いざ、潜入

 結局、ギイムたち、鉱夫ギルドの歓待は夜まで続き、アミナが、仕事に支障もでるからそろそろおいとましようとすると、

「なんだよ~! ねえちゃーん! つれねーこと言うなよー。俺たちゃ、お前らが気に入った! なんなら泊まってけ! てか、いっそ、冒険者なんてやめてうちに入社しろ! オリハルコンなんてでた日にゃ、ボーナスつくぞ!」

「いいっすね~ ヒヒイロカネとかもでます? オレ~、一度、自分で刀って打ってみたくて~」

 すっかり酒に飲まれたギイムが冗舌になっていると、それと肩を組んで答えるムサシまで顔を真っ赤にしている有様ではないか! 打ち解けたドワーフが、こんなに陽気である事も、アミナは知らなかったものだが、まあ、なにはともあれ男とは、目先の道楽しかみえなくなる生き物なのであろうか! アミナが口をへの字に説教をはじめるまでもなく、今宵は店じまいだと啖呵を切って、解散を促しはじめたのは、それまで厨房で忙しくしていたドワーフの女性たちの方であり、そんな女性たちとアミナが共闘した包囲網が完成されれば、その圧倒的な迫力を前に、ムサシたち男衆がぐうの音もでなくなるというのは、どこの世界でも同じ事のようである。


 森の都の木立からくる夜風は、一際に酔い覚ましにでも役立ったのだろうか。おぼろげとした二つの月を見上げながら、口笛など吹く丁髷姿の足取りはしっかりしている様子である。アミナは、改めて、呆れ顔のままに、その横顔を見つめ、ひとつ溜息をついては、気を取り直すように笑みを作ると、

「……けど、ムー君、ほんと、人と打ち解けるの上手だよネ。やっぱり、ライブとかできる人は違うなぁ」

 少女の切り出した話題とは、まるで、見知らぬドワーフたちと、以前からの知り合いであるかのように接していた恋人のフットワークの軽さであった。ムサシは、「まぁ、あのドワーフの人たち、よっぽど困ってたんじゃねーの」などと、はにかみつつも、やがて、少女の瞳に映る横顔は、かつての旅路を思い起こすように、遠い目をし、

「……ほら、オレ、ここにいる人たちの懐に、飛び込むしかなかったからさ」

 と、それはアミナたちと出会うまでの、一人、孤独であった日々の事を反芻している様子で、「そっか……」などと、答えつつも、その夜風に丁髷も揺らす横顔が、自分だけに見せる哀愁すら漂っていれば、容易く、キュンとなってしまうほど、相変わらず甘々な彼女と言えばアミナであったが、ふと、自らの事を思い返してみた時に、直ぐに同じ世界からの仲間と修練し、冒険をしていた、その旅は、まるで二人の世界に閉じこもっていたかのような旅の日々であった気がするのだが、ムサシ以外の、当時の「選ばれし者たち」の顔ぶれのどれを思い返しても、それが誰だったかが腑に落ちず、思わず、榛色の瞳もクルリとさせて、首もかしげていると、

「……で、あ、あのさ」

 ムサシは語りかけてきて、それが、今度の報酬が入ったら、この世界のギターであるリュートという楽器を購入したいなどと言う事を、まるで、ご機嫌を伺うように訪ねてくれば、すっかり、金庫番であるアミナは、少し思わせぶりな表情をしつつも、

「……よろしい! ムー君の本業だしね!」

 と、決まっていた答えも答えてやるころには、少女の袖をくいくいと引っ張るので、何事かと振り向くと、すっかり、目も爛々とさせた少年が指さす方向には、機術のハイテクぶりによって、まるで、魔法の照明もネオンのように煌々と輝く、看板も、ムサシたちの世界に負けないデザリングの、その建物は、明らかに、噂のアベックモーテルだったりすると、途端に、顔も真っ赤にした乙女は、

「……ムー君は! やっぱりそればっかり! 明日はダークエルフと戦うんだよっ?!……もう、知りません!」

「……えー……アミナー、ごめん~。おこんないでよ~」

 ツカツカツカ! と、路地に足音も響かせ、肩をいからし帰路を急ぎはじめた、ゆれるハーフアップの長い髪の後ろ姿を、まるでダメな丁髷が追いかけ始めれば、少女の中によぎった、自らの記憶への疑問はどこかに吹き飛んでしまったのだった。


