最後の戦い
ムサシとアミナ、そして魔王にとっても、それはふたたびの戦いであった。
「出揃いの『光の戦士たち』でもなく、かつて私に倒された者たちよ。さぁ、どれだけ楽しませてくれるかな」
魔王のその声は、かつてのヒデトのように、そして、魔物に堕ちた教皇のように、野太く、不気味だ。
「うおおおおおおおおおおお!」
「せいやあああああああああ!」
そして、最早、ムサシたちにとって、それは出し惜しみも無しである。剣を構えた二人は雄叫びと共に、突進していくと、
「花鳥風月流! 花の舞!」
「ホーリースター!」
DAH!! と、地面を蹴り上げた侍は、刀を振り回しつづける突風の塊となり、聖騎士は、聖なる光で輝く剣を光速のように繰り出し続けた。が、
「……ふん!」
黒き、毛むくじゃらの腕がそれら全てを振り払うかのようにすれば、途端に、ガキ―ン! といった剣の響きと共に、投げ飛ばされるようになったのは、ムサシとアミナで、「ち……!」「くっ……!」と、思わず両者ともに顔もしかめたのだが、二人だけとはいえ、そこは、既にすっかり勘も取り戻した彼らは「光の戦士たち」なのである。即座に体勢を変えれば、ズザザザー! と地面には、尚、ひきづる余韻も残しつつも着地し、後は、巨大にして凶悪なその姿を、毅然と睨み返すのみであった。
「……こーりゃ、奥の手、使っていくしかないかもな~」
「奥の手?」
「ああ……イチかバチかの、物は試しってやつ。アミナ、悪いんだけど、しばらく、あいつと真正面からやりあってくんない?」
「……わかった!」
正々堂々と言えば、騎士の本分だ。二つ返事でコクリと頷いた聖騎士アミナが、「せいやあああああああああああ!」と、魔王に突進していけば、ムサシは、尚も睨みつつも、相手とは全く違う方向に向け駆け出し、そこに彼の体内から神秘である風すら舞うようにしていくと、駆ける力は尚も速度を増していく。
「ほう……」
「ホーリースター!」
そして、聖なる光の光速のレイピアが次々に差し込んでいこうとするのを、魔王が剛腕でもって振り払おうとすれば、すかさず、距離をとり、間髪いれずに次の一撃をいれようとするのをやめず、気づけば、魔王とアミナが殺るか殺られるかの間合いの周囲には、ムサシの駆け巡る丁髷の姿があちこちに点在していくではないか。
「ふむ……」
流石に魔王の牛面の顔つきも多少は変わったであろうか。そして、「せいやあああああああああああっ!」とした、アミナの追撃は、尚も止まない。と、その瞬間の出来事だった。
「花鳥風月流! 鳥の幻!」
凛としてムサシの声は響き、風と化した力で、次々に分身の幻を生み出していった侍の姿は上空にあり、真っ直ぐに下方へと突き刺すように持ち直された刀は、魔王の脳天へ向け、それは、まるで、空の鷲や鷹の狩りのようですらあったのだが、
「む……!」
首の皮一枚で避けた魔王の顔面には一矢報いたであろうか。ただ、この一撃にかけたムサシが悔し気にする隙もなく、「ふん……!」などと鼻息も荒くした禍々しい尾が侍の体を捉えれば、
「ぐ……は……!」
「ムー君!」
もろにうけたムサシの体は血反吐と共に吹っ飛び、想い人のある彼方へと、アミナが駆け出してしまうのは、致し方のない事であろう。
「いてててて……いや、やっばい。一瞬、飛んだわ。あの世いったかも」
「ケアー! ケアーしないと!」
ただ、聖騎士よりも遥かに軽装とはいえ、侍の、その書生風の井手達も、神秘の力に守られている一級品である。長身の少年がなんとか立ち上がろうとする頃には、少し感情を乱した少女が、今すぐにでも治療をと急いでいたが、その猶予があれば、すぐにでも相手を倒してしまわなければならない。口から血を垂らしつつも少年は、少女に笑いかけ、その想いだけ受け取るようにしていたが、
「……侍、か。やはり、聖騎士より厄介な者たちだな……次回はジゲン国から真っ先に滅ぼしてくれようか」
魔王が怪人ならではの青い血の頬傷を拭い、呟けば、
「いやいやいや。あの島にはおたまちゃんがいるんだ! 指一本触れさせねーよ?!」
