自由な世界

 闇の底では、「祭壇」と称された、台の上のような箇所に、せいぜい拾ってきた木々などが周囲を飾っていて、今や、褐色の肌の女が身を横たえているところであった。そして、ほとんど裸同然であった際どいデザインの衣装から、その抜群に見事なプロポーションを、禍々しい指先たちが露にしようとする事にも、なに一つ抗わず、やがて、それらが、露出された自らにむしゃぶりついてこようとすれば、その全てを受け入れるようにすらしてやって、

「あ……ん……」

 女は、反応するままに、艶やかな声をあげるのみであった。

「ハァハァ……ああ……エリンナーファ様」

「……お美しい、エリンナーファ様……!」

「……お慈悲を……霊験を……!」

 そして、次々に、その褐色の肌の上に舌を這わす事に、恍惚と夢中になっているのは、三人のゴブリンの尼であった。


 ジュルル……じゅるる……と、啜り上げる声もいとまがなく、体中の体毛という体毛を脱毛した尼たちは、緑の地肌を汗だくにしているが、ゴブリンは、それが男か女の違いかなどは、その体形も筋骨など隆々としていれば尚更の事、区別のつかない種族であった。

 せいぜい、丸坊主とした頭に飾られた、酋長である事をあらわす花飾りの花の種類に違いがなければ、誰が誰かも解らないほど、どれもが同じように醜悪な顔つきすらしている。そして、口々にエリンナーファという名を賛美と共に口にしては、次々に、その体の、思い思いの箇所を愛撫しようとすると、その欲望が、時にぶつかりあい、お互い、頬と頬のおしくらまんじゅうの様相を呈すれば、同族同士の言い争いにすら発展してしまうのだ。


 ゴブリンは近視眼になりやすい、誰もが心のせまい種族であった。ただ、そんな姿すら、エリンナーファにとっては、今や、愛くるしい。

 一先ず、体を起こし、見守るようにしていたが、白色となった肩にかかる髪などを、一度、かきあげると、

「喧嘩はおやめ……」

既に、散々されるがままに火照った顔は、エルフに多い、その碧眼の潤んだ瞳を、フッと微笑ませ、色っぽい声で語りかけるのだ。

「だって、エリンナーファ様! こいつったらまたあたいをだしぬこうと……」

「それはおまえだろう! いつだっておいしいとこ、もっていこうとしやがって!」

「おまえがいうな! それにおまえもおまえだ! エリンナーファ様の体はあたいのもんだい!」

 一度、火のついた独占欲はなかなか消えることも難しいが、エリンナーファは、その者の中の一人の名を呼ぶと、自らの、今や、それは黒いシルクの生地が、前の方を隠しているだけの状態だったが、生地を垂れ下げている、くびれの形もいい腰回りを覆っている金色をしたベルトなどを指さすと、

「確か、これを作ってくれたのはお前だったね?」

 などと語りかけ、尚も騒々しくしながらも、その者が答えれば、

「では、ここ、は、今日はお前からです」

「…………!」

 そして歓喜した者が飛びついてくると、エリンナーファは迎えてやるように足をひろげ、

「は……! あん!……さ、さぁ……! お前は赤子のように乳を求めなさい……それを存分にあげましょう……! お、お前には熱い、熱いキスをあげる……ふむ……むぅ……あ、あ、あん!」

 エリンナーファの発言力は、この一族を取り仕切る女酋長たちである三人の女たちよりも、格上ではあるようだった。ただ、ヂュウ……ヂュウ……じゅるるる……ハァハァハァ……と、その女ゴブリンたちの性的欲望の、圧倒的な餌食であるのもエリンナーファであるようだ。

「あああああん!」

 やがて、こうして、激しく体を波打たせ、本日最初の絶頂をエリンナーファは迎えたわけだが、次は自分だと、尚、諍いも絶えぬ中、

「およし……なら、次はお前です……ああ……お前も、そんな顔しないで……とびきり、願いを聞いてやるから……さぁ、他の者たちも控えているのだから……!」

「…………!」

 そして、次に歓喜した者は、四つに這い、エリンナーファが突き出すようにして待ってやっていた、その形の良い尻に、牙もたて、甘噛みすると、女はもはや、それだけでも昇天し、のけぞりそうだったが、空いた箇所への、他の者たちの搾取も許しつつ、喘ぎ、悶える、祭壇の上の「女神」の周囲では、自分の順番を涎をたらして待っている、毛無しの醜悪な緑の女どもの欲望の群れなども延々と広がっているのであった。


