はじめてのコンプリート
それは丁度、カルテノンの大平原の陽射しの中、アミナとマリーが眼前を歩きながら乙女の会話に華やぎ、その男役である両者は、各自のパートナーの後ろ姿を、なんだかいいものでも見るかのような目つきで眺め、続いていた時の事だった。ふと、丁髷の真横に浮かぶ水晶玉の主は、「……そんなわけじゃ。わしは、男にゃ興味無いがの」などと前置きした上で、
「お主ら、魔王討伐なんぞしようと企んどった冒険者なら、小耳にはさんどいた方がよいと思っての。この四百年の間、わしは、これで三度目の『魔災 』なんじゃが、今回は妙じゃ。魔王がいなくなれば、魔物どもは、大人しくなるはずなんじゃ。時に、冒険者ギルドなんぞ、閑古鳥が鳴くほどにの。それが、魔王が散って尚、ギルドのあの魔物駆除の依頼の量は、ちと、異常じゃ。……下界の空気、殺気立ってあまりあるわい。……なんでかの」
黒帽子の下のギョロリとした眼は、前で揺れる、マリーの、デニムのショートパンツの尻にロックオンされたままに語り、呟いたところで、気づいて、振り向いたマリーがウインクなどしてやれば、途端に、ゾッコンのハート型にすらなってしまっていたが、
「……表向きな平和な事になってるケド……」
「そ。何気に勘がいい人なんかは、気づいてるのかもしんない」
魔女の助言に、アミナは、口をきゅっと結んで、思案をめぐらす素振りをし、ムサシは、平原の遥か遠くを見るようにして答えたのである。
と、そんな会話の最中、比較的、温厚で害獣にもならない魔物しかいない平原の果てで、いづこかにも聞いた事のある咆哮があったような気もした。
とりあえず、そろそろ、クライアントたちの愛の語らいも終わった頃かと宿屋に戻れば、既に食堂のテーブルは真っ暗ながら、編まれた籠の中にペーパーナプキンで敷かれた上には、たっぷりのパンが盛られていて、ヴィシソワーズの入った鍋なども手作りで、なんとまあ、宿の主人の粋な計らいであろうか。用意された食器などの半分は積み上がったりしていて、他の二人はとっくに食事も済ませたようだ。そういえば晩の食事もまだである、育ち盛りの二人が木製のテーブルに着席すれば、
「ライトニング……!」
と、アミナが、魔法の炎を宙に漂わすのは、当然の流れであったし、旅人がじっくり疲れを宿屋で癒すと言えば、何はともあれ湯治である。
その宿屋もこじんまりながら御多分に漏れず、裏手は、24時間開放の浴場となっており、露天風呂のそれは、ノルヴライトなら、最早、お約束といっていい混浴であった。脱衣所で、惜しげもなくエロにはしゃぐムサシに、あきれるふうにしながらもアミナははにかんでいたが、今日も、がっつくペットに待てを命じるようにしたアミナも、応じるムサシも、その時ばかりは、棚にいくつか並ぶ、脱衣用の籠の一隅に、マリーの着替えが入ってる事になど気づかなかったのだ。
脱衣所から浴場までの通路がサウナにもなっていたりする、なかなか凝った作りの木目の通りを抜け、アミナはドアを開けていくと、やがて、満天の星空へ向け、湯気をもうもうとさせた、石畳作りの浴場が現れた。ただ、そこには、既に、マリーの後ろ姿などあるではないか。思わず、栗色の長い髪もハーフアップからおろした乙女は、声をかけようともしたのだが、さっきから、妙に不自然に湯面もバチャバチャさせる度に、ワンサイドアップをほどいた髪が揺れる姿は、上下に動き続けたりしている事に随分と熱心としていて、「……っ!……あ……んっ!」などという、先刻も聞いた喘ぎも耳にしてしまえば、そんな広くもない浴場の中、マリーがどのような体勢となっているか、即座にアミナには手に取るようにわかってしまい、思わず口を手で覆うと、赤面と共にその場で硬直してしまったのだ。
今や、マリーは、湯舟の底に横たわるヤガガヤの顔の上にまたがり、その突き出された舌を、自らの中に出し入れする事を繰り返し続けていたのである。
「まひーひゃ、ひひもふへ、ほっへも、ひひはがめほえ(マリーや、乳も揺れ、とっても、いい眺めぞえ)」
「あっ! 話しかけないで!」
水中にあるというのに、ヤガガヤはいつまでもどこまでも黒帽子に真っ黒づくめの格好で、どうやらそれは魔法のコーティングのおかげであるようであったが、羞恥もあるのに、水中での器用な動きすら要求されたマリーは、普段通りに喘ぐ事ももどかしく、顔も真っ赤に動作を繰り返し続ければ、その表情は声を殺すのも必死に険しくしている。
「ほふふふ……」
「はっ……い、息……っ!」
魔法のおかげで呼吸も容易そうではあるが、ヤガガヤが、語り、笑む度に、ボコボコと泡を生み、ジャグジーのようなそれらが、乙女の敏感となった部分には、余計、染み入るようだ。解った上での魔女らしい意地悪な行動に、乙女は見下ろし、碧眼の瞳でキッと睨むと強い抗議を表していたが、
「…………! あ…………あ……あ……っ!!」
ジュるるるるる!!