「……ムー君。誰かな? そのコ」
思わず、かつての旅の日々を思い起こしてムサシは口走ってしまうと、アミナなどは、先程までの心配げな顔から一気に女の勘の表情となり、少年はギクッとするとあらぬ方向など見る夫婦漫才すら展開したが、コホンと咳払いをして気を取り直すと、
「アミナ……あいつ、やっぱ、本調子じゃねぇよ」
「えっ……?」
さとい侍は、体のあちこちにある、かつて、自分たちがつけた生傷だらけの魔物たちの王を前にして、少しばかり不敵な笑みと共に、聖騎士に耳打ちするのであった。
「……あん時より、仲間の数も少ないってのに、奥の手が、ちっとは通用したのがいい証拠よ。なんにせよ、この期に及んで、魔法の一つもださないってのが、くさい。ださない、うんにゃ、だせねーんじゃねーかな」
「…………!」
指摘されれば、乙女の大きな瞳も遥かに大きくなるというものだ。そこには勝機があるかもしれないと、思わず細剣を握る構えも真正面を見つめて鋭くなる。ただ、魔王は、尚も不敵であり、
「……ただ、厄介ではあるが、軽い、な。そこの聖騎士ともどもにだ。やはり出揃わぬ『光の戦士たち』など、恐れるに足らぬ、か」
「ほ~う。言ってくれんじゃねーの。そういうあんたこそ、前回に比べりゃ、随分と精彩、欠いてるぜ? ほんとはもう、きっつきっつなんじゃねーの?」
「……口だけは、尚、達者、か。試してみるか?」
「お~? 言ったね~?! アミナ! もう一度だ!」
「うんっ! せいやあああああああああああっ!」
今は、一瞬でも通じた作戦を更に信じるほかないと、アミナの長い髪は舞いながら駆け出し、ムサシも一際に周囲を駆け巡る力を強くしていった。
「ふん……」
魔王はそんな二人を鼻で笑ったかもしれない。ただ、口も開けば、竜の吐き出すそれよりも禍々しい色彩を帯びた魔性の炎がアミナに襲いかかりもしたが、
「ホーリーシールド!」
と、聖なる力の壁でそれら全てを吹き飛ばすと、間髪いれずに「ホーリースター」なる聖騎士の奥義を発動させ乙女は勇敢に突入していくのみである。その間にも、風よ、更に神秘の風となれと言わんばかりに、周囲の侍の丁髷袴の姿は、月の砂漠の上を遥かにも増して分身させていく。そして、
「うおおおおおおおおおおお! 花鳥風月流! 鳥の幻!」
こうして、既に、鷹や鷲の速度も超えた風となった、渾身の侍の一太刀の姿が天空遥かから一直線に突き刺すようにして、魔王に直撃、と思われた瞬間、
「……ブレイク」
即座に少年に向けられた黒いかぎ爪だらけの手の平からは、稲光のような力が発動されてしまえば、それはあっという間に、丁髷姿を捉え、
「くっ……が……は……!」
「ムー君っ!」
「小娘……お前もだ! ブレイク!」
今や、空中で、稲妻の光に雁字搦めとなって苦しむ恋人の姿が目の前などにあれば、アミナも、我を忘れてしまう、まだまだ少女であった。魔王が、その隙など逃すはずもなく、腕を伸ばすと、その、激しい激痛と共に、相手の動きの自由を奪う魔法は発動されてしまい、
「あああああああああ!」
稲光に捕らえられたアミナも顔を歪ませ、叫んでしまった。
今や、その禍々しい両の手から発動された魔法の影響で、まるで二人は、宙吊りにされたかのようになっているところであった。ただ、激しい痛みを伴いながらも、二人の表情は、相手の事を睨み付ける気持ちの強さを持っており、決して得物を手放さない姿にあるのは、ひたすらに悔し気といったところであろうか。
獣の顔をした表情からは、尚、ポタリ、ポタリと、ムサシが報いた傷跡の血を垂らしつつ、「うむ……」などと、魔王は、一つ、頷いてみせたが、
「小僧……精彩に欠ける、と言ったか。多少、慧眼がある事は認めてやろう。確かに、私は、先のお前たちから受けた忌々しい傷が、この通り、残ったままだ。故に、ままならない事はある。だがな。魔王を相手にして同じ策が二度通じる、と思うところがまだまだ小僧である証拠よ」
そして、ふと、遠いところを見、
