鉱夫がひとり

 マリーからもたらされた想像以上の報酬に潤ったムサシとアミナは、腰を据えるようにして、グリターニャに立ち並ぶ旅人の宿屋の一室を月額で借りる事とした。


 カチャリとした音を立て、アミナが、ガラス窓を開けると、眼下の森の都の街並みは、尚、多種多様な人々で大賑わいであったが、空は夜へと向かって暗くなりはじめていて、二つの月も輝きはじめた茜色をしていた。

 アミナが夕闇の風に、その栗色の髪を揺らしていると、背中からは、腰にさしていた刀もログハウス調の壁に立てかけるように置いたムサシが、そっと抱きしめてくるのである。そしてアミナが振り向けば、そこは最早、定番のバカップルのひと時だ。

 ただ、二人は、この異世界では、あくまで、一介の冒険者のつがいなのである。アホみたいなキスの応酬のエンドレスに、旅の疲れも癒し合う恋人のひと時の最中であったが、

「前の、『魔災』の時は、いかなきゃいけないとこも、たくさんあったし……こんなふうに……宿、借りるの、はじめて、だネ……」

 少しずつ鼻息も荒くしはじめたムサシが、やがて自らの首筋などにも口づけしはじめている事も許してやりながらも、アミナは語りはじめ、

「ム……ムー君? 魔王、何処にいると思う……?」

 やはり、この旅の目的を、遥かにしっかり意識しているのはアミナであるようだ。既にすっかり乱れ髪と化した丁髷頭は、恍惚とした顔さえしていて、今や、その場でひざまつくようにすると、スカートから覗いた乙女の足に口づけし、頬ずりすら繰り返しはじめているではないか。このままでは、いつものペースにされそうだ。


「……ちょっと! ムー君!」

 流石に、口をへの字にして少女が一喝すれば、少年は躾けられた、何かの動物のようである。夢現としていた丁髷頭が我に返ってビクッと見上げると、そこには窓に差し込む西日が映える、少し呆れるようにした表情の聖騎士の乙女の榛色の瞳が、見下ろしているところであった。

「聞こえてましたか?! 大事なお話中ですっ!」

 目の前では、ついさっきまで、自らが頬ずりしていた柔肌ののぞく、赤いスカートも揺らしながら、アミナは人差し指を突き出すと、尚、帯刀したままのレイピアもカチャリと揺れ、それらの全てはまるで、彼女の意識の高さを物語っているようだったが、

「……わーってるよぉ~」

 最早、丁髷なだけの書生風の姿でしかないムサシは、猫背になりつつも口をとんがらすと、おあずけをくらわされたように呟く一言は、ひどく間延びした返しだったりしたのだ。

 

 再び、本当に魔王を倒すためにこの世界にやって来た。そんな事は、ムサシだって、いやというほど解っている。ただ、以前の、仲間に会うまでの孤独な旅路の記憶と違うという事は、この少年にとって、尚、感動余りある事態であったのだ。

 その旅の仲間が惚れてやまない恋人であるというのなら尚更の事である。

「……だから、つい、嬉しくてよぉ~」

「…………」

 そして上目遣いとそっぽを向くのを繰り返し、とんがらす口のままに訴えられては、誰かとすぐに冒険の日々を送っていたような気がする自分とは違い、それは大変な日々だっただろうと、思わずキュンとしてしまい、とうとう、アミナの方が愛おしい気持ちが止まらなくなってしまうというものだった。

 ひとつ、溜息をつくと、彼女はその場で、ガチャリガチャリと、自らの装備を解いて、近場にあったテーブルに、その胸部装甲などをゴトリと置き、未だ、眼前で、少ししょげるふうにしている丁髷の、そのおでこなんぞをつついた後、「……ほんと、しょうがないこだなあ……」などとは前置きしたものの、

「ほら……おいで……さびしんぼうさん」

「…………!」

 次の瞬間、少年の見上げた愛しい恋人は、自らに両手を差し伸べる、夕焼け色の聖母の姿であったのだ。そして、すぐさま、ムサシが、お気に入りとして止まない、その豊かな胸の中に飛び込めば、あとはいつものように、アミナが優しく受け止めてやるだけだった。


 そして、そんなアホみたいに甘々なひと時が、窓際よりもリラックスできる、ベッドの上へと場所も流れていくのは自然な事であったし、尚、アミナが純情可憐であるとしても、元がどうしようもないエロガキのギター小僧であるムサシが暴走していけば、

「ちょ、ちょっと……!!」

 尚、外では人の往来も激しいというのに、アミナの抗議も虚しく、後は、ムサシの暴走は止まらずベットをきしませる他ないのであった。


 今や、通りの往来は幾何か落ち着いた、窓の外には本格的な二つの月も浮かぶ頃、ベッドの上では、火照った互いの肌をくっつけるようにして抱き合っている、ムサシとアミナの姿があるのだった。そして、余韻にひたり目を瞑る最中、

「マリーさんね……聖獣に、ヤガガヤさんとの子供ができますようにってお願いするんだって」

「…………」

 同性同士の仲がいくら熱々であろうと、その子が生まれないという鉄則は、ムサシとアミナが住む世界でも、剣と魔法が息づくこの異世界でも事情は変わらない。と、しても、ムサシは、あの二人独特の、睦み合いの、あの強烈な光景を思い出せば、つい、目を大きくしてしまったが、

