やはり俺はあのラブコメの主人公になったらしい

一幡いちはた、キミはナメてるのか?」

「いや、何のことだかさっぱり……」


 さっきまで幼なじみとクリスマスに出かけていたのに。どうして俺は今、書いた覚えのないゴミのような作文について怒られているのだろう。

 青春とは尊いモノ。

 それに誰かが「くだらない綺麗事だ」と罵っても、「そうだよ、綺麗だよ? 分かってるじゃん」と煽り返せる自信がある俺だ。

 そんな俺が超絶青春アンチ作文の作者と勘違いされてるだなんて、黙ってられない!

 俺はためらいも無く言い返す。


「それに俺はこんな文章を書く人間じゃないです! 周りに『痛い奴』って言われたことあるくらい、自慢じゃないけど青春のとりこの一人です!!」

「そうだな、確かに一幡の言う通りかもな」


 おぉ、こんなあっさり信じてもらえるとは。まさか俺の青春への熱意が、勘違いを吹っ飛ばして──


「確かに、お前は『痛い奴』だ」

「うぐっ……」


 過去にメンタルを削られたことのあるその言葉をダイレクトに受け、喉の奥に痛みが走る。

 けれど俺の思う『痛い奴』とは、先生と全く違っていた。


「前々から言っているが一幡、お前の考えは歪みに歪みきっている。協調性は無いし、どこか他人を見下すような態度を取ってる。そんなお前がこの先社会でやっていけるか、私は不安なんだよ」


 俺に協調性が無い? そんなことはないはずだ。

 確かにそのようなことを中学の時に言われたことはあったが、それ以降は他人の気持ちに寄り添い、お互いに分かり合おうと努力した。できていた自信はないけれど、協調性が無いと言われなくなるまでは成長できたはずだ。

 それに他人を見下すような態度なんて取った覚えも無い。

 ……それなのに、なんだよこれ。

 俺のことを一ミリも知らない他人のくせに。俺とは初対面のくせに……、って、よくよく考えたら変じゃないか?

 認識に違いがあるとはいえ、相手は俺のことを熟知してるみたいだし。


 ──ヨウコソ、新世界シンセカイヘ……。


 まさかここは、俺の知らない世界なのでは? いや、もしかしたら夢かも──


「いででで…………」

「何をぼーっとしている! ちゃんと前を見なさい!!」


 突然、先生に両頬を摘まんで引っ張られた。もちろん痛かった。

 こんなの虐待だ! と叫びたくなるが、それより頬を摘ままれても夢から覚めなかったことのほうが大きい。


 ……つまりここは、夢の世界じゃない。


 そもそも冷静に考えれば、俺はおそらく死んだ。もしくは植物状態なのかもしれない。

 だがどんな結論を出そうが、この世界からは出られない。どうやら俺は、しばらくこの世界の住人として生きてみるしか無さそうだ。


 そのためには今、何が起っているか調べなければ。俺は深呼吸をして、様々な質問を投げかける。


「……あの、先生」

「なんだ?」

「ウチのクラスの担任って誰ですか?」

「は? 私だが?」

「じゃあ国語の担任は!?」

「それも私だ。お前、大丈夫か?」

「…………」


 俺は顎に手を当てて、冷静に状況を整理する。

 まず分かったのは、ここが別の世界線──この女の先生が俺の担任かつ国語教師である世界だということ。

 そして辺りを見れば、見知らぬ先生ばかり。教室にいた生徒も、言われてみれば知らない人ばかりだった。

 ここは俺の通っている高校。しかし周りに見慣れた人はいない。

 だがこの状況をどう言語化すれば良いか分からない。俺は更に詮索をすることに。


「先生! 今って西暦何年ですか!?」

「何だよ今度は。えーっと今は……、2020年のだな」

「4月?」

「そうだ。だから昨年度の総括と今年度の抱負を作文としてまとめさせたんだろう。一幡、本当に大丈夫か?」


 おかしい。さっきまでは12月だったのに。しかし言われてみれば、今は冬の寒さが薄い生地の上履きから足に伝わらない。

 ……もしかしてタイムリープか? 

 しかし戻ったのはたった8ヶ月だけ。ならば見知らぬ光景をどう説明すればいい?


「…………」


 ここで先生が腕時計に目をやった。残された時間はわずかみたいだ。

 ならば、極めつけの質問を今ここで!