「思えば、先の戦いでもそうであったな。『光の戦士たち』よ。立ちはだかるは何者か、と思えば、お前たちは、どれもこれも、年端もいかぬ小僧と小娘ばかりときたものだ。鼻で笑ってやりたくもなったが、そして、お前たちは、気高き王たるこの私に、これだけの傷をつけ……また、あわやというところまで、この私を追い詰めた……!」
ギリギリとした音が聞こえたのは、当時を思い返した魔王の獣の顔が、苦々しく歯ぎしりをしたからであった。
「この恨み……やはり、なんとしてでもふたたび異世界に渡り、残りの者らも我が手で下してやろうか……!……まぁ、先ずはお前たちからだ。最大の辛苦と陵辱の果てに……死ぬがよい……! さて、どういうふうに殺してやろうか」
「こ……んにゃ……ろう!」
「くっ……!」
魔王の爛々とした眼は、少年を厳しく睨みつけ、少女に対しては好色も見え隠れしている。下衆の極みでもある魔王を前にして、とうとう、二人は、絶体絶命であったが、それでも気丈に睨み返すそれは、かつて「選ばれし者たち」としてこの世界に降り立った後の彼らの研鑽の旅の日々の賜物であろう。
だが、精一杯の攻撃は、今や、万策尽きようとしていた。非情にも魔王は迫ってきていて、歯を食いしばるムサシもアミナも、悔し気に目を瞑り、俯くしかない、そんな一瞬の出来事だった。
彼らの瞑った視界には、一瞬、自分たちの世界に残してきた、家族が、仲間の姿が、よぎったかもしれない。その後に続く事があるとするなら、互いの顔を見つめあう事もあったかもしれない。ただ、
「こ、こーれーでーもーっ! 食らいやがれーっ! ですのーっ!!」
この場に場違いな雰囲気の声質が精一杯にシリアスな口調を象ったので、思わず、聞いた事のある声に、ムサシもアミナも顔をあげれば、「なんだ?!」と、魔王も思わぬ登場に驚いた様子だったが、黄色い塊は、その周囲をぐるぐる旋回すると、そこにはみるみる粉末が舞い、
「ふぇーくっしょいっ! ぬ?! ぐぬ?!」
途端に魔王がくしゃみをすると、魔法は解かれ、ドサリと、ムサシとアミナも得物と共に落ちれば、即座に構え直したが、
「さぁ! お二人とも! 今ですの!」
彼らの頭上には、ムサシがかつて託したしびれ薬の入った袋をすっかり空っぽにした、ココが急かしているではないか。
「でかした! ココ! アミナ! 決めるぞ!」
「うんっ! ありがとう! ココちゃんっ」
ノルヴライトの産業革命の賜物は、竜人と化した教皇にも効くそれは一級品だ。
「くっ……! なんだこれは!」
全く身動きも取れずにいる魔王が混乱している、今こそが好機であった。
自らの懐でしっかりと構えた八相の構えでもって、精神を統一し、周囲に神秘の風の力を尚一層強くすると、
「受け取りな! 虎の子だ!……花鳥風月流! 風の牙!」
奥義の発動と共にムサシの姿は、瞬間、魔王の眼前にあり、両の手で握られしその刀は、神秘の力で、次々に三日月の弧を描いていく! 言わば、それは、かつてヒデトにもとどめを刺した侍の奥義である「月の閃」の連続技であった!
「ぐおおお……がは……!」
ノルヴライト一の切れ味とも言われる、刀という武器の、究極の奥義を前にして、途端に、次々と体から血しぶきをあげ、魔王の眼は、見開かれたようになったが、
「アミナ……!」
そうして駆け抜けたムサシが振り向く頃には、淡い光に全てを覆われるようにしていた聖騎士の乙女が、同じくレイピアを構えて目を瞑り、精神を統一していたのが、強く相手を睨むと、タタタタと駆け出し、
「ホーリーエクスカリバー!」
今や、そのレイピア刀身は、太い、太い、光の大剣と化していて、天に向けられたようにした後に振り下ろされた右の手の剣の光は、血しぶきだらけの魔王の頭上に襲いかかれば、地面までをも貫き、
「うおおおおおおおおおおお………!!」
真っ二つとなった魔王は、とうとうそこに膝まづくと、ドス……ン……! といった鈍い音と共に倒れ伏すのであった。
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