気転の少年
一段上となった箇所は、せいぜい、周囲をグリターニャの森の中から拾ってきたのであろう、葉のついた小枝などが周囲を雑に飾っているだけなので、エリンナーファは、自らの胸や秘部については腕で覆い、足を閉じ、頑ななほどのポーズで隠すよりほかなかった。それだけ「祭壇」は、緑の肌の女たちが自らの欲望のままにエリンナーファの体を弄り回す事のみに特化した、食卓テーブルだったのだ。
日増しにキリもなくなっていっていた彼らの愛撫であったが、すっかり魔物に魅入られていたエリンナーファにとっては、全てのゴブリンが満足するまで、例え、性的絶頂を迎えすぎて、口は半開きに、視線は遠い世界を見るような失神状態に自らが陥ってでも、魔物たちの玩具であり続けようとした。
ふと、意識が戻った時、周囲を見渡すと、誰もが自分の体にすがりつくようにして、その口まわりを、それまでの事を思い出すかのようにしながら舌なめずりに夢現になどしている醜悪な顔などが、そこ、ここ、あそこと確認できれば、最早、彼女にとっての、それが幸せだったのだ。
全ては、かつての想い人の悲願を成し遂げるためであったはずだが、いつの間にか、その想い人が入れ替わり、まさか、同性になるとは、エリンナーファですら思いもしなかった。ただ、彼女にとってのそのパートナーは、今や、どこからともなく現われた侍と聖騎士たちに次々に斬殺された魔物の女たちであることは間違いのない事だ。
「お……のれ……!」
そうも思えば、憎しみもふつふつと湧いてくるというものだ。ただ、既に、何度か失神するほど餌食である事に甘んじ続けた体は、腰砕けに思うようにすらままならない。尚、くやしくしていると、目の前の花飾りの丸坊主たちは振り向き、
「エリンナーファ様、ここはあたいらにお任せを」
「そうじゃ。そうじゃ。女神様はそこにおってくれればいいんだ」
「そうじゃ。そうじゃ。だてに毎日、イの一番に霊験を食らってたのはダテじゃないって事、証明してやんよ」
「お前たち……」
既に、あちこちに同胞の死骸も転がる中、その緑色の猫背の醜い背中を、熱っぽい視線で見つめる瞳は、最早、彼女たちの女であるという関係性を見事に物語っていたが、
「GAAAAAAAAAAAH!!」
「GYAAAAAAAAAAH!!」
「GAOOOOOOOOOO!!」
今や、雄叫びと共に、女族長たちは次々に跳躍し、侍と聖騎士たちに襲いかかったのだが、実力者としての勘を取り戻しはじめていた剣士たちにとっては、それらは取るに足りない魔物たちの一組でしかなかった。
ヒュン! ヒュン! ヒュン!
…………シャキ―――――ン!
聖なる力のこもったレイピアが舞うように、次々に繰り出されれば、一陣の強風のように刀の刀身は光り、襲撃者たちの只中をも駆け抜けた。途端に、血しぶきと共に、次々に倒れていったのは女酋長たちの方であり、
「お前たちーーーー!!」
まるで、操を守るかのようにもして、その体を隠していたダークエルフであったが、とうとう、一瞬の信じられない光景を前に、これまでが嘘のように立ち上がると、流血の舞台の中、駆け出しはじめていて、
「……とっ、あぶね!」
「……!」
無論、ムサシとアミナが、近づいてくる強敵に警戒するように、一度、距離をとった事は言うまでもない。魔物に魅入られた女は、族長たちの名を次々に呼ぶと、その裸を血だらけにしながら、自らの元に抱き寄せようとしていた。そして、息も絶え絶えとしながらも、薄眼をあけた族長たちは、涙に濡れた碧眼を見上げると、
「……エリンナーファ様、そんな顔せんで……」
「あたいら、魔王様には下僕以下の扱いだったのに。春をくれてありがとう……」
「ああ……ありもしない力も、女神様さえおれば、どんどんわき出るくらい、極上の春の毎日じゃった……」
族長たちは言い残し、次々に、その腕の中でガクッと果てていけば、
「お前たち……!!」
まるで、ダークエルフの女は、更に全てを抱き寄せるようにしながら、肩を震わせているほどではないか。
「…………!」
「…………」
丸裸の褐色の肌を血まみれにして、ダークエルフの女の後ろ姿が一人、泣いている背中は、正に魔物に魅入られた女であるといえよう。それらは自分たちが作り出したものではあるが、あちこちに散らばる小鬼たちの死骸の中、ムサシもアミナも心優しい少年少女である。剣は、尚、厳しく、それぞれに構えたままだが、なにやら複雑な表情のままに、眼前を見つめていると、
「許さん……」
ポツリと女は呟いた。すると、徐々に、その体は妖しい色でざわつきはじめ、尚、よれながらも立ち上がった時には、髪の毛すら逆立っていて、
「…………!」
「…………」
ムサシとアミナも我に返るようにすると、カチャリ! カチャリ! と各自の得物を構え直したが、
「許さんぞ! この人間どもめえええええ!」
BOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOM!!
