着手前に
「……『魔災』も終わった。これでくわばらってもんだ。だがな、やつら、俺らの採掘場にも現れたんだよ」
「……やつら?」
「やつらだよ~……『レジスタンス』だ……!」
「……?!」
聞けば、魔王を倒し、世界は平和になったはずなのに尚、『魔王は未だ、生きている』という主張をして、徒党を組んでいる輩がいるのだという。
「俺たちの前に現れたのは、そんなゴブリンの連中だった……あんな風情如きに石のなにが解るんだって話だが、やつらの地下好きは住処にしちまうところがちがうくらいで、後の理由はほとんど俺らと同じだ。だからこそ、俺たちだって、余計、意地があるってもんよ。ましてや、ゴブリンくらいなら、戦士じゃなくとも腕自慢のドワーフが俺らよ。返り討ちで追い出してやろうともしたんだ……だがな。あいつらといや、あの汚らしい毛むくじゃらってもんだが、連中、やけに宗教じみて、つるっつるに剃りやがって、自分たちは尼だとかぬかす、尚更、不気味なやつらでな。んで、俺らは、やつらを取り仕切る女酋長のゴブリンたちといる、やつまで見ちまったんだよ」
「……?!」
少年、少女は更に瞬きを繰り返した。すると、すっかり憤慨していた親分は、今度は、そんな二人をジッと見返し、
「……ダークエルフだ」
「……!!」
ムサシとアミナは、かつての冒険の日々の中で戦った事もある強敵の、褐色の肌の姿を思い出せば、思わず顔を見合わせるというものだった。ギイムは、尚、そんな二人の事を見つめていたが、
「……そういうこった。あれは、魔王か、それに近い魔族かなんかの慰み者になってる事に、すっかり染まっちまった、女の成れの果てなんだろうよ……」
それから、髭をさわりつつ、「こいつは、俗に言う『噂の真相』ってやつだがな……」などと一言、置いた後、
「おたくらは、魔王もいなくなっちまった後、たまに、九死に一生を得ちまったダークエルフが、どうなってるか知ってるか?」
魔王とそれに連なる者たちを倒す事のみに集中していた侍の少年にとっても、聖騎士の乙女にとっても、そんな事、考えもしなかった。共に、瞬きと共に首を振れば、
「ただでさえ、やつらは魔性じゃねぇか。それが下手すりゃ、そこらへんにいるハイ・エルフより、強くなってるときたもんだ。頼みの『光の戦士たち』はどっかに消えちまってる。いや、どうもな。各国で申し合わせているらしくてな。専用の隔離病棟があるらしいぜ」
「…………!!」
自分たちが去った後の世界が、果たしてどんなふうになるかなど、当時じゃ想像もしなかったものだ。否、ムサシとアミナにとって、ここで過ごした記憶は「なかったこと」のはずなのである。瞬きを繰り返す侍と聖騎士を前に、ギイムの語りは、尚、続いた。
「ま、せいぜい、家族の面会くらいは許されるらしいがな……ただでさえ、普段から気取り屋が服を着てるみたいなあいつらの事だ。一族から面汚しがでたと、どこのエルフだろうとだんまりよ。……そして、俺らみたいな中でも一際長い人生を、孤独に死ぬまで終わらすわけさ」
「…………」
かつての魔王たちとの戦いを、ムサシとアミナは思い出していた。では、立ちはだかってきた難敵の中に、打ち損じた褐色の者がいたというのだろうか。
「……そういった意味じゃ、あの毛無しゴキブリの尼どもの方が、情があるってもんかもしれねーな」
ギイムの話は、ゴブリンに移ろうとしていた。
「なんでも、やつらの主張の根拠ってのが、魔王の下で共に戦った、自分らと同じ一支族の生き残りが、ある日、忽然と消えやがったんだそうだ。曰く、『これこそ三千世界の何処かに、尚いらっしゃる魔王様に呼ばれた証拠』なんだとよ。これが教典みたいなもんだ。俺らの前に現れたのは、まるでカルト教団だったぜ」
「…………」
ふと、ムサシとアミナは、東京に向かう最中で出会ったゴブリンたちの事をよぎらせた。ただ、眼前のドワーフの者に、ここで異世界の話を繰り広げても余計な混乱をまねくだけだろう。するとギイムは、
