聖殿からの使い

「私は、第十四代聖殿主、大巫女カリーヌ・セイナ様の使いだ。 冒険者、アミナ・ユウキ、ムサシ・コノエ、いないのか?」

 槍を手にしたエルフの乙女はもう一度、訪ね、ムサシたちがそれに答えようとした、その時であった。

「おうおうおうおう。『魔災』も終わりゃ、今度はすっかり役人気取りかよ……っとに、竜騎士ってやつらは、いいご身分だなー!」

 丁度、乙女の近くの立ちテーブルでは、乙女よりもはるかに壮年の、彼女と同じエルフの男の者が体をふらつかせていて、睨みつけながら、自らの槍で体を支える事もままならないようにしていた。どうやら酒に飲まれている様子である。乙女は多少、目を見開き、男の方を小さく口をへのじにして真っ直ぐ見返していると、

「俺様だってなー! ちょっと前までは聖殿勤めだったんだぞー! それをなー。なんだって、こんなところに……」

「……ああ。そういう事か。なら、貴公だって知っておろう。グリターニャは、ノルヴライトに広がる国々の中でも一際に不戦と平和の誓いを貫く国柄。代々の聖殿主の中でもカリーヌ様は、一際に、民には、兵になってもらいたくないのだ」

「そういうことじゃねーんだよ……そういうことじゃ……」

「実際、退官の際には充分な手当は、与えられたはずでは?」

「俺様はなー! 槍をもっと振り回してーんだよ!」

「なら、この冒険者ギルドなど、丁度いいではないか。思う存分に魔物相手に槍を振り回せばよい」

「だから! ちょっとばかし飛べるからって、なんで同じ槍使いなのに、てめーら竜騎士ばっかりが厚遇されんだよ!」

 

 男はその年齢にありがちな完全なからみ酒であった。実際、親子ほどの年の開きにも見えたが、「竜騎士」と誰もが見抜く井手達をした乙女は全く動じておらず、ただ、一言、「貴公は無茶を言うな……」と少し苦笑は浮かべつつ、

「竜は、知ある魔物たちの中でも別格の存在である事は、周知の事実ではないか。魔王の影響があろうとなかろうと、彼らの考えは及びもつかぬし、一度、その牙を向かれたら私たちの被害の方が甚大だ。常に、空を睨みながらの机上の仕事も楽ではないぞ?」

 そう言って、竜騎士の乙女は、少し大げさに肩をすくめてみせ、まるで男の事をなだめるようにしたのだが、その間も男は「そういうことじゃねーんだよ……そういうことじゃ……」と、尚、ブツブツ呟いていて、まるで乙女の話など耳に入ってるそぶりもなく、とうとう、

「そもそも、なんで、エルフであるこの俺様が、人間族や小人ども風情と一緒に仕事しなきゃなんねーんだ! 俺様はな! エルフだぞ!」

 今度は、周囲を無遠慮に指さしながらの罵倒には、その場にいた多くの異民族の血の気が多いとくれば、途端に反感を買い、場内は騒然となっていった。

「……貴公、私たち、グリターニャの民は、聖殿主と共に祈る上に置いて、皆、ひとしく平等であるはずだぞ?」

「う、うるっせぇ! 小娘! これでも喰らいやがれ!」

 尚、すっかり呆れ顔ですらあった乙女は、まるで子供に説いてきかせるような素振りであったが、収まりがつかなくなったのは男の方であった。自らに降りかかる喧噪にすら飲まれ、むき出しとなった感情と共に槍を振り回し、乙女に襲いかかったが、次の瞬間には、その場に残像すら見えるほど、本人の姿はそこになく、男が相手の居場所を突きとめんと見回そうとした時には、既に、天井から、男めがけて静かに落下するようにしてきていて、そのポニーテールを舞うように揺らしながら、乙女は到達寸前で、相手の頭を石突の先で軽くポカリとすれば、あっという間に白目を向き、男はその場に倒れてしまった。


「うーむ。さすが竜騎士……」

「ね。久しぶりに見たね」

 そして、その場で、その一部始終を全て目で終えたのはムサシとアミナだけだったりしたのだが、二人が感心し、予期せぬショータイムに、他の冒険者たちが指笛などして囃す中、

