再びの対峙
「へっ……奇襲ってのは、騎士のナリとしちゃ、性に合わねーんだがな」
豊かな鬣をたくわえた、獅子の顔の獣人族の男が既に抜刀しつつも、なるべく前傾姿勢をとり、一角の巨大な岩山へと向け歩を進め、タフガイといった様子の笑みと共に呟いた。
「はい。その通りですっ。隊長っ」
すぐ隣をいくアミナは険しく前方を見つめながら答える。隊長と呼ばれた男の鎧が全体的に青いカラーリングであるのに対し、アミナが白で、ところどころに紋様として象られたロザリオも、黄金色と赤という対比ではあるが、二人が共に聖騎士である事は、その心情からも伺えるといったものだった。
(そんなもんかね……)
そんなアミナのすぐ隣には、袴に丁髷のムサシが心の中で呟いてみせたりもしたが、これが、一人、東方ノルヴライトで生き抜いてきたセオリーの違いのようなものなのだろう。
後方では、禍々しい魔物が大きな口を開いたかのようなデザインのゲードの中の、転送装置の虹色にゆらめく空間から、強者たちが次々に現れていく。
ただ、隊長は、自らの言葉に答えた長い髪の乙女の騎士の横顔などを、じっと見た後、
「……だがな。強烈な日差しの中の影のようでしか、思い出す事ができなくなっちまってた『光の戦士たち』と、共に、戦えるとくりゃ、話は別だ」
そうして、いよいよ、間近に危機が迫っているというのに、岩山の周囲にいる雑兵たちが、未だ、思い思いの日常に勤しんでいる事などを望遠鏡で確認すると、隊長は剣を振り上げ、
「全軍! 突撃!」
その一声にムサシもアミナも雄叫びで答えると、ルナアンヌにグリターニャも加わった中隊規模の数であれば、月の地面に伝わる振動は怒涛であり、既に、慌てふためくゴブリンやオークたちが武器を手に取る前にすら斬りかかっていく事も造作ない事であった!
ただ、斬っても斬っても沸いてでてくるような魔物であるのがゴブリンやオークである。
「せいやあああああああああああっ!」
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
アミナもムサシも切り刻んでは、背中合わせに周囲を睨みつける頃、取り囲んでは応戦せんと構えているのはオークの棍棒であったりするのだ。
と、そこへ、ドスンドスンドスンドスン……! と地響きのような音すら鳴り響けば、次々に現れ出でるは、サイクロプスの集団ではないか。
「ちっ……厄介なやつらがでてきちまった!」
思わずムサシなどは見上げてみれば、舌打ちしたが、途端に、BOOOOOON! BOOOOOON! BOOOOON! と、火の玉などが頭上を飛んでいくと、それらは見事に命中し、巨体は一気に火の山と化して苦しんだりしている!
「みんな……!」
感激の声を上げて、火の玉の出所に視線を送ったのはアミナであった。そこでは、まるで、ヤガガヤがかぶっていたかのような三角帽子の姿もあったりする、ローブをまとった集団が、各自の杖を構えていて、呪文を唱え続けていれば、既に魔法の次弾の準備に入っている、といったところであった。
ふと、ムサシとアミナは、魔法使いの彼らに、かつての旅の仲間の姿なども重ね合わせたが、
「GAOOOOOOOOO……!!」
今度は、上空から飛んできては、負けじと火球を口からほどばしる竜の群れたちが襲撃してくれば、たまらぬ強烈な反撃には、思わず散開するしかない。
だが、それも束の間の事であった。
「ドラゴンダイブ!」
決め技の絶叫と共に、次々と月の空へと舞うのは、リーファインを筆頭とした竜騎士の隊員たちである! 華麗な槍さばきはまさしく天を裂き、竜を突き刺せば、
「GAOOOOOOOOO……!!」
間違いなく、猛者ばかりが集った竜専門の狩人を前にして、苦戦をはじめたのはドラゴンたちのほうであった!