とうとう、マリーがのけぞり、天をあおぐように絶頂した刹那、その最後の一滴まで啜り上げてやろうと言わんばかりに、ヤガガヤは、開かれた両足を根本から掴んで離さないようにし、尚、絶句で立ち尽くしていたのはアミナで、やがて「はぁ……はぁ……」と、碧髪乙女がへたりとしな垂れるように湯舟に座り込む頃、ザプーンなどと水しぶきをあげ、ヤガガヤは顔をだし、
「うっひゃっひゃ。満喫、満喫」
「はあ……はあ……も~う、食いしん坊なんだから~……あら、やん。アミナちゃん」
マリーは、決して、湯のせいだけではない、トロンとした顔で、やがて、アミナの姿にも気づけば、少し恥ずかし気にもしたが、
「ねぇ~。なんか、マリーも入ってるみたいなんだけど~。……って、わ~お」
「……っ! きゃー! どヘンターイ! どスケベー!」
浴場に現れた、全く間の悪いムサシの顔面に向けては、自らの体を隠しつつ、思い切り湯桶を投げ飛ばす事も忘れないのであった。
二人が出ていった後、なんだか、とばっちりをうけてる感も否めないムサシは、「いてて……」と顔の傷を抑え、釈然としないでいたが、またもや衝撃の一部始終を見せつけられたアミナは、既に、ムサシ以上に顔を真っ赤にさせていて、共に肩よせ湯舟につかる中、しばらく瞬きすれば、
「ム……ムー君、ぱふぱふ、って、知ってる?」
「ぱふぱふ? 確か、ガキの頃やったゲームに、そんなんあったけど……えっ?」
いつもは受け身のアミナが、その日は珍しく積極的に自ら誘ったりで、おっぱい星人のムサシが、新たな楽しみすら知ることとなれば、やがて、言わばヤガマリに負けず劣らずの激しい世界を形作っていく事は、必然な事であった。
翌日のチェックアウト時には、どこの宿屋の主人でもお馴染みのフレーズである、「夕べはお楽しみでしたね」という一言に、男役の侍と魔女は頭をかきかき、はにかむというものであったが、アミナが無言で顔も真っ赤にする中、同じく真っ赤とは言え、「え、ええ! そうよ! 楽しまれまくっちゃったわっ」と、ズバッと返してみせたのは、男勝りな性格のマリーであったりしつつも、こうして数日の旅を経、辿り着いたシウルプスは、ノルヴライトの多くがそうであるように、ムサシたちの世界の西欧の中世風の街並みではありつつも、立ち並ぶ建物の壁面は、レンガ造りとも、木造とも違う、まるでコンクリートやモルタルのような素材がほとんどで、ところどころでは、煙突から煙も濛々とさせた工房があり、石畳の街道をパカパカと歩く馬車をひく馬の姿は、機械仕掛けのブリキの馬であったりすれば、
「産業革命の国! シウルプスにようこそ~っ」
と、マリーは、驚く自らの旅の一行に、歓迎の意を表してみせたりするのであった。
マリーの実家は、木々も揺れる広い庭が広がり、その出入り口となるゲートでは、レンガ作りの門構えの一角にて、その碧眼にレーザー光線が当たると、「マリー御嬢様デアル事ヲ確認」などと無機質な声が響き、「こっちのひとたちは、みんな、わたしの知り合いよ~」と、マリーが慣れたふうに答えれば、「了解。オ帰リナサイマセ」と、巨大な門扉は無人で開かれていったりして、
(……え? DNA認証ってこと? え? AI?)