振り返った女の顔は、正に、怨念に取りつかれた表情であり、その恨みの具合を現すかのように、かざした手の平からは、噴き出すような炎が生じて、二人に襲いかかってくれば、
「なんて強力な黒魔法……! ホ、ホーリーシールド!」
「くっ……!」
アミナは、ムサシの目の前に立ちはだかるようにして、自らのレイピアを地に突き立て、聖なる光の結界を張ったが、
「おらあ! おらあ! おらあ! おらあ! オラあああああああ!!」
最早、絶叫と共に、白く長い髪を振り乱した褐色の怨霊といっていいダークエルフは、問答無用に炎のボールを次々に、その壁に打ち込んでくるのである! 光の壁は、それら全てをしっかり受け止めていたが、
「くっ……!!」
「アミナ! これ以上こんな事やってたらアミナにガタきちまうって!」
耐え凌ぐアミナは、徐々に限界の予兆を現し始め、せき止められている怨念の塊たちを見回しながら、ムサシは絶叫した!
「で、でも……! くっ!」
BOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOM!
BOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOM!
BOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOM!
「おらあ! おらあ! おらあ! おらあ! オラあああああああ!!」
苦悶に歪むアミナに振り向く隙すら与えず、今や、眼前は、炎の壁のようだ!
やはり、ダークエルフの力は強力であった! そして鬼気迫る中、刀を構える体勢も虚しく、その寸前まで自らに(考えろ……! 考えろ……!)と問い続けていたムサシは、ふと、何かを思いつくようにすると、
「借りるよ……!」
と、仁王立ちすらして猛攻を耐えていた自らの彼女を片手で抱きかかえるようにし、途端に、「きゃっ」という一声と共に、アミナが張っていた聖なる壁の効果は解かれ、今や、怨念の炎たちが少年少女に襲いかかるという刹那!
「韋駄天……!」
少年の呟いた、その神秘の技は、まるで、風の如く、一瞬にして、その場から駆け抜ける事ができる侍の奥義の一つであり、ド―――――――――ンという鈍い音がして、そこには既に、なにもなく、せいぜい炎が山火事のように燃えているだけであったのだ。
メラメラメラ……巨大な空間の一角を炎の山が舞っている。
「どこにいったああああ! 人間どもおおおおおおお!」
絶叫する、妖しい光に覆われ、白い髪の毛を逆立てた女は、褐色の肌をした一匹の手強いモンスターそのものであった。
「ここだよ。お前さんよ!」
と、ムサシが答えれば、そこでは、アミナを、尚、抱きかかえたままのようにしている丁髷が、エリンナーファから充分に距離もとったところで、あえて涼し気な顔つきの素振りをして見返しているようであった。
「死ねええええええええええええ!」
BOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOM!!
「……韋駄天!」
そして、逆襲の炎が、またもや二人に襲いかかれば、ムサシはアミナを担ぎ、神秘の技を繰り出し、切り抜けるのだ!
ドーーーーーーーーーーーーーーーン!!
またもや、重い音が響き渡ると共に、新たな火の山が生まれた!
BOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOM!!
BOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOM!!
