やはりこの青春ラブコメは間違っている②

「て、天使部?」

「あぁ、そうだ」


 原作とは大違いの部活に入れられた俺。あまりにも想定外な変化球に戸惑いを隠せない。


「いや、違うでしょ先生? だってここは『奉仕部』で、誰かの手助けをする部活でしょ? それで入部することになった俺が、東雲さんとどっちが多く奉仕できるかを勝負して、それで……」

「何を言ってるんだ、一幡いちはた

「まぁ、さっきよりも顔色が悪くなってるじゃないですか」

「あぁ。見ての通り、コイツはかなりの重病人だ。脳が完全にイッてる。コイツ一人を相手にするのは大変かもしれないが、できるか?」

「はい。私にお任せください」


 そして流れるようによく分からない『天使部』に入部することに。

 急展開ばかりでますます頭痛はひどくなるが、それでも俺は体勢を整える。


「ていうか……、天使部ってなんですか……」

「簡単に説明すると、天使のように可愛い子たちに囲まれて過ごす、ターミナルケア施設だ」

「ターミナルケアって、終末期医療じゃないですか!!」

「あぁ、そうだ。よく知ってるじゃないか」


 俺、死ぬの? 別世界で早速死ぬの!?

 ナツキスバルほどじゃないけど、早くないですか!?


「確か去年は末期がんの生徒が入って、彼女たちに癒やされながら幸せそうに天へ旅立ったな」

「待って! 俺まだ死にたくないんですけど!?」

「別にお前がすぐに死ぬとは言ってない。ただこの調子だと死ぬまで一生、彼女たちに世話をしてもらわないといけなさそうだな」

「そうですね」


 首を縦に振らないで、東雲さん!

 俺、元気だから!! まだ死ぬわけにはいかないから!!


 ──それに俺はまだ、アイツに……


「ぐぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


「一幡くん!?」

「大変だ! すまん東雲、私はまだ用があるから、あとは任せてもいいか!?」

「はい!!!」


 突然の頭痛が俺に襲いかかる。

 めまい、吐き気、節々の痛みが意識を混濁させる。

 そして視界がフェードアウトしていく。どうやら俺は、本当に体調不良だったらしい。気持ちがハイになりすぎて、ちっとも気付かなかった。

 燃えるように熱い身体。乾く喉。触れれば誰かを火傷やけどさせそうになる手の平。


 ──エラーコードを、検出しました。


 そして、幻聴。またあの電子音だ。

 けれどここから先は電子音はおろか、東雲さんが呼ぶ声も聞こえなくなって。


 俺は、完全に意識を落としてしまった。



 〇



 ──ふふっ、可愛い寝顔。さっきまで何かにうなされていたとは思えないわ。


 声が、聞こえる。

 透き通った綺麗な声。優しく包んでくれそうな、柔らかな声。

 東雲さんの声、だろうか?


 ──……今なら、バレないかしら?


 小悪魔のような甘い笑い声が鼓膜を震わせる。

 ちょっとイタズラしちゃおうかな、と追尾して聞こえてきた。

 イタズラ? まったく、毒舌ヒロインの東雲さんはこういう可愛い一面があるから好きなんだよ。ギャップ萌え、的な?


 ──……可愛い可愛い一幡くん。さぁ、私の……で……


 甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 フィクションの中のキャラクターも、ちゃんと良いニオイがするんだな。

 ……てか東雲さん、俺に近づいて、何をしようとしてるんだ?

 意識が回復した俺は、ゆっくりと目を覚まそうとした。


『ぴーーーーーーーっ!!!!』


 するとここで大きな笛の音が聞こえて完全に目を覚ました。

 さっきまで俺の近くにいたであろう東雲さんは俺から離れ、笛の鳴った方を睨みつけていた。


「ちっ。何しに来たのよあなた」

「風紀委員の赤浜夕風あかはまゆうです。天使部、いえ、破廉恥はれんち部の偵察に来ました!」

「赤浜、夕風……?」


 笛を首に提げた彼女を見て、俺は首を傾げた。

 この子が『俺まち』のもう一人のヒロイン、赤浜夕風なのか?