「さて、魔物といや、淫蕩もんってのは、流石にわかるよな? オークの豚面どもなんざ、節操すらありゃしねぇ」
「…………」
それなら、この世界に再びやってくるまでの旅路でも救出劇を行ったばかりだ。うんうんと二人が頷くと、
「……じゃあ、ゴブリンの異名と言えば?」
「……エルフさらい……」
かつて、まだ、駆け出しの聖騎士だった頃の記憶を手繰り寄せ、アミナが答えた。いずれにせよ、ゴブリンとはひ弱な生き物である。成人したエルフには到底叶うわけがない。この生き物は男も女も、まだ幼いエルフの女子に目を付け、その洞窟の中に引きずり込む事を好んだ。後の事は口にだす事もおぞましいが、アミナは戦慄する自らの心と共に剣を奮い、その誘拐事件を解決してみせた事は幾度とある。
ただ、当時、俗悪である、という事のみで片づけ、討伐する事しか考えていなかったムサシとアミナは、その理由など知る気すらなかった。語り続けるギイムですら、眉間に皺を寄せていたが、
「……一説には、魔王への憧れとも言われてるが、これもやつらの『宗教』みたいなもんでな。エルフの女の体には、霊験があるんだそうだ。まぁ、グリターニャで言や、魔女が、若い女の体を弄んで、長く生き長らえてるらしいって、おとぎ話と似たような類だな」
「…………」
それを、実際、目の前で見せつけられた二人にとっては、説得力もあるというものだったが、
「……そして、そいつぁ、信じたもんが救われた、ほんとの話だったってわけさ」
とうとう、ギイムの話は本題に入ろうとしていた。
酋長どもが発破をかければ、徒党を組んだゴブリンが、ギイムたちに襲いかかったが、長年の仕事場をとられてなるものかと、戦いには素人ながら、ギイムたちは真向から受けて立った。ただ、普段なら蹴散らしてやるくらいの、その者どもは、まるで、これまでギイムが遭遇したそれとは別格の強さだったそうだ。後退する悔しさに、歯ぎしりして睨みつけると、襲い来る猛追の向こう側では、かつては魔王たちにかしづく猛者の一人であったのであろう、深紅のマントを羽織りし、その褐色の肌のほとんどを露にしたダークエルフの女の両の手は、女酋長たちと恋人繋ぎをしていて、残る一人など、その生足の滑らかさを楽しむように撫ぜていることも、ダークエルフは寧ろ構わず、皆が皆、涼やかに勝ち誇った顔をこちらに向けるのみであったのだという。
「……とんでもねぇ尼もいたもんだ。ま、魔物ならではってところだろうがな」
ギイムは悔し気であった。
「勿論、カリーヌ様には、すぐ訴えたさ。けど、しばしの猶予をの一点張りで、騎士の一人もよこしてくれねぇ! あの人、人間族のくせに! やっぱり、エルフびいきに違いねぇ!」
尚更、諦めきれぬギイムたちは、かつての自分たちの山の周囲を昼夜問わずにうろついた。間もなくして彼らは、奪われた職場の闇深いところから、魔物たちが興奮するざわめきと、なにやら卑猥な響きと、女の喘ぐ声すら聞く事となる。
「……これが、やつらの言う霊験だっつうなら、ゾッともしねー話だがな。だからといって、はい、そうですかーって引き下がるわけにもいかねーんだ。俺たちは、あの現場で食ってきたんだ」
そして、昔気質風のドワーフの親分肌は、一際に表情を複雑にしただろうか。
「……魔物の、しかも女に抱かれる事が趣味の変態エルフなんかに、俺たちグリターニャのドワーフが、代々、守り抜いてきた神聖な現場を奪われてなるかってんだ! だが、ごらんの有様だ。この国は木の国よ。うちら、グリターニャの耕夫ギルドには資金がねぇ。同族のよしみもあるだろうって、冒険者のドワーフどもすら、どいつもこいつも足元ばっかり見やがって……! そこでおたくらの姿が目に入ったってわけよ。 頼む! 大したもんはだせねーんだが、この通りだ! ゴブリンとダークエルフどもを倒して、俺たちの仕事場を返してくれ」
「…………!」