 翌朝、まだ霧もあるほど夜が明けたばかりでひっそりしているグリターニャの街の一角で、ムサシとアミナは、ギイムたちと待ち合わせると、やがて、用意された馬車に乗り込んで、いざ、出陣し、木漏れ日は、まるで、これから激闘が待っている事など、嘘のように、戦士たちの肌にそよいでいくのであった。


 中途で出会った魔物たちなどは、腕っぷしのギイムたちも加勢する中、二人も剣を抜けば、それはせいぜいちょっとしたウォーミングアップ変わりだったが、いよいよ、森の中にポッカリと開いた巨大な坑口に辿り着く頃、その周囲を、しっかりとした木材が組まれているのも確認できれば、ギイムたちの代々の仕事ぶりなども伺わせるものであったが、皆が注意深く、馬車から降りて、入口に近づこうと、深い、深い、闇の中はどこまでも広がっているだけのようで、かすかに、遠くで女性の悲鳴のようなものも聞こえたであろうか。

「ちっ! あの毛無しゴキブリども! まっとうなエルフなんて抱いたことないもんだから、クセになってやがんだ……!」

「俺たち代々の洞穴で……許せねぇ……!」

 ギイムを筆頭にドワーフたちが息まけば、ムサシとアミナの表情も険しくなり、いざ、各自の得物を抜き、向かおうとした矢先、

「おい、坊主、これを持ってけ」

 呼び止めたギイムが手にしていたのは、キラキラと輝く「転送石」であり、

「俺たちだって、ただ転んでたわけじゃねぇ。どさくさまみれにぶんどってやったのよ。……癪だが、こいつらの作る、この精度だけは大した仕事だ。これを使えや、親分どものいるところまで、ひとっとびだろうよ」

「…………」

 こうして、依頼者からの餞別も受け取った少年と少女は、顔を見合わせ、その石を手に念ずるようにすると、途端にそれは「起動」し、二人は、みるみるその場から姿を消すのであった。


 そして、二人が再び姿を現したところは、あちこちに巨大な遺跡がたたずむ一角の、長い階段の果てにあるピラミッド状の建物の一室の入り口で、すでに、たいまつの炎ものぞく内部からは、女の喘ぎ声も先ほどより間近で、なにやら、獣たちの喧噪と、荒い息遣いと、絶え間ない淫靡な音なども交じり合うほどに響き渡っていれば、思わず、驚きに二人も顔を見合わせたのだが、そろりそろりと中に入れば、空間の周囲をグルリと囲むようにしている通路から下に続く階段の先に、床から天井までをつきぬけるようにしている、広々としたピラミッドの内部は、どうやら、真ん中が台座のようになっていて、そこにはゴブリンの尼たちが、尚、夢中な餓鬼のようにして群がっているところだったのだ。そして、更に目をこらしてみれば、今や、汗なのか、よだれなのかもわからないほどに、褐色の体中の肌をテカらしたダークエルフの女が丸裸となっていて、その穴という穴を全て啜られ、舐められ、女らしい体の特徴という特徴を弄られ、吸われ続けていて、

「あああああああん!」

 丁度、のけぞるようにして絶頂を起こした顔は、まるで弄ばれている事に心底、幸せそうな歓喜の表情であった。

 まるで、満喫したかのように、尚、褐色の肌に、目をつぶって頬ずりする醜い顔は、異形ながらも、マリーの肌に同じ事をしていたヤガガヤの事をアミナは思い起こしたが、褐色の者もまるで同じように、その丸坊主を一撫でしてやると、

「かわいいこ……はあはあ……さぁ……次は、誰だい?」

 と、周囲を尚、艶っぽく見回したりすると、途端に、周りは更に騒々しくなるのだから、延々と繰り返されたのであろう、その一連の行為が、ムサシとアミナがかつて戦慄した、一方的な暴力行為の類でない事は明らかであった。


 まるで、自らの体という砂糖に群がる蟻たちのようなゴブリンの尼たちの事も愛おしげに、尚、その欲望を受け入れ続けていたのは、ダークエルフのエリンナーファであるという事はいうまでもないだろう。

 ふたたびの異世界の旅路の中、少年と少女は、またもや以前の冒険では見た事もなかった強烈な光景を目の当たりに、しばし、唖然ともしたが、ダークエルフも魔物たちも、情事を交わす事にすっかり夢中となっている、今が好機と思えば、アミナは途端に階段を駆け下りていき、ムサシは、腰を低く、前傾に構えると、念じるように抜刀の構えを作り、際に、周囲が風を舞えば、

「花鳥風月流……花の舞……!」

 言い切った瞬間には、自らを大風車とさせ、刀のぶん回しの攻めも激しい、ヒデトをも苦戦させた剣技を発動させると、そのまま飛び降りるようにしたのであった!