「……貴公は先ず、その錆びれに錆びれた槍を綺麗に磨く事だ。……さて、皆、聞いてほしい! 私の名はリーファイン・ケレブリアン! 先ずは同族の、異なる同胞への非礼を詫びたい。ここに深く謝罪する! 私たちはカリーヌ様と共に等しく祈る民である! これは聖殿に仕える竜騎士として、ここに改めて宣言しておこう」

 リーファインと名乗ったエルフの乙女が深々と頭を下げ、語る中、好き勝手なガヤは続いていたが、

「そして、改めて訪ねたい。既にグリターニャ領、ミケット村に出没していたトロールを討伐、鉱夫ギルドの強奪された現場を『レジスタンス』たちから奪還、そして伝説の魔女、なんとあの、ヤガガヤ様の協力にも尽力したという、我らの国に多大な貢献をしてくれている、アミナ・ユウキ、ムサシ・コノエのことだ!」

「あら。その子たちなら」

 リーファインが語っていると、カウンターにいる受付のエルフが反応し、その他、多くの視線が、そして、聖騎士と侍のつがいに集まれば、

「あ~。どーもー」

「…………」

 日本人というものは、つい、こういう時にはにかんでしまうものである。ムサシが頭をかきかき、アミナなど少し照れ臭くもじもじしていると、

「おお! 貴公たちが! お初にお目にかかる。では、早速……!」

 それも東方人特有の奥ゆかしさくらいにしか思わないリーファインは、途端に表情を明るくさせ、そして、これまでと違う展開と言えば、いつものようにギルド内のテーブルへと進むわけではなく、外には、彼らのための馬車などが用意されているところであった。


 御者がえいやと手綱を動かせば馬たちは動き出し、今や、ムサシとアミナは馬車の中にて、リーファインと名乗った竜騎士のエルフの乙女と真向いに座っているところであった。森の都の中を駆け始めると、

「流石、登録早々に、難易度もあったであろう依頼を数々とこなしてきただけの事はある。貴公らの顔には、まるで勇壮の相がでているようだ!」

「え~、やっぱり~? ど~も~」

「いえいえ、とんでもない……」

 頷く度にポニーテールが揺れる賛辞には、それぞれらしい反応で返していたが、

「番兵とは言え、こんな素晴らしい勇者たちを聖殿から追い返してしまった事には、聖殿に仕える身として、謝罪する」

 この竜騎士は実力者たる故に、どこまでも実直、謙虚であるようだ。深々と頭を下げる金の髪に、ムサシ、アミナ、どちらともなく頭をあげてくれと言いかけ、

「この奇妙なる有事に、折角、『光の戦士たち』が再来してくれたというのに……」

 尚も、神妙な顔でリーファインは話を続けようとしたのだが、その時だった。


「しっかし、リーファインお姉さまの華麗な身のこなし、いつ見ても、惚れ惚れしてしまいますわ~」

 突如、明るい声が響いたかと思えば、ふわふわした金髪の巻き毛を二つに編み込み、リボンのついた黄色い生地のワンピースに、腿をおおうタイツの先のパンプスすらも黄色で揃えられ、垂れ目がちの大きな瞳には、長い睫毛も覗いた、まるで幼子の女子か、その年頃の者たちが戯れで遊ぶ人形であるかのようなものの小さい姿が、パッと空中に現れるではないか。そして、その者の正体を知っているアミナが、

「えっ、ピクシー?」

 などと口にすれば、東方ではお目にもかかった事もなかったムサシが、「なにそれ?」という顔をして振り向き、

「『妖精の賢者』なんて言われ方もされる、フェアリーの上位種にあたる子たちよ。私も見るのは、はじめてだケド……」

 アミナの講釈は続いたのだが、「あら~。騎士さま、御名答~」などと、小さい姿でふわふわ浮かぶそれが無邪気に答えると、「こ、こらっ! 無礼だぞ! 相手は客人だぞ!」とリーファインは諫めるようにしていたのだが、気を取り直すようにすると、

「いかにも、この者はピクシーだ。名をココという」

「……でも『想い人がいない限り、ピクシーはそこに現れない』んじゃなかったかしら?」

「え、なにそれ。どゆこと?」

 榛色の瞳の瞬きを何度もしながら、アミナがなんとか理解につとめようとするなか、ムサシはぜんぜん、話すら見えてこなかったが、

「さすが、騎士様~。するどいご明察ですわ~。ココは、森の中で水浴びをしてらしたリーファイン姉さまのお姿に一目ぼれしてしまったので~す!」

「こ、こらっ! あけすけにいうなっ!」

「…………!」

(……や、妖精が、話してるとこなんてはじめて見たんだけど)

 アミナが瞳を丸くしていれば、ムサシは、そのもの自体に未だ興味津々であったりしていると、

「まぁ、なんだ。波瀾を好まぬのがピクシーというもの。話しかけられた時は、ああ、本当に『魔災』も終わったのだな、程度にしか思っていたのだが……その……」

「現在、このココ、お姉さまに猛アタック中なので~すっ」

「こ、こらっ!」

「さっきも、争いごとになるやもしれん。姿を隠していろなんて言ってくだすって……お姉さまのためなら、人里の暮らしもやむを得ぬとなれば、ココの覚悟はとっくに決まっておりますのにっ……なんて心優しいお姉さまっ」

「なっ!」

「フフフっ」

 ココなる妖精の無邪気さに、先程までの重厚な竜騎士が嘘であるかのように、すっかり翻弄されているリーファインであった。


「…………」

「…………!」

 ムサシとアミナが、眼前のやりとりに目も丸くするなか、やがて、肩先に止まっては、尚、無邪気に笑いかけてくるココに、リーファインは、顔を赤らめ「……全く! お前というやつは!」などと懇々と説教していたが、

「コホン……失礼した……は、話のほとんどは、この者の言う通りだ。……まあ、しかし、愛いやつであろう?」

 そして、今度、リーファインはそっと優し気に、ココを指先で撫でてやろうとすれば、臆面もなく、嬉し気にそれにココは頬ずりをし、そのエルフ特有の碧眼は、愛おしさに満ち溢れているようではないか。

「……それに、これらの者は、時に、童神とすら言われ、神に近いとさえ言われる一族。おかげか、私の霊性もまた一際に高まっているのを感じるのだ……」

 やがて、彼女の口調は少し低みを帯び、

「哀れな、我が姉、エリンナーファに引導を与えてくれたのも、貴公たちであったそうだな……」

 尚、じっと慈しみの顔をココに向けつつ切り出した言葉には、その名に聞き覚えもあれば、ムサシもアミナも更に目を丸くするほかなかったが、

「姉妹で、妙なる種から魅入られてしまうのは、そういう星の元なのかもしれんな。……私たち双子は孤児だったのだ。せめて、ダークエルフに堕ちた姉は、私の手で、とカリーヌ様に無理をお願いしていたのは私なのだ……礼を言う」

「…………」

「…………」


 ムサシとアミナが複雑な顔をするほかないなか、リーファインの表情の変化を悟ったココが、「お姉さま……そんな顔しないで……ほらっ! 笑ってっ!」などと励ましていると、馬車はいよいよ、かつて二人が門前払いを食らった門を抜け、中へと入っていく。

 そして、聖殿と言われる巨大な樹木の中には、更なる森が広がるような世界があり、その一本道となっている石畳を竜騎士と共にいけば、泉をたたえた箇所に佇むようにしている、白いローブを着込み、杖を手にした金髪の小柄な女性の後ろ姿が見え、それがはじめてではないムサシもアミナもリーファインと共にひざまつくのは自然の流れであった。

「…………」

 今や、その、小柄な女性が振り向けば、瞳すらブロンドがかった視線でもってジッと見、

「お待ちしておりました。『光の戦士』さま。どうぞ、楽になさって。さあ、リーファインも」

 優し気にかたりかけるこの者こそ、かつては名高い白魔導士として名をはせた、都市国家、森の都グリターニャの国家元首、カリーヌ・セイナなのだった。

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