とうとう頭を下げて頼みこむドワーフに、ムサシとアミナが、その顔を上げてほしいと快諾だったのは言うまでもないだろう。途端にギイムの顔は晴れやかになると、「前金」などと称し、「とりあえず、若いもんには腹いっぱいになってもらわな、俺の気が済まねえ」と、二人を外に連れ出したのだ。時間は丁度、昼時に向かって、人の活気も尚更溢れていたであろうか。
「……なに、そこいらの出店より、うちの母ちゃんどもが作った飯の方がはるかに上等ってもんよ」
そして、ギイムは、そう言うと、往来の中を、グリターニャの街の一角にある自分たちのギルドの建物まで、ムサシとアミナを案内するのだった。
ムサシとアミナが、冒険者ギルド以外の建物で立ち寄った事のあると言えば、せいぜい鍛冶屋のギルドくらいであったろうか。アミナは、せめて騎士の姿に色取りを加えようと、金細工職人のギルドにも顔をのぞかせた事もあったが、その方々で接触したドワーフたちが、誰もが無愛想そうであれば、魔王を倒す事が一番の関心事であった当時の彼らにとって、それ以上の事に興味がそそられる事もそうなかった。
下る階段の底にドアがあるというのも、如何にも地下に潜る鉱夫らしく、ムサシは、自分の世界のライブハウスなども連想させたが、ドアを開かれると、つるはしやシャベル、ヘルメットが壁にずらりとかけられ、石の山となったトロッコなども端々に置かれていたが、なにより、嗅覚をそそられたのは、その一室から、更に奥まった部屋から漂ってくる、如何にも美味そうな匂いの数々だった。
「うちの社員食堂の、母ちゃんたち自慢のドワーフ料理を食っちまったら、あまりのほっぺたの落ち具合に、そのへんのカフェでなんて、飯、食えなくなるぞ。……おい! 野郎ども! 帰ったぞ!」
ギイムの威勢のいい声の背中越しに、ムサシとアミナがくぐるようにして部屋を移動すると、長いテーブルにずらりと座った鉱夫たちは、次々に立ち上がるなどし、ギルドマスターの一声に答える。その姿は、仕事がないというのに、皆、作業着を着込んでいて、奥の厨房では、ギイムと似たような体格の女性たちが頭にバンダナなどを巻いたエプロン姿で、忙しそうに食事の支度に追われていた。
「お前ら! 見た通りよ! ようやく、あの変態女どもを追い出してくれる猛者のスカウトに成功だ! ただ飯食らいも、せいぜい今日までにしとけよ!」
一斉にテーブルを叩く音がし、それはドワーフたちの喜びを表していた。あれよあれよと賑やかな中、着席を促されると、ムサシもアミナも、その座高の合わなさには余計に瞬きすらしたが、そのまたすぐ隣に座るギイムは、「こいつぁ、見た通り、お前さん方と同じ人間族でな。ま、俺たちドワーフに比べりゃまだまだだが、根性はある」などと、次の話題にすら話が移り始めていたので、「ちょい、親方……!」と、この場での彼の呼び方にすらすっかり溶け込んでいたムサシの方が、相手がダークエルフという強敵なだけに、思わず、一言、言いたくもなったのだが、
「……なんで、沈黙は雄がモットーの俺たちがこんなにはしゃいでいると思う?」
「…………?」
ギイムの問いには困惑する少年の眉の八の字が更に八の字になる事でしかなかったが、
「正直、犬の手も人の手にしたいって話だがな。俺たちゃ、ずっと石を見てきたドワーフよ。お嬢さんの着込んでる胸部装甲や、その剣、魔法もよく編みこまれたミスリルクラスの一級品だろ。坊主のその鞘から覗く刀の柄と鍔も、よっぽどの職人じゃねーとできねー仕事だ。それが伊達じゃねー事も、俺はもう知っている。……頼んだぜ」
「…………」
そこまで言われてしまえば、ムサシもアミナも、何も言えなくなってしまった。そうして、やがて運ばれてきたドワーフ料理の数々が、少年も少女も驚くほどに美味であった事は言うまでもなかった。
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