こうなれば、異世界からやってきた少年少女も負けてはいられないというものであろう。
「せいやあああああああああああっ!」
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
そのレイピアを、刀を、握り直すようにすると、雑兵に、強敵までもからんだ魔物たちの群れの中に、雄叫びと共に突っ込んでいく事も当然と言えるものだ。
思わぬ敵襲を前に、魔王側も一瞬はひるんだが、次々に強力な側近たちは現れ、その動きは迅速であったと言えよう。
「ぐは……!!」
今や、サイクロプスに踏みつけられ絶命する騎士たちも現れている。
ただ、この場に馳せ参じたのは、少数精鋭とはいえ、ノルヴライトに住む人々の世界のなかでも、強者ばかりであったというのも、歴然とした事実であった。
BIBIBIBIBIBIBIBIBIBIBIBI!!
BIBIBIBIBIBIBIBIBIBIBIBI!!
とうとう、ドルイドのローブ姿まで表舞台にでてくれば、ルナアンヌ、グリターニャ連合の魔法使い部隊と、雷の音すら互いに譲らず、激しい魔法合戦を繰り返し続けたりしている。
「せいやあああああああああああっ!」
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
皆の援護もあれば、少年少女の気合も更に入るというものだ。アミナは、サイクロプスの巨体を見る見ると駆けあがり、その巨大な一つ目に、とどめの一撃を突き刺したし、ムサシは「花鳥風月流 花の舞」でもって上空に跳ね上がれば、竜を首からもぎ取った。
ただ、やがて顔も煤だらけに、肩で息もしている侍の少年と聖騎士の少女の元に、「ムサシ殿ー! アミナ殿ー!」と駆け寄ってきたのは竜騎士のエルフの乙女で、
「戦況は、一進一退! このままでは埒があかぬ! ここは我らに任せて! 貴公らは魔王の元に急がれよ!」
「いや、でも……!」
「みんな、がんばってるのに!」
さといムサシなどは、頭では解っていたが、つい、苦笑をして答えてしまったし、アミナなどは、気持ちそのものだった。尚、襲いかかってくる魔物たちを、刀で、剣で、槍で、応戦しつつ、
「貴公らは、この世界に、魔王を倒すために舞い降りた、『光の戦士たち』なのであろう?! 私たちにとって、魔王のいない世こそ、希望そのものだ! 頼む! 私たちの希望を託させてくれ!」
「リーファイン……!」
「隊員集合! 『光の戦士たち』の活路を作れー! 魔王に我らの希望を届けるぞー!」
一際に、雄叫びは地鳴りのように巻き起こった。
「はぁはぁはぁはぁ……!」
「ふっ…………!」
今や、次から次へと強敵な魔物たちが現れてきた、まるで峡谷となっている間の砂漠をアミナは駆け、共に行くムサシは、汗で額にかかる前髪などに息を吹きかけてみせたりしている。
いよいよ、道が開けたと思えば、外側からは巨大な山に見えていたそれは、中は広大に広がっており、もしかしたら、それはある種のクレーター痕の一種であったのかもしれない。ただ、今は、どんな推察をしている暇もない。少年と少女は、背で聞こえる仲間たちの雄叫びと、剣や槍が鳴らす金属音に押されるようにして、奥へと進むのみである。
そうして、もぬけの殻となっている、悪魔教の信者どもが使っていたのであろう黒いテントや、その焚火の跡などを辿っていた頃合であろうか。一際に巨大な黒テントが目についた途端、
「やぁああああ!」
などと、そこから躍り出るように現れたのは、全裸のダークエルフではないか。手には短刀が握られていて、それらは間違いなくムサシとアミナを狙っていた。
「うわっ、ちょっ!」
「やぁああああ!」
「やぁああああ!」
そして、その者は決して一人ではなかった。次々に褐色の肌の者たちはテントから現れれば、ムサシとアミナに向かってくる。
