「返せよ!俺の大事な〇〇〇!!」

『ウェルカムトゥ、ニューワールド』

『ヨウコソ、シンセカイヘ……』


 ──声が聞こえる。


 ボーカロイドのような電子音が、鼓膜を震わせる。どこから聞こえているのか分からない。それどころか、辺りが真っ暗で何も見えやしない。


『コレヨリ、ダウンロードヲカイシシマス』

『シバラクオマチクダサイ……』


 ダウンロード? これからゲームでも始まるのだろうか。

 ……しかし、どうしてこうなった?

 俺は確か、トラックから美織みおりを守って……。あれ? この後、どうなったんだっけ?

 俺の身に何かが起きた。美織も一緒に巻き込まれた。

 ただそれだけは頭に残っているが、何に巻き込まれたか思い出せない。

 そもそも俺は死んだのか? それともここは夢の中で、俺は目が覚めないままなのか?


 そして、美織はどうなってしまったんだ?


『エラーヲ検出……。解決策ヲ検討シマス』

『エラーガ解決シマシタ。ダウンロードヲ再開シマス』


「ぐっ……」


 突然、頭に刺すような痛みが走る。

 その痛みによって目覚めたのか、視界が開けたが……。


「へっくし!!」


 寒っ!

 身震いをした俺は咄嗟に両手を交差。その手で二の腕をさすったのだが……、あれ? ……無い。

 俺の服が! さっきまで着てた服が!! この日のために一週間悩んだ一張羅いっちょうらがない!!


「……ってことは」


 恐る恐る、下を見る。

 辺りは暗闇。とはいえ自身の身体はよく見えるのであって……。


「……おぅ」


 結論を言おう。

 目が覚めたら、全裸でした。


『ダウンロード中──』

「おい! なんだよこれ!!」

『シバラクオマチクダサイ』

「無視すんなや!!」


 今日は大事な日だったのに。せっかく奮発して買った服だったのに……。

 シカトされて終われるものか! 俺は電子音に訴える。


「おい! 俺の一張羅返せよ!!」

『ダウンロード中──』

「せめて服だけでもいいから!!」

『ダウンロード中──』

「ねぇ、マジで風邪引くんですけ──」

『ダウンロード中──』


 無視された挙句、俺の言葉を遮ってきた生意気な電子音。

 それでも負けじと、俺は叫んだ。

 怒りに狂っていたのだろうか、考える余裕も無く──。


「せめて、美織だけでも返してくれよ!!」


 ……あれ?

 俺は何を言ってるんだ?

 我、全裸ぞ? 服はおろか、パンツすら無いんだぞ?

 そんな中でも、たとえ全裸でも美織を求めた俺の脳神経は一体、どうなってるんだ……。


『エラーコードを検出しました』


「ぐぁぁああああ!!!!」


 さっきとは比にならない頭痛が、俺を襲う。

 頭が割れそう。身体が、熱い……。


『ダウンロード中……』


 そしてダウンロードが進むにつれて、意識が遠のいていく。頭の中が空っぽになっていく。

 けれどこんな状態は長く続くことはなかった。


『ダウンロードガ完了シマシタ』

『ソレデハ……』


 俺にささやいていた声は言う。


『ようこそ。くだらない青春ラブコメの世界へ──』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る