「ねっ……エキス? だっけ、吸い取られながら、なのに、すごいよね……ケド、女の子なら、解る、カナ……大好きな人の赤ちゃんなら……欲しいもん……」

「…………!」

 語り続ける愛しい乙女が、何をかいわんや上目遣いに熱っぽく、目の前で見上げてくれば、背筋まで電撃の走らない少年などいないわけがないだろう。思わずムサシはアミナを強く抱きしめ、

「アミナ……! とっとと魔王倒して結婚しよう!」

「うん……嬉しい……」

 そうして、希望の子供の数まで無邪気に語り合う、それは、まだまだ夢見がちな年ごろの少年少女の恋愛の一風景であった。


 屋台も賑わう一角で夕食を済ますと、夜の散歩がてら、若き恋人たちは手をつなぎ、帰路に就こうとしていたが、

「今は、魔王領が、迫ってきてるって感じでもねーしさ……」

「…………?」

 呟きにアミナの榛色の瞳が見上げると、つまようじすらくわえた丁髷は、お馴染みのさとい表情となって、周囲を眺め、改めて、以前との違いを分析しているようである。

「……とりあえず、このやり方で、いいんじゃねーかな。地道に、みんなの生活の中に、溶け込んでいってさ。そっからなんか見えくるっしょ。なんせ、オレら、世界救ったはずなのに~、単なる般ピーの冒険者ですし~おすし~」

 そうして、おどけるふうに、大げさに肩をすくめてみせると、とりあえず、日々の冒険者ギルドの仕事をこなしていこうと、二人は改めて誓い合うのだった。


 朝の身支度を整えると、侍と聖騎士のつがいは、今日も冒険者ギルドへと向かう。そして、何かの手がかりを探すように、掲示板の張り紙たちを見回しはじめた、その時であった。

「よう、おたくら、帰ってたのか」

「ふぇ?」

 随分、下の角度から野太い声が聞こえてきたものだから、礼儀正しいはずの乙女の返事も生返事となってしまう。すぐ隣で丁髷頭も見下ろすようにしている先には、ずんぐりむっくりとした小人が、少年、少女を見上げていたのだ。その太い眉毛に、顔が埋まるほどのもじゃもじゃの髭は、彼がドワーフなる種である事をあますところなく語っていたが、

「……なに、ちょいと、話を聞いてもらいたいって事よ」

 やがてドワーフは、掲示板に張り出されている、自らが記した依頼書などを、指さしつつ、ムサシとアミナに仕事を頼みこもうとしているところであった。


 いつぞやのように、テーブル席に座ると、「お嬢ちゃんも坊主も、朝飯は食ってきたか?」などと、やがて、自らは、グリターニャにある鉱夫ギルドなるギルドのマスターをしているという、ギイムと名乗った髭もじゃドワーフは、いかにも親分肌らしい優しさなどをムサシとアミナに見せながら、

「おたくらの仕事、見てたぜ。伝説の魔女を自称する占いなんて、この国じゃいくらでもあるって話なのによ。それを、あんなただ同然で、異国まで供してやるたぁ、東方人だからってわけじゃないだろうよ。おたくらの懐の深さだ」

 どうやら、ギイムは、本物を目の当たりにしながら、まさかあの黒帽子が、グリターニャの伝説の魔女とは到底思っていない様子だった。強面ではあるが、既に、酒に酔う冒険者とは一線を画すように、オーダーした清涼飲料水を、ムサシとアミナにも勧めつつ、グビッと一杯やると、

「……さて、俺は、このグリターニャって国に生まれ、グリターニャで育ってきた。それこそ東方ノルヴライトなんざ、遠い彼方の話ってもんだが……あんた方だって、俺たちドワーフとゴブリンが、エルフのやつらと以上に犬猿の仲だって事くらい、知ってるよな?」

 ギイムは、笑いかけ、とりあえずの話の入りを模索してきたようだが、かつての旅では、そこまで亜人種の事情に分け入る事もなかったムサシとアミナは、初耳に、目をパチクリしていると、

「おいおい……」

「ごめんなさい。私たち、魔王を倒すことばっかり考えてたので……」

「ジゲン国には、ドワーフが一人もおらなんだでござるよ!」

 若者の無知に苦笑する親分には、誠実に答える少女と適当でしかない少年などがいたりしたのだが、とりあえず、ギイムは気を取り直すようにすると、

「……まぁ、いい。ま、ご覧の通りだ。この国は、主要産業は林業。おまけに、多数派はエルフとくりゃ、今日日、地下に潜って石を掘ってくるドワーフどもなんざ、変わり者にしか思われねぇ、そんな国だ」

 やがて、その蓄えた髭に手をやりつつギイムは、このグリターニャという国についてつぶさに語りはじめるのであった。

「……なら、よそのドワーフの国に移れって? そこは譲れねぇってもんだ。俺たちは代々、このグリターニャで穴を掘ってきた。此処には、ノルヴライト一深いとも言われてる、古代帝国の遺跡があんだ。まだまだ取り切れるうちはがんばんねーと、先祖に申し訳が立たねぇってもんよ」

「……あ、それなら、知ってる」

 思わず話を遮ったのはムサシであった。


 かつてノルヴライトと呼ばれるこの世界は、その東方と呼ばれる東方ノルヴライトの一帯も含め、全土を征服していた巨大な大帝国があったらしい。星々の間を旅する船すらもっていたという、今のこの世界の文明水準をもはるかに凌駕していた古代の時代の、その遺跡と呼ばれるものが、あちこちの地下には眠っていて、主に鉱物を生業とするドワーフたちのような専門家から見れば、貴重な鉱山資源の山であり、ギイムも、この国では数少ないとは言え、そんな専門家の一人であったのだ。










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