第8話 誰かへ

 『誰かへ』とは、誰に宛てた手紙なのだろう?


 玄信和尚は、その宛て名が気になり、封を解いた。



     誰かへ


 私は誰かを殺めたかもしれません。


 今の世か、それとも忘れた前世のことなのか、定かではないのです。


 いつも夢に見るその光景には、長年苦しめられてきた。


 毎晩のように夢に見るときもあれば、何年も夢に見ぬ時もあった。


 夢に見ない日が続けば、ああ、あれは夢だったのだ。


 現実にはあり得ない出来事だったのだと、そう思えるのですが、


 そんなふうに思った直後に、また続けてその夢を見ます。


 その夢は妙にリアルで、


 見つかりそうになった直前で、上手く隠し通し、


 誰にも気づかれることなく、身体も葬った。


 はずなのに、何故か夢ではその身体が元の場所に戻り、


 見つかりそうになるその日にそこにいる自分の夢を見る。


 あれは誰だ?誰を殺めてしまったのか……


 どんなに記憶を探っても、それが誰なのかわからない。


 その時の記憶を自分で封じめてしまったような気もするし、


 そんな出来事などなかったのだと思う自分もいる。


 では、あれはなんだ?妙にリアルなあの夢は、


 忘れた前世の出来事だったのか。


 記憶を封じ込めているのだとしたら、この夢も封じ込められないものか。


 どうしたらいい?


 私の罪は……私に罪があるのだろうか?


 誰か、教えてくれないか。


 誰かは、誰なんだ。


 すまない。申し訳ないことをした。心から詫びたいんだ。


 顔を……見せてはくれないか。



 この無記名の手紙の主は、繊細な人なのかもしれないな。


 何かの拍子に目にしてしまった現実なのかニュースなのか、はたまたドラマか映画か、何かしらのその場面が強烈過ぎて、自分でも意識しないうちに当時の心境か何かが影響して心の中にそれがとどまり、悪夢に変わるのだろう。そういうことは、ままあることだ。


 そしてその時に見た夢がリアル過ぎて記憶にとどまることを繰り返しているうちに、夢か現かわからなくなるほどに、心に浸食していったのだろう。


 どこの誰かはわからないが、こうして手紙に書いて寄越したのは、何かに縋りたい気持ちと、告白することで楽になれる、赦されるかもしれないと、そんな想いもあるのだろう。


 心を込めて焚き上げよう。この差出人が二度と悪夢にうなされないようにと祈りながら。



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