魔王の胸中

 月の広大な山々の一角は、中が盆地となっており、その四方を囲む天然の山岳も要塞の城壁変わりに、魔王が居を構えるようになってから、時間は間違いなく経過している。サイクロプスは闊歩し、空には竜が舞う中、その奥に鎮座するようにしてある真っ黒いテントを覗いてみれば、禍々しいデザインでありながらも、絨毯には王に相応しい高品質なものが敷かれていて、玉座の真ん前には水晶玉の置かれたテーブルなどがあり、周囲にはダークエルフの女どもを侍らしながら、既に、その中の一人なんぞには、奉仕する事を命じた魔王は、自らの黒いローブの中に女をひざまつかせては潜り込ませ、水晶玉に向け、なにやら怪しく手を揺らめかせている。


「ふむ…………」

 そして、今日もまた、思うところがあるようにして、その後に、ローブに隠れた顔の顎などに手をやるのであった。


 それは、彼からしてみれば異世界である、ムサシとアミナたちの世界への往来が叶わなくなった事への推量だった。これは、あの日、あの時、自らの喉元にまで剣を突きつけてきた者が目を離した隙にかけた、彼の魔法の効果が失った事を意味していたのである。だとしたら、どうやら、あの暗黒騎士を倒した者がいるという事なのだ。

「元が『光の戦士たち』の一人……まぁ、使える駒だと思ったがな」

 それは、唐突な「断線」であった。これにより、魔王たちが彼の世界に赴く事も叶わなくなった。

「忌々しい石の仕業……まさか『光の戦士たち』か………?」

 そして、魔王にとって懸念があると言えば、その一点のみで、残してきたゴブリンやオークの連中に思いを馳せる事など微塵もなかったという事は言うまでもない。ましてや、魔王は、彼の異世界には、まるで興味を無くしていたので、

「まるでどこもかしこもシウルプスのようであったな……あのような世界など、どうでもよい事ではあるが……」

 と、冷淡に呟くのみだった。


 カラクリに頼らなければ、新米の拳闘士より脆弱な人間族ばかりの世界の者が、危うく、自らにとどめをさす寸前まで追い込んできた暗黒騎士を倒す事など、考え辛い事ではあるが、あの暗黒騎士の精神的な脆さなどは、人の心に聡い魔王はとっくに見抜いていた。それに自らの魔法でもって、本人の往年のような力の復活を試みたとはいえ、弱点と言われれば、あの日、自らと対峙した時ほど、強固ではなかったという点であろうか。


「……まぁ、あるのかもしれんな……駒は減ったが……」

 魔王の物言いはどこまでも冷淡である。

 ムサシとアミナの世界に残ってしまったゴブリンやオークたちの、その家族たちなどが、山岳の中にすら入れてもらえず、その周辺で、身を寄せあった集落のようにしながら彼らの帰りを待っている事も、彼にとってはどうでもいい。

「……うむ……」

 だが、思わず「古傷」が疼くと、魔王は水晶玉に向けて揺らめかせていた両の手をやめた。ローブからは、それまで覗いていた血色もよくなさそうな、手首にまで及んでいた切り傷を隠すようにすると、その隠れた暗闇の顔つきも多少、しかめているようである。


 一つの戦いを終えて尚、自らの身体を苦しめる斬撃を、あの日、あの場に居合わせた「光の戦士たち」の中でも一番に多くもたらしたのは、暗黒騎士、ヒデトの一撃によるものが多かった。故に、先の「魔災」でここまでの深手を与えんとしてきた者が自分の目の前にかしづく姿は、魔王にとっては、充分、満足する光景だったが、未だままならない、その痛みなどが疼けば、寧ろ、そのプライド故に、忌々しさが勝ってくるというものだ。

「……うむ……」

 ただ、丁度、奉仕も宴となった頃合であった。魔王は、自らの裾から中に潜り込んでいる者の頭を、ローブ越しに鷲掴みするようにすると、更に奥まで飲み込めと言わんばかりにし、体は、小刻みに震わせるようにして、その責めを受け入れ続けていたが、やがて、解放されれば、激しく咳き込みながらダークエルフの乙女の姿が這い出てくる。ただ、

「玩具程度、といったところか……まだ、本調子には遠いな」


 魔王が見下ろす先には、白肌からすっかり褐色化したダークエルフの少女が未だ跪いている。すっかり魔王に身も心も奪われたその者は、まるで呆けた視線で魔王の事を見上げていて、それは、彼の周囲で付き従っている、どれもこれも裸同然の衣装でいる同じ者たちも、まるで視線まで同じであったが、本来ならば、魔王のもつ圧倒的な力を体内に注ぎこまれるうちに、それに忠実に従う有能な戦士としての才にも目覚めるはずの褐色の者たちは、むしろ色気に溺れてしまっただけの単なる都合のいい性奴隷にしか成り果てていなかったのが現状だった。


「……なによりも、先ずは我が魔王たる練度を取り戻す事が先決、か」

 呟きながら、周囲にいる女どもに目で催促すれば、ある者は、その膝の上に乗るようにして、自らの胸でもって奉仕し、魔王が甘噛みに愛撫してやれば、それだけでのけぞる者すら現れ、とうとう四方を乳房に囲まれるようになれば、魔王も悪い気はしていない様子である。裾からも次々に女たちは入り込んでいき、口でもって奉仕し続ける。


 とうとう、一角のベッドには、次々に居並ぶようにして、臀部を献上するかのように突き出せば、潤んだ瞳で振り向き、責めを待つ、四つに這う女どもで埋め尽くされていく。そして、魔王はそれらにまるでとどめでも刺すかのように、次々と激しく腰を動かし、まるでローブに食われるようにしながら、ダークエルフの女たちは喘ぎ、叫び、果てていくのだ。