 確かにトレードマークのお団子ヘアは健在だ。

 しかし茶髪にしては暗く、スカートは少し長い。

 それに原作の彼女はもう少し気さくな感じで……、悪く言えばバカっぽくて愛らしい女の子だ。


「あらあら、あなたのような真面目な可愛い子チャンが来るところじゃ無いわよ?」

「バカにしたって無駄ですよ! あなたの『癒やし』と謳った破廉恥な行動は生徒会でも問題視されてますから!!」


 それなのに今目の前にいる赤浜夕風は、真面目さが勝っている。

 キリッとした目付き。化粧が一切施されていないのにも関わらず綺麗できめ細やかな美肌。

 腕についた『風紀委員』の証が、彼女を『バカっぽい』と思える要素を抹消している。

 そんな原作とは真逆の赤浜夕風は、東雲さんにビシッと指を指してこう言った。


「それに、アタシ見ましたからね。東雲さんがこの男にをしようとしてたの!!!」

「き、キス!?」


 なに考えてるんだ東雲さん!!

 あなたは簡単に誰かにキスしちゃダメでしょ!? もし仮にあの主人公にキスする日が来ようとも、顔面にリセッシュをぶち撒いてからキスする人でしょ!?


「あら、いいじゃない。これはなんだから。もしかして知らないの、赤浜さん。キスをすればステージⅣのがんが完治するかもしれないくらい効果は絶大なのよ?」

「そんなのはデタラメです。幾多の学術論文を読んできたアタシに嘘やデマは通用しませんよ?」


 本来なら知的なはずの東雲さんからはバカっぽい発言が。本来ならおバカさんキャラの赤浜さんからは『学術論文』という縁の無さそうなワードが飛ばされた。

 ここまであべこべだと困るんだが? 他のキャラも不安要素だらけなんだが!?


「ところでそちらの方は……、って、どうしてイッチーがここに!?」


 そして赤浜さんも俺を見て赤面。そして取り乱す。

 いくら俺の呼び方を原作通りに再現してるとはいえ、主人公オレに惚れるの早すぎだろ!!

 あのね。全くモテない俺でも、こういうのは段階を大切にしたいと思うんだよ。さっきみたいに顔とか表面しか見えてない中身に惹かれて『好き好きぃ』ってなって欲しくないの、わかる?

 でも俺と目が合った瞬間、赤浜さんはというと──。


「……やっぱイッチー、今日もかっこいい……。てか、更にかっこよくなってない? スポーツやってる系のイケメンになってない?? えぇぇぇぇぇ!!??」


 ほら見ろ、やっぱりこうなる。

 俺にも聞こえる赤浜さんの小声を聞いて、俺はあまりにも都合の良い展開に溜め息を零した。

 こんなに人生、上手くいかなかったのに。上手くいかないから、部活のバスケとか頑張って、アイツに振り向いてもらおうと……


「ぐっ……」

「一幡くん!?」

「イッチー!?」


 また頭痛が襲ってきた。そしてまた、エラーコードがなんちゃらと言う電子音が響く。


「やはりここは私の治療キスが──」

「いえ、ここはあたしが看病するんで、東雲さんは早くお家に帰ってください!」

「あら、あなたのような風紀委員ごときに何ができるの!?」


 俺を巡って争う言い合いが、俺の疲れた脳に響いて痛い。

 それに、なんだよこの世界。チョロすぎるだろ。

 目が合えばヒロインはすぐ惚れるし、俺には似つかわしくないハーレム展開が起きそうだし、俺を取り合ってヒロインが喧嘩し始めるし……。

 くそっ、冷静に考えたらこんなご都合主義はご褒美なのに。男の夢なのに。ロマンなのに!!


「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」


 俺は喧嘩する二人を置いて逃げ出した。

 行き先はもちろん家だ。ここが俺の通っている高校ならば、俺の家もあるはずだ。父さんや母さん、弟や妹たちが待っているはずだ!!

 とにかくあのご都合主義に塗れた世界にいちゃ、いけない気がする。

 今まで色んな苦難と闘ってきた俺の努力が、辿ってきた険しい道のりを否定された気持ちになってしまう!

 だから俺は逃げた。懸命に腕を振って逃げた。


 男の憧れる展開から、目を背けるために──。


「葛葉!!!!」


 がむしゃらに走り続けた俺の背後から、懐かしい声が聞こえてきた。

 俺にとっての日だまりで、手には届かない太陽のような存在で。

 そして──。

 振り向き様に見えたミルクティー色の髪の少女に、俺はこう言った。



「……誰?」



(あとがき)


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