 エリンナーファは、かつて、魔王に仕えた側近の中の一人の、黒い竜の背に乗れる許可も得た魔物の女であった。

 無論、「魔災」の時には、魔王から国を守るために戦った正義の騎士の一人であり、その肌の色も、ノルヴライトの西側に多い、金髪碧眼の人間族の女が持つ肌の白さ以上に透き通る美しさをもった、同じく金の髪のエルフの乙女であった。国が陥落する間際には、「いっそ、殺せ」と、煤だらけの顔のままに相手を睨みつけたものだが、背にはコウモリのような羽を生やし、頭からは角も生やした黒い肌の魔物の男は、そんな彼女を、ただ、ただ、じっと見下ろすだけだったのだ。


 エリンナーファは生け捕りにされ、男の城に連れていかれた。魔王や魔物の種族によっては、エルフの女を特に好むというのは、女も、それは国に仕える前の少女時代から聞かされていたというものだ。いっそ、そんな辱しめを受けるなら、この場で舌をかみきってやろうかとした、その時、閉じ込められた牢に続くドアはきしむように開かれると、召使のゴブリンたちを引き連れて、彼らよりも遥かに上位とされる魔物の出身である黒い男は現れたのだ。そして、召使どもには、拘束をほどくように命じると、トレイの上には、湯気立つ食事などをもった一品も持ってこさせては床に置かせ、「食え」と一言、残すと、その場を去るのであった。

 エリンナーファは困惑した。そして、祖国を護るべき騎士であったというのに、敵の捕虜となった上に、それがましてや魔王の一味の魔物であると思えば、食事自体が屈辱に見えて憤慨した。

 これはなにかの罠かもしれない。食事は冷め、腐り、それが何度と繰り返され、水一滴すら口につけない乙女は、いくらエルフの騎士であるとは言え、その顔に憔悴は隠せないといった頃合であった。


 その日、コウモリの羽根の男は、一人で現れたのだが、視線も合わせずにしていると、牢の中、まるで、相手の顔をのぞくようにして膝を折り、「頼むから、食ってくれ」と話しかける声は困惑気ですらあって、つい、碧眼の瞳がそちらに向いてしまうと、角まで生えた、まるで悪魔のような男だというのに、黒い顔面は、普段、周囲に仕えさせているゴブリンなどと言った手下を連れている時のような、目も座った威厳すらかき消えていて、まるで、人の子のように、こちらに心配げではないか。そして、「そのままでは死んでしまう」などと付け加えられれば、自らが護るべき王も民も殺しておいて、なんという勝手な言い草だと、エリンナーファは、改めて、顔を背けるのであった。


 しばらくの沈黙もあっただろうか。やがて、黒い男は、口を開き、自らの生い立ちなどを語りだしたのだ。


 男は、いつか再び、魔王がこの世に現れた時には、その傍に仕えるよう、先祖代々、言い渡された眷属で、たまに腕ならしに、憎き人間どもを屠ることはあっても、その再来の伝承を信じ、奥山で厳しい修練に励む一族であった。そして、それは男が幼い頃、親から飛び方を覚えたばかりの頃だったと言う。

 風に乗った自分の羽根が、無限に広がる空まで突き抜ける事ができると解れば、浮かれてしまうというのは、魔物とは言え、男も少年であった故だ。はしゃぐ我が子に、親は苦笑しつつ、ただ、「憎き人間どもがいる、人里には決して近寄るな」と注意するのは、男の実力が、漸く、ゴブリンやオーク程度の腕でしかない修行中の身であれば、尚更の事であった。


 幼き日の男は間違いなく調子に乗っていた。もっともっと、どこまでも飛んでいきたい、そんなふうに思えてしまった。だって、青空はこの世の果てまで続いているのだ。そして、ちょっとの興味本位の遠出のはずだったある日、気流の急激な乱れに慌てふためいた頃には、既に、時、遅しであった。世界がグルグルと回る中、気づいた時には、修行でも経験した事のない想像以上の痛みが体中に駆け巡り、悶えていると、そこは金色に広がる野っぱらで、気配に見上げると、花摘みの籠も腕に揺らした碧眼の少女の瞳が、こちらを見、口に手をあて驚いていたのだ。


「……殺される。オレはそう思った」

 男は述懐し、語り続けた。集落では自分のように、つい、浮ついた同族の子供が、人里に飛びててしまっては、憎き人間どもに嬲り殺しにあうといった事件を度々、大人たちが噂していた。せめて、部族のプライドにかけて、目の前の人間くらい殺してくれようとしたが、得物である大鎌は、どこかに落としてしまったようだ。尚、気丈にも相手を睨みつけ、呪文の一つも唱えてやろうとしたが、途端に噴き出たのは血の塊で、魔法のための印すら結びたくとも、体中が粉々のようでは、指先すらピクリとも動かない。最早、これまでかと魔物の少年は目を瞑った。すると、そっと近寄ってきた少女は、つたないながらも回復魔法を自らにかけはじめたというのだ。

「……お前と同じ、エルフの者であったよ」

 そうしておいてから、しばらく待つように言って聞かせるようにすると、いづこから持ってきたのか、次に少女が現れた時には、ボロボロとなったリヤカーなどをひいている姿であったのだという。そして汗だくとしながら、魔物の少年を運ぶと、連れていかれたところは、森の中の一角にある、使われなくなった山小屋であったというのだ。