 今日も、魔王のテントのあちこちは、失神した女の裸で埋め尽くされていく。こうして、その褐色の尻を、時に、強く打ち叩きながらも、その全てを流し込むようにしながら、流石に息を荒くし、

「やはり……療養は、女に限る……」

 などと、魔王は欲望にまみれた笑みを口元にたくわえるのだった。


 やがて、一通り満足した魔王は、元のテーブルに着席してたりしていて、テーブルの上にすら、未だに小刻みとしている乙女の肌たちがあれば、そのあちこちに手をのばし、尚も、その肌の滑らかさを楽しもうとすれば、ビクッと大きく震える事があっても誰一人として抗おうとしない権力関係に満足気にしつつ、

「全ての者どもが、お前たちのようであればいいのだがな」

 などと呟いた。


 かつて魔王には、自らの直属の配下に「四天魔」と呼ばれる魔物たちの姿もあったが、彼らはことごとく「光の戦士たち」に打ち滅ぼされてしまっている。

「ゴブリンなんぞ、束にかかってこようが、尚、虫けらであるがな……」

 ただ、狡猾が醜い肌を着て歩き回っているような連中である。手負いの魔王と解れば、足元を見てくるような連中もいるかもしれない。

「その点、バカなサイクロプスは、いい」

 魔王の指先にされるがままになっている乙女たちは、彼の呟きをどこまで理解できているのだろうか。ただ、ただ、その顔つきは抱かれて、尚、恍惚とした表情すら浮かべている。

「ドルイドもよかろう……あれは希少価値だ」

 それは魔王を盲信している悪魔教の魔法使いたちである。先の異世界攻略にも多大な貢献をした彼らは、魔王の居とはつかずはなれずのところで、魔王のように黒いローブで顔まで隠し、焚火を囲んでは、なにやら怪し気なパイプをくゆらせているところであった。

「……時に、竜だがな。やつらの腹の中までは解らぬ事もあるが……『四天魔』無き今、一番、使える駒と言えよう……」

 魔王は、別に誰かに聞いてほしいというわけでもないようだ。すると、聞いたか、聞こえたか、丁度、テントの外では、「GAOOOOOOOOO……」などと、ドラゴンの遠吠えが空でこだました。


「ククク……だが、ここにきて、露骨に我が魔王の座を欲しているのが、魔物ではなく人間族だと言うのだから、滑稽なものよ……」

 ただ、その者は、魔王にとっては、単なるノルヴライトの国々の情勢を知る密偵でしかない。

「しかし、暗黒騎士といい、国教をおさめるはずの教皇といい……人の、なんたる甘言に弱い事よ……それも今や、我らが門番。ましてや、最早、人でも無いがな……ノルヴライトが一枚岩となられても厄介だ。これも、まぁまぁな駒とは言えよう。そして、ゆくゆくの我が領土としての地ならしも、今、着実に進めている。ならば、あとは、お前たちから搾るとるだけ、搾りとり、私が、魔王としての本来の力を取り戻す事に専念するのが先決と言えよう」

 魔王の言っている事はどこまでが本当なのだろうか。愚かなゼーメル教皇を笑った後に、その旺盛な性欲が再びもたげたに過ぎないのではないだろうか。眼前で果てている女たちには乱暴に促し、その雰囲気で察した他の女たちはよれよれとなりながらも、再び、ベットに集まっていこうとすれば、またもや、なんとか四つに這おうとしている頃、

「クックック……ノルヴライトこそが、我が手中におさめる世界よ」


 次々に突き出されようとしている、エルフの臀部たちを子気味よさそうに眺めながら、魔王が呟いた、その時だった。

「た、大変だ~! 魔王の親方ぁ~!」

「……何事だ」

 これから、いくらしても飽きない快楽に耽る時だというのに、単なるご機嫌取りでしかないインプがテントに転がりこんでくれば、魔王も不機嫌になるというものである。


「うひゃっ……じゃねーや。御取込中にすんませーん! けど、大変なんだよー! 親方ー!」

「……いいから、はやく言え」

 欲望に忠実なのは、魔物なら大なり小なり同じ特性があると言っても差し支えないのかもしれない。ベットの上に、ずらりと突き出されるようにしている臀部が、美しいダークエルフの乙女のものばかりとくれば、慌てふためいてテントに転がり込んでくる、どのインプすらも一瞬、目の色を変え、涎すらもこぼしそうにしたが、我らが主の魔王に促されれば、すぐに現実に戻り、

「て、敵襲だ! 敵襲なんだよ! 親方! 既にゴブリンもオークたちもバッサバッサとやられちまってる!」

「敵襲だと……? 転送装置はイシュガールの謁見の間からしか入り込めないであろう?!」

 魔王は我が耳を疑ったが、途端に、反応をし始めるのは、机上に置いた水晶玉ではないか!

「……なんだと……!?」

 今度は、自らの目を疑った魔王が、その危険が差し迫るのを示すかのように、輝きはじめた水晶玉を手に取ると、既に月の砂漠の上では、次々に魔物たちに剣を振り回し、狩り続ける、侍の少年と聖騎士の少女の姿などが映し出されているではないか。


 そして、その者らの姿を、魔王は屈辱と共に忘れる事など何一つできなかったのである。かつて、彼らは、自らを絶命寸前にまで追い込んだ暗黒騎士と共にいた者たちではないか。だとしたら、その正体は一つしかない。

「……『光の戦士たち』……! やはり、石め! 動きよったか……!」

 忌々し気にしている口元の犬歯が、暗闇のローブの中で見え隠れした。

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