「あの、佐上さがみ──」

「ストップ。よく分からん質問はここまでだ」


 肝心な質問を飛ばそうとしたが、タイムオーバーの知らせが来てしまった。


「まったく、私に叱られたくないからって。今度は異世界から来た人のマネをして時間稼ぎか?」

「いや、マネじゃなくて本当に──」

「はいはい。こっちは時間ないから、異世界人ごっこに付き合ってる暇はないんだよ」


 一番しっくり来る言葉だったのに。その言葉で説得をしてみようと思ったのに。

 先生は俺の言葉を遮って、話を本題にシフトさせた。


「本当は説教をしてやりたいが、手短に言う。私がお前を呼んだのはずばり、お前の歪んだ考えを正すためだ」


 椅子から立ち上がると、先生は「ついて来い」と言って背を向けた。


「あの、どこへ向かうんですか?」

「とある部室だ。そこでお前にはとっておきの治療をほどこしてもらう」


 治療だなんて、まるで俺を病人みたいに言いやがって。

 確かに俺は青春にどっぷりハマった青春中毒の患者かもしれないが、あの流れではまるで社会不適合者みたいな扱いじゃないか。

 いや、別に『俺が社会に適合できる奴だ』とは胸張って言えないけどさ。


「着いたぞ」


 ノックをせずに扉を開ける社会人らしからぬムービングをかまして、先生は堂々と教室に足を踏み入れた。

 俺も一つ会釈をしてから入ってみたが、そこには今まで見たことが無いくらい綺麗な少女の姿があった。


「先生、教室に入るときはまずノックしてください」

「あぁ、悪い悪い」


 椅子に腰掛けて本を読む彼女に、俺は心を奪われた。

 枝毛の全く見られないつややかな黒い髪。雪のように白い肌。華奢な体躯だが、怒ったときに見せた先生を睨む目付きからは、悪い輩を寄せ付けない強さがうかがえた。

 この子はまるで、俺が大好きだったライトノベルに出てきたヒロイン、東雲雪奈しののめせつなを彷彿させる美少女。いや、東雲雪奈そのものと言っても過言ではない。


 しかし先生は彼女を指してこう言った。


「紹介するよ。二年七組のだ」

「えっ……」


 やばい! やばい!! やばい!!!


「東雲雪奈って、もしかしてあの!?」

「いやなんだよいきなり。こいつ、そんなに有名か?」

「この子が有名かは知らないけど、東雲雪奈という名前は有名ですよ! あのラブコメライトノベルの金字塔作品のヒロインですよ!! このラノで三年連続一位を取って殿堂入りした名作のヒロインで、キャラクター部門でも三年連続一位に輝いた、あの東雲雪奈ですよ!?」


 今の状況の整理をほっぽり出した俺は、すっかり彼女に夢中になって興奮状態に。

 信じられない。信じられない!

 いくら同姓同名とはいえ完成度が高すぎる! これもう、あのラノベの実写版作れるのでは? だって完璧すぎるキャストがいるじゃん! 小〇館さん! ガ〇ガ文庫さん!! 俺すっごいキャストさん見つけました──


「ふんっ!!」

「いでっ!!」

「まったく、なんなんだいきなり!」


 本の角で頭を殴られ、痛みのあまりに俺はうずくまる。


「……!?」


 するとそれがきっかけになったのか。頭の中でバラバラになっていたパズルのピースが急速に繫がっていき、信じられない答えが導かれた。


 俺が通っている高校は、あの作品の舞台と同じ。つまりこの高校があの作品の世界だと仮定すると……。


 ──まず初めに、俺は青春を謳歌する愚か者は視界から消えればいいと思います

 ──一幡いちはた、キミはナメてるのか?


 始まりは高校二年の四月、青春を忌み嫌う主人公のヘイトスピーチに呆れた国語の先生に説教を受け、更にはとある教室に連れられる。


 ──紹介するよ。二年七組の東雲雪奈だ


 そしてその教室で一人、本を読んでいる美少女に遭遇。その前に先生がノックをせずに教室に入るところも原作通りだ。

 まさかこの先生って……?


「あの、今更ですけど……。先生のお名前って?」

「はぁぁ? また異世界人ごっこか? 私は平坂ひらさか平坂統子ひらさかとうこだ」


 やっぱりそうだ!

 東雲雪奈に平坂統子先生、そして青春アンチの主人公、の設定になっている俺。


 ……間違いない! 信じ難いが、ここは認めるしか無い!!


 どうやら俺はラブコメライトノベルの金字塔『もしかして俺の青春ラブコメって間違ってますか?』の主人公になってしまったようだ。

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