 ビュンビュンビュンビュンビュンビュン!!

 突如、舞い降りた刀の人間竜巻の勢いは止まらない!!

「ぐは……!!」

「げっ……!!」

 口周りをエリンナーファの愛液まみれにした醜くき顔もだらしげに、それまでの行為を反芻するかのように薄ら笑いを浮かべ、足を広げたカエルのようにまどろんでいたり、それらを踏み台に、すっかりおぼえた上質な女の味の、更なる搾取を試みようと、舌なめずりにそれのみしか見えていない者ばかりの緩慢な欲望たちの塊の群れに、一人旅で鍛え抜かれた剣技が突入すれば、それらはみるみる血しぶきをあげた細かい塵のごとき肉塊と化していき、続けて追いついた、長き髪麗しき乙女の聖なる騎士が、

「ホーリースター!!」

 と、叫べば聖なる剣の光は、神々しく光り輝き、それは光速にも勝るレイピアが次々に舞い、

「ぐは……!!」

「げっ……!!」

「GAOOOO……」

 やはり、油断しきった、獣たちは成す術はなく、その聖なる力に守られた剣のスピードは、文字通りに、女神に等しいほどの、神々しい姿であった。

「お前たち……!!」

 すっかり、魔物に魅入られていたエリンナーファが、その惨たらしい光景を前に、まるで我が子でも殺されたかのような悲痛な叫びをあげる中、

「て、敵襲! 敵襲じゃぞ!」

 族長たちは、手下どもに発破をかけたが、ムサシもアミナも、かつては、一度、魔王を倒したほどの者の、その旅の一行であった実力者である。ましてや、大成功であった奇襲のタイミングもくわえ、彼らがエリンナーファから徹底的に性を搾取した故にかつてより強靭となったかも謎のまま、二人の剣の前では、雑魚は雑魚のままに、阿鼻叫喚の断末魔の死体ばかりが転がっていくのみで、すると、その長であるはずの女たちは、多くの者の相手をしたせいで、未だ、半身を起こす事が漸く精一杯であるエリンナーファを守るように、その眼前に立ちはだかり、エリンナーファと共に、二人の冒険者の事をキッと睨みつける頃には、今や、死屍累々の山の中、最後の一匹まで残らず屠った、ムサシとアミナもそれに負けじとやり返すタイミングであった。睨み合いながら、

「……いや、まじ、エっロ」

 刀を構える、とりあえず、エロさだけは聖騎士の乙女も呆れさせる侍は、檀上で毅然とこちらを見下ろすも、尚、上気のおさまらぬ頬と潤んだ碧眼の瞳に、未だ、肩で息をしている姿と抜群のプロポーションも間近となれば、思わず、呟いてしまい、アミナは一度、横目でそんな相方を睨んだものの、

「この人……」

 やがて、何かを思い出したようなので、今度はムサシが、その横顔の方に振り向くと、

「『四大魔』と戦った時、いたかも」

「……えっ! まじで?!」

 それは、魔王の側近クラスの者たちの中でも、一際に魔王に近い者たちの事を指していた。

 

 そのどれもが激戦で、時に辛勝であった記憶がよぎれば、立ちはだかったダークエルフたちも一際に、強敵であったものだ。幸い、残る雑魚どもは少ない上に、女は丸裸の丸腰だ。この勝負、相手に立て直しの隙など与えぬうちに決めるのが吉のようである。東方ノルヴライトは、本流ジゲン国で仕込まれた侍のセオリーでは、至極もっともな策であったが、

「……神聖王国の騎士としては、本懐とは言えないわね」

 ムサシと同じ策を思いついていたアミナには引っかかりがあるようだった。と、その時、尚、ダークエルフは、立ち上がれそうもないままにしながらも、

「お前たち……よくも……! 私のかわいい子たちを……!!」

「エリンナーファ様……ここはあたいらにお任せを」

「そうですじゃ……エリンナーファ様は、あたいらの大事な女神様じゃ」

「おい! 人間ども! あたいらの女神様の肌を気安く見るんじゃないやい! この体はあたいらのもんだ!」

 無論、エリンナーファには「光の戦士たち」に倒された記憶があれども、その者たちが目の前にいるとは、到底、想像もついていない。ただ、気丈にも自らを守ろうとしてくれてる小鬼どもの背を、「お前たち……」と、潤んで見つめる瞳は、すっかり身も心も魔物に奪われた女の姿であった。

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