「い、いや。ちょっと、まって。みんな」
「…………」
ムサシが慌てふためいて、よけるがままにしているなか、険しい顔のままに、じっと彼女たちの事を見つめていたアミナの方が決断は早かった。一度、そのレイピアを赤い鞘の中に収めると、次の瞬間には駆け出し、即座に、言わば、峰打ちを次々と決めていって、どこか、焦点も定まっていない、元エルフの乙女たちはあっけなく倒れていくのみだったのである。
そして、あちこちに気を失った裸の女だらけとなった頃、
「……うむ。全く、使えんな」
冷淡そのものといった声が響けば、すっかり記憶を取り戻しているムサシもアミナも、一際に表情を厳しくするほかなかった。今や、その黒テントから、ゆっくりと、顔まで隠れた黒いローブと共に現れた姿を見れば、
「……魔王!」
「……なんとも忌々しい。『光の戦士たち』か。やはり、この世界にやってきたか」
「それはこっちの台詞よっ! 女の子たちをおもちゃみたいにしてっ! あなた、やっぱり、許せないっ!」
ムサシが正体を口にして身構えれば、結局、全てのダークエルフの乙女たちに手を下したアミナであったが、抑えていた感情がほどばしり、レイピアの切っ先は鋭く相手の事を睨みつけていた。
「ほう……では、どうするというのだ? ふむ……人間族というのが惜しいところだ。いや、待て。『光の戦士たち』ともなれば、また特別かもしれんな。お前、私に抱かれてみるか?」
ガッハッハッ……と下品た笑い声が響いた瞬間、背筋に戦慄を覚えた聖騎士の乙女よりも、激昂に走ったのはムサシの方が早かった。
「うおおおおおおおおおおお!」
「……ふむ」
袴を翻した少年は、いつもの冷静な策士である事も忘れていれば、自らの恋人への侮辱に、奥義を発動する事もなく斬りかかっていたのだ。ただ、魔王が、その筋張った手を広げれば、風圧が発生し、周囲で気を失う全裸の姿も舞うほどに巻き込むようにしたそれが襲いかかると、もろに受けた侍の少年は、
「ぐは……」
「ムー君!」
はるか彼方に、そして上空まで吹っ飛んだ丁髷姿は、少女の悲鳴と共に下降していったが、そこはかつて、一度は戦った事のある相手である。カッと見開けば、体勢を変えてムサシは地に着陸し、アミナは駆け寄っていくのだった。
「……ふむ。しかし、あの時は、あの暗黒騎士の他に……お前たち、他にも幾人かいたであろう?」
ゆらりゆらりと近づいてきながらの黒ローブの影の向こうの呟きには、思わず、地獄耳のムサシなどは、(暗黒騎士……)と心の中で反芻してしまったが、今や、その顔を心配げに覗き込むアミナには気丈に微笑み返すと、血の混じったつばなども吐き、
「さあね!! お前の記憶違いじゃね?!」
刀を握り直すと、魔王の事を睨みつけたが、
「クックック……石、め。全ての者はやはり揃わなかったか。それで私を倒せると思ったか……!」
近づく黒ローブは自らの羽織っているものに手をかけると、それを上空に脱ぎ捨てるようにした。一瞬、人らしい姿も垣間見えたそれは、既に見る見ると変わっていき、一回り、二回りとどんどん巨大化すれば、背には、コウモリのような羽が次々に生え、体中が黒い毛むくじゃらとなる頃には、牛面とした顔の眼すら爛々と輝き、幾重にも重なるようにした角すらもにょきにょきと生え出ていくと、
「おいでなすった……」
ムサシは呟き、彼ら剣士二人にとってははじめてではない光景に、かつての激戦を思い出せれば、険しい表情とならざるを得ない心境だったが、かつてとの違いと言えば、そのまさしく魔物たちの王として相応しい禍々しい姿のあちこちに、生傷が目立つといった事であろうか。
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