんちゃん、お化け役だったよね、


 あのフランケンシュタイン面白かった。


 ぶんちゃんったらフランケンシュタインなのに、


 ゾンビになってたトモ君に驚いて逃げ出すんだもん、


 ゾンビに追いかけられてるフランケンって、もう肝試し感ないし。


 ……ちょうどその頃、


 ううん、その少し前からぶんちゃんの視線には気が付いてた。


 キャンプの喧騒の中、日常じゃないその場所で、


 ぶんちゃんが仲のよかったショウ君が気を利かせたのか、


 リョウ君と2人で私たちのテントにやってきて、


 ぶんちゃんの気持ちを私に伝えにきたんだよ……



 楽しいキャンプの帰りのバスの中で、加奈ちゃんに言われたんだ。


 「美月がぶんちゃんのこと好きなの知ってるよね?


  まさか、ぶんちゃんと付き合ったりしないよね?


  由貴がその気なら、私たちはもう由貴と仲良くできないから、


  ちゃんとぶんちゃんに断ってよ。


  自分で言えないなら手紙でもいいから断ってよ」


 私ね、怖かったんだ。また一人になっちゃうの。


 帰りのバスで美月ちゃんは泣いていて、加奈ちゃんは怒っていて、


 私は……


 なんにも知らないぶんちゃんは、いきなり変な手紙をもらって、


 そして……あんな表情させたのは私で、


 それから卒業するまで、私たち、ほとんど口を利いてないね。


 私は結局、それから美月ちゃんと加奈ちゃんと仲良くしてたのは少しの間だけで、


 そうだよね、本当の友達になれないよね、そういうの……


 私は、あれからずっとぶんちゃんの存在が心の片隅にいつもあって


 後悔して、後悔して、ずっとあの日を後悔し続けて、


 ぶんちゃんのことは、友達だとしか思ってなかったし、


 きっと、今も友達のままなんだけど、ううん、友達じゃないね。


 あんなことがあって、ぶんちゃんが振られたことも知れ渡って、


 それでぶんちゃんを揶揄からかってくる人もいたけど、


 それでも私が困ってるとき、陰から助けてくれて……


 知ってたよ、


 ぶんちゃんが私に嫌なことさせないように、みんなに言ってたこと。


 普通に、普通に、友達になりたかったんだよ。


 友達になりたかった。


 友達になりたかった。


 ぶんちゃん。


 言えなかった言葉は言わなかった言葉。


 言わなかった言葉は、届かないままの心。


 今なら、聞こえるかな?


 大きな声で、空に向かってそう言えば聞こえるかな?


 ぶんちゃん。


 ぶんちゃん、ごめんね。


 友達に、なってくれますか?      


                由貴



 よく、ちょっとしたボタンの掛け違いでということを言う人がいるけれど、まさにこれはそういうことかもしれない。


 みんな、いい子たちなのだということは伝わってくる。


 みんな、大切な友だちのためにどうにかしてあげたい、そんな気持ちから動いた子たちなんだな。なんとかしてあげたい気持ちから、周りの他の人の気持ちが目に入らなくなってしまったのだろう。思慮を求めるには、まだ幼過ぎたんだ。こういう経験を経て、大人になった時、もっと周りに目や気を配れるようになるんだろう。


 ただ、この由貴という差出人にとっては、この20年を後悔し続けなくてはならなかったのは、さぞ辛いことだったんだろう。言えなくなってしまったまま、もう、伝える術がなくなってしまったのだろう。


 けれど、由貴さんのそんな想いを、ぶんちゃんは気づいていたのではないか。ぶんちゃんの由貴さんを想う気持ちが、この手紙からも窺い知ることができるではないか。だからこその由貴さんの後悔なのだろう。


 由貴さんの想いがぶんちゃんに届きますようにと祈り、昇華の手伝いをさせてもらうとするか。


 玄信和尚は、目を瞑りながら、楽しいキャンプの様子を思い浮かべながら合掌し、その手紙を焚き上げた。

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