レベル1のラブコメ〜色々と甘すぎる現代ラブコメの主人公になったけど、幼なじみのアイツだけが攻略できない〜

緒方 桃

さらば、綺麗な青春よ

 青春というのは、素晴らしい。


 勉強に部活、そして恋愛。そのどれもが尊い。

 ごめんウソ、勉強は消え去れ。ちりとなれ。


 部活では目先の勝利に向けて汗水、時には涙を流すシーンや、チームメイトとの熱い友情が見られるシーンが実に魅力的だ。スポーツを題材にした漫画で、何度心を動かされたことだろうか。


 そして恋愛──片想い、両想い、ハーレム、全部が素晴らしい。

 ……特に片想い。

『片想いをしている時が一番楽しい』という言葉には大いに納得できる。

 片想いの相手を考える度にザワつく心。片想いの相手とのさりげないボディタッチ、近くなる距離感、更には関節キスごときでも心臓はドクンと跳ね上がる。

 もはや青春のとりこになった者の片想いは、一種の精神病だ。


 そして高校二年生の俺、一幡葛葉いちはたくずはもまた、『片想い』という難病を患っている。



 〇



 2020年12月25日。世はクリスマスムード一色に包まれている。

 本屋で好きなラブコメライトノベルの最終巻を買いに行った後のこと、俺は次の目的地を探すべくイルミネーションの光る街並みを歩いていた。


「ねぇ、次どこ行く?」


 俺の隣を歩く少女は佐上美織さがみみおり。俺の幼稚園からの幼なじみにして、俺の初恋の相手。現在片想い中の相手だ。


 甘い香りのしそうなミルクティーの色のミディアムヘア。目鼻立ちの整った顔。目を合わせるだけで心臓の鼓動が激しくなるほど魅力的な赤い瞳。神から与えられたこの美しい見た目故か、すれ違いざまに振り返る男たちを俺は何人も見てきた。


 あと、美織は学内でも一際目立つ存在だ。

 何人もの男を振り向かせた美貌はもちろん注目の的になるし、バスケ部のキャプテンとしても有名だ。

 そして縦横どちらでも顔が広く、誰にでも優しい女神として多くの人に知られている。


「ちょっとぉ、聞いてますかぁー?」

「いだぃいだぃ……」


 けれど美織は、少しだけ俺の扱いが乱暴だ。

 今みたく俺の耳を引っ張ることは多々あるし、俺の背中が無防備な時は「突撃ー!」と言って俺の背中に乗っかかろうとしてくる。

 昔からそんな感じだった。慣れっこのはずだった。

 でも昔はそんなに意識しなかったのに、これら全てを過度なボディタッチだと意識するようになってからは、ドキドキさせられっぱなしだ。


「てかアンタが誘ったんだから、ちゃーんとエスコートしてよねー」

「いででででで…………」


 あっ、でも好きな人に耳を引っ張られているとはいえ、痛いのは長男だけど耐えられないです! やめて!!


「ふふっ。やっぱ葛葉くずはの耳たぶは、触り心地が最高ですな」

「なんだよそれ……」


 耳を引っ張った小悪魔は、屈託のない眩しい笑顔を見せて天使に変貌する。これには何度心を射抜かれたことか。


「あっ、そういや『言いたいことある』って言ってたけど。わたし、何かアンタに言われるようなことあったっけ?」

「あぁ、あるよ。あるからこうやって呼び出したんだろ?」

「ふーん。まぁ、あんまり期待してないけど」


 ちなみに美織は、ラノベの主人公みたく鈍感で難聴なところがある。

 だからいつも俺がアタックするヒロインで、美織が振り向いてくれない男の子みたいな構図になっているのは、端から見れば滑稽こっけいらしい。


 それでも俺は、さりげないアプローチはやめられなかった。

 中学のときは美織と話したくて、美織と同じくバスケ部に入ったし。高校では美織にかっこいいところを見せたくてバスケを続けた。

 もちろん理由としては軽薄だから,本気で全国大会を目指すような人たちに敵うこともなく。「俺が全国の舞台に連れてってやるよ」なんてクサいセリフを言おうと思ったことはあったが、美織のハイスペックなプレーで逆に全国の舞台に連れて行かれたことも。


 ご都合主義みたいに上手くいかない俺の片想い。だけどこうやって遊びに誘えただけでも心が舞い上がる感じは、実に心地良いものだった。


 そして今日は美織と二人きりで過ごす、初めてのクリスマス。勇気を出して誘った結果生まれた、天国のような時間。

 けれど今日は美織との幸せな時間を過ごしに来たのではない。

 ……俺は今日、美織に告白する。

 長年抱いた想いを、大きなクリスマスツリーの前でぶつけるのだ。


「あっ、そうだ葛葉。耳たぶで思い出したんだけどさ……、どう? このイヤリング、可愛いっしょ??」

「あっ、あぁ。すげぇ似合ってる」

「……もう、何そのうっすい反応! ほら、こっち見てちゃんとした感想言って!」


 イヤリングを見てすぐ目を逸らした俺に、美織は不機嫌そうに頬を膨らます。

 そのイヤリングをもっと見て欲しかったのか、イヤリングを取って指で摘んでいるのが見えた。と、言うのは一瞬の出来事で。


「ちょっ、引っ張るなって──」

「あっ」

「あっ」


 上着を引っ張られた俺とぶつかった反動で、指で摘んでいたイヤリングが飛んでいってしまった。

 イヤリングは車道の中へ。それでも美織は気にせず取りに行ったのだが、


「……あった」

「美織!!」

「えっ!?」


 近づいてきたトラックが危険だと察知して、俺は即座に美織の腕を引っ張り寄せた。

 これで無事にトラックとの衝突は免れたが、美織の行き先は、俺の胸の中だった。


「……あっ、ごめん」

「いや、俺こそ……」


 俺に身を寄せた美織。咄嗟に離れたが、美織の華奢な身体が触れていた感覚が残っている。

 あーくそ! 暑い!!

 火照った身体を冷ますべく上着のファスナーを全開。さぁ次は水族館に行こう!

 そう思い心を躍らせた瞬間、頭上から見知らぬ男の人の声が聞こえた。


「危ない!!!!!」


 上空からは見えたのは、無数の鉄骨。

 ゆっくりと、ゆっくりと。まるで俺が超能力を使ったかのような気分だ。

 けれど、身体は少しも動かない。もちろん隣に立つ美織も一秒も動く猶予ゆうよが無く、「逃げろ!」という言葉すら伝えられない。

 ただ単にゆっくり見えるこの光景。

 それを前にした俺にできるのは、再び俺に身を寄せた美織を強く抱き締めることだけだった。


「きゃあああああ!!!!!!!」


 とどろ数多あまたの悲鳴。聞こえたのは、ただそれだけ。

 目は開かない。身体には激痛があるが、遠のいていく意識が痛みを消していく。

 そしてぼやけていく視界と身体中を走る寒気が、俺に残酷な結末を知らせた。


 どうやら俺の命は、美織に告白ができないまま燃え尽きてしまったみたいだ。

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