「……あやつは、自分の秘密基地なのだ、とか言っていたよ」

 ノルヴライトの冒険者みたいでしょなどとも、いたずらに笑いかけてきた少女は、それから、骨折した少年のコウモリの羽根などに添え木など施すと、食事なども持ち運ぶようになり、数日をかけ、看病のために山小屋に訪れるようになったのだという。

「……お前は、あやつと面影が似ているのだよ」


 魔物は魔物でも、元が頑強な一族であった少年の回復力は、文字通り、人並み以上であった。やがて大空に再び羽ばたく事もできるようになった頃、礼を言う魔物の少年には、笑顔で見上げ手を振る、エルフの少女の姿があり、既に、その頃には、種族を超えた奇妙な友情が芽生えつつあった。


 時に、逢瀬を重ねる頃には、その内容たるや、他愛のないお喋りに費やすだけであったが、それは互いに淡い恋心のようなものものぞかせていたかもしれない。

 その日、いつもの時間に、待ち合わせ場所になかなか現れない少女の姿に、魔物である事も手伝って、余計、嫌な予感が胸に去来した少年は、少女の住んでいるという村の方角へ向け、その羽根で羽ばたいたのだ。

 予感は的中だった。村の中心では大きな人だかりができていて、そこでは、木に縛り付けられた少女が、今、正に、火あぶりによって絶命する瞬間で、その光景に途端に激昂した魔物の少年が、上空から、大鎌と共に、者どもに襲いかかれば、やはり、少女は「魔女」だったのだと、エルフどもは次々に口走っていたのだ。


「……やはり、人とは醜く、恐ろしい……だが、お前は、美しい……!」

 今宵も思い出を反芻する魔物の男が、私室のベットの上にて、息も荒くしている頃には、その腕の中で、すっかり、エリンナーファは抱かれていて、今や、激しく喘ぐと、その肌は、一際に、黒みを帯び、髪も金から白色へと変わりつつあり、

「……人は自由を奪う……だからオレは、魔王様に仕え、オレたちによって自由な世界を築くのだ……!」

 喘ぐ事で精一杯で、答える事はできないまでも、最早、男が口にするその理念には激しく同意しているダークエルフの姿があったのだ。


 やがて現れた「光の戦士たち」に倒される時には、既に絶命した魔物の男の眼前で、尚、立ちはだかるように、女は意思を貫いたが、死んだと思った自らが再び目覚めると、まるで、あの日、連れ去られた牢獄のような一室だった。


 とっくに愛すら芽生えていた男の無念がよぎれば、ダークエルフは、このまま死ぬわけにいかなかった。そして、その国の隔離病棟は、魔王が散って尚、猛々しい魔物たちの狼藉に、その日に限って、警備の者らの人員を幾何かその対処に回していたのも不幸であった。武器を奪い、魔法も発動し、エリンナーファは、病棟からの脱出に成功したのである。


 そうして、追手からの追撃も逃れる中、エリンナーファが出会ったのが、とあるゴブリンの群れだったのである。


 そして、残党の女だらけの寄せ集めで、自分たちを尼などと名乗るほど一際にエルフ崇拝に偏ったその者らは、暗い洞穴の中、三人の酋長を筆頭とした魔物の女たちが、恐る恐る頭を垂れつつも、上目遣いで物欲しそうな視線を送ってくれば、エリンナーファは、戸惑い、頬を赤らめつつも、とうとう自らの纏っていた患者衣に手をかけてしまったのだ。

 

 真偽のほどは解らない。もしかしたら、単なる気の持ちようの類であるのかもしれない。ただ、その日の交わりを境にして、エリンナーファが率いるゴブリンたちの一族が「レジスタンス」などと呼ばれるほどに、頭角を現していったのは事実であった。


 ただし、同じ魔物とは言え、まさか女にも抱かれる事になるとは、エリンナーファも思いもしなかった。

 生殖器官の衝突のないその行為は、次々に「女神」という賛美の声と共に、延々とエリンナーファの体中を粘着的に這いずり回り、まるで赤子にねだられる母親のように体勢も変えてやったりすれば、その長い舌は幾度も子宮にまで届き、

(この子たちには……私がいてやらねば……)

 性的絶頂を迎えつつも女によぎる心境は乳飲み子に与える母の心境であり、潤んだ瞳の先では、入れ替わり立ち代わりに、自らの体に埋もれようとする、恍惚とした緑の肌の醜悪な異形の顔つきを愛おし気に見つめてやると、

(……そして、あの人が叶える事ができなかった、夢のため……!)

 それまで知らなかった快感に喘ぎながらも、やはり、汗だくとした女の心は、その日も、その一点のみに集約されていた。

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