などなど、もしかしたら自分のいた世界より、ハイテクかもしれないそれらに、ムサシたちも更に驚くしかなかった。
まるで、ちょっとした公園のような広がりに木漏れ日が続く最中、マリーは先頭に立って案内し、
「先の『魔災』でもさ~、他の国に比べたら、シウルプスって、被害も少ない方だったじゃな~い。なんか、噂だと、魔王って、機械とか、そういうの好きじゃなかったみたいよ」
などと明朗に語り続ける中、魔女一人の顔だけ、皺だらけが、流石に緊張の色合いを濃くし始めていて、とうとう、マリーが、「あ、いたいた」と、口にした視線の先では、洋風の大きな屋敷の前の広い庭に、白衣を着込み、眼鏡に髭をたくわえた紳士と、まるで、マリーのようにスタイルもよさげな、ドレス姿の金髪の婦人が、パラソルなど立てた下に用意したテーブルにて、丁度、食事を楽しもうとしている様子であり、思わず、近くの木陰にマリ―以外の三人が隠れれば、碧眼の乙女も首をかしげつつ、後に続いたのだが、
「ヤ、ヤガガヤさん! マリーさん! 頑張ってくださいねっ!」
「お、おう! ま、正直、最初はちょいヒいたけどさ。オレもまじうまくいって欲しい!」
「まずい……ワシ……眩暈してきた……」
「おいおい! 伝説の魔女なんだろうがよ……!」
木陰では、いよいよ、悲壮感すら漂いはじめていたかもしれない。他の三人の勝手なテンションの盛り上がりに、当初は、瞳もパチクリとしたマリーであったが、ふーっと大げさに溜息すらついてみせると、両手を腰にし、
「大丈夫よっ! うちの父さんと母さんならっ! それに、ここは世界で一番、革新の街なのよ? ほら、ヤガガヤちゃんもいくわよっ」
褥の時以外は男勝りな乙女が、緊張でガチガチとなった伝説の魔女の背中を、まるで猫の首を引っ張り出るようにすると、水晶玉の上に浮かぶ姿は、尚、視線を宙に漂わしていたが、その遠のく姿を、ムサシもアミナも、何故か、木陰に、尚、隠れつつ、固唾を飲んで見守ったのだった。
ムサシとアミナが見守る中、遠巻きながら、乙女が、流石にはにかみつつも、魔女を紹介した時には、夫婦の顔色も驚いた様子であったが、互いに二言三言と会話を重ねる中には、魔女が自らの真剣な思いを熱弁しているかのような素振りもあり、やがて、笑顔と共に、マリーが、木陰に向かって、大きく丸を描けば、思わず、ムサシもアミナも手を取り合って、我が事のように喜び、
「おお……東方人の友人とは、これまた珍しいの~」
「あら~、お侍ちゃんなんて、素敵ね~」
マリーに紹介される形で、木陰からムサシたちがはにかみつつ顔を覗かせると、シウルプス一の機術の大発明家であるというマリーの父親は気さくな雰囲気で、その母親とくれば、奔放そうな美人であった。
「いろんな恋沙汰があってええ。ま、これも時代の流れっちゅうやつじゃろう」
同性な上に、ものすごい年齢差の娘の交際にもあっさりと理解を示したマリーの父親は、やがて、タバコをくわえると、ムサシたちを屋敷の一角のガレージに招き、シャッターもゆっくりと開いて、姿を表したのは、なにやら、オープンカーの形状をした、まるで車輪のない車のような乗り物であった。
「まだ試作機じゃがの。こいつが普及すりゃ、いづれ馬車も必要なくなるじゃろうな」
くわえタバコは語りつつ、室内に入っていくと、乗り物に接続されている何本もの回線の麓にある、機器類の前に立っては何やら操作をし、
「……そして、こうしてしまえば、ある程度の魔物なら、お茶の子さいさいっちゅーわけじゃ」
話し続ければ、車は、GAKIIIIIIIIIIIIIIIIN! GAKIIIIIIIIIIIIIIIIN! GAKIIIIIIIIIIIIIIIN! と、次々に金属音を発し、とうとう蟹股の人型の金属の塊となり、今にも勇ましく肩をいからしたりしているではないか。
「……これで、魔法も剣も、そして銃の才もない者でも、冒険者になれるっちゅー寸法じゃ」
「きゃーっ! 父さーん、ありがとー!」
途端にマリーの瞳がキラキラと光り、娘の旅路へのプレゼントに大喜びで、自らの父親に抱き着く事もそこそこに、早速、技術者の娘らしく操作方法などを聞き出そうとする中、
(……ロ、ロボット……?!)
ただただ、ムサシは、シウルプス人たちのハイテクぶりに驚くほかなかった。
親の公認をもとりつけ、新しい足を手に入れたマリーは、善は急げとばかりに、早速、ヤガガヤと魔法のランプ探しの冒険にでるという。黒帽子が一人、マリーの家の方に向け何度も頭を下げる中、
「よーし、楽しい冒険へレッツゴー!」
などと、ハンドルのついた操縦席にはマリ―が乗り込み、助手席には魔女の黒帽子、そして後部座席に、侍の丁髷と乙女の聖騎士が座れば、やがて、車体の下は音もなく静かに浮かぶと、一定の空間の距離を街道と保ち、今まで辿ってきた景色は、それまでが信じられないスピードで流れていき、とりあえず、依頼者としての冒険者ギルドへの報告も兼ね、マリーはムサシたちをグリターニャへと送るのであった。
機術発祥の街とは違い、森の都に戻る頃には、その見慣れぬ物体に、人々は驚きの視線を送り続けていたが、
「じゃあ、このへんで」
「うんっ、ありがと~、報酬、どーぞー」
「ええっ、こんなにっ?!」
「だって~、すっごい楽しかったもーん」
こうして、冒険者ギルドの前にて、見送るムサシとアミナの視線の先では、車体の上、颯爽とハンドルを握り続ける乙女のミドルヘアーと、古めかしい魔女の帽子が風に揺らめく後ろ姿が遠のいていき、二人は、以前は見た事もなかった、この世界の一端を知ったのだった。
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