「韋駄天!」
かくして、怨念の炎の牙が迫りくるたびに、ムサシは、それらをかわし続け、辺りはいよいよ炎ばかりが燃え盛るようになる頃、
「おのれえええ、ネズミのように、ちょこまかと!!」
尚、女の怒りは収まらなかったが、
「ハァ! ハァ! ハァ! ハァ!」
「ムー君!」
人を抱きかかえたままの、瞬時に風となる妙技は、普段以上の負担をムサシに強いていたのだ。尚、相手には、挑発的な表情すら崩していないものの、少年の息遣いが汗と共に荒くなれば、その流れのままに懐にいた聖騎士の少女が心配げに見上げる事も当たり前の事であった。と、ムサシは、辛うじて、火の巡りが薄い箇所を目ざとく見つけると、「アミナ……逃げろ」と耳打ちした。ここのこれまでも全く相方の真意がつかめなかったアミナが、「えっ……」と返すのは無理もない。
「いいから……! オレに考えがある! はいっ! ダッシュ!」
「…………!!」
と、次の刹那には、ムサシはアミナを強引に突き放すようにした。榛色の瞳は、丁髷の横顔を困惑気に見つめたが、かつての旅路でも策士と言えばムサシであった。それを思い出せば、引き裂かれる想いも引きずりつつも、少女は階上にある出入り口に向けて駆け出したのだ。
「逃すかあああああああ!」
ダークエルフの怨霊は、すぐさま、黒魔法の発動をアミナにめがけて放とうとしたが、
「させるかよっと!」
ビュン……!
一陣の風と化したムサシが次にした事は逃亡ではなく、一気に間合いをつめた相手への斬り込みだったのだ!
GAKIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIN!!
振り下ろされた刀は、エリンナーファが繰り出した魔法による障壁に阻まれ、両者の睨み合いは、剣技と魔法の鍔迫り合いという、この世界特有の戦闘模様を描き出していたが、彼方の出口にて、アミナの長い髪が、もう一度、心配げにこちらを振り返るのをムサシが横目に確かめた瞬間、
「どけええええええ! ネズミがああああああああ!」
「げっ……ぐはっ!」
エリンナーファは、かつて、魔王の側近の女だった者である。たとえ魔法など使わなくても、その怪力でもって、一人の侍の少年を吹き飛ばす事など造作もない事であり、もろに受けたムサシは、途端に、あっけなく吹っ飛ぶのであった。
ズザザザザーーーーーーーーーーー!!
「……いっちっちっちっ」
やがて、派手な音を立てて不時着しながらも、すぐさま、少年は起き上がると、
「……お姉さんよ。ねずみ、ネズミ、ってさっきから失礼なやつだな~」
口の中が割れた傷も拭き、不敵な笑みなども浮かべつつも語りはじめ、
「……あんたの彼女さんたちが巷でどう言われてたか、知ってっか? 毛無しゴキブリ だとさ。や~、オレも本当にそう思うぜ~。バッサバッサ斬ってやってる時なんてさ~、部屋で新聞紙でぶっ殺してやってるの思いだしたもんな~」
言いながら、まるで、挑発的にムサシはおどけるそぶりすらした。このような振る舞いに、女が更に激昂したというのは言うまでもないだろう。
「私の愛しい者たちを……ゆるさああああああああん!!」
BOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOM!
BOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOM!
BOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOM!
「……韋駄天!!」
炎はムサシに次々に迫りきて、なんとか、ムサシは首の皮一枚で切り抜けた。そして、
「ゴキブリなんて、この世からいなくなっちまえばいいんだよ~!」
「……! 貴様あああああああああ!!」
まだまだ、ムサシの挑発は止まない。恨みに飲み込まれた女の逆襲の炎が絶える事もなかった。また、地響きは絶え間なく、空間は次々に炎と化していく。
ただ、四方八方から飛び出すようにしては、相手の傷口に塩を塗り、死人に鞭をうち続けていたムサシも、最早、風となり続ける事に限界を感じ始めていて、
「ハア! ハア! ハア! ハア!」
と、顔も険しく息遣いも荒くなるのは、周囲に立ち込める怨念の炎の熱さだけでは決してなく、尚、逆立てた髪の毛もメラメラと、自らを睨みつける褐色の肌の者が立ちはだかっていれば、
(やっぱ、ダークエルフ、まじつぇぇ……)
などと、思わず呻いてしまうのだった。これで、相手に充分の装備を持たせていれば、勝負にはならなかったであろう。そして、いよいよ、地響きすらなり、自分たちを取り囲むピラミッドの建築物の構造が怪しい音を立てはじめた刹那、
(やっと、か~……!)
漸くの朗報に、思わず苦笑ながらも安堵した、これはムサシの一か八かの賭けだったのだ。
「…………!!」
そしてムサシは出口に向け、最後の力を振り絞って一陣の風となる頃、古代の超文明の遺跡であるとはいえ、老朽化甚だしかった巨大な建築物は、激戦の衝撃にとうとう耐え兼ねて崩落し、「ぎゃあああああああああああ」とした、女の叫び声が、その只中で響き渡るのみであった。
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