驚きの関係

 とりあえず話があると、見張りのために火をくべていた焚火の前にて、ムサシ、アミナが両隣に座り、尚、呆然としながら、待っていると、やがて、パジャマ変わりのピンクのロングシャツを着直し、乱れたワンサイドアップも整えたマリーは、水晶玉に乗ったヤガガヤと共に、未だ頬も桃色に染め、テントの中から現れるのであった。


「…………!!」

「…………」

「……えっと」

「……ゲップッ」

 四者の間には、気まずい空気も漂い、頬もかきかき、瞳も泳がせ、言葉を探していたマリ―であったが、一度、スッと一息いれると、その碧眼は、ムサシとアミナを真っ直ぐ見つめ直し、

「あ、改めて紹介しま~す! こちら! わたしの彼氏、じゃなーい、彼女の、ヤガガヤちゃんでーす!」

 そしてカミングアウトする声も明るく、手も抑揚をつけるかのごとくヒラヒラとさせると、

「ま、まあ、そういうことになるんじゃの~」

 無論、その衝撃の事実についていけてないのは、ムサシとアミナであったと言う事は言うまでもないが、紹介された伝説の魔女は、とても恥ずかしそうにしながらも、まんざらでもなさそうではないか。

「えっと~……どっから話そうかな~」

 そして、シウルプスの乙女は、またもや、頬もかきかき、やがてその馴れ初めなどを語りだすのであった。


 どんな願いも叶えるという、聖獣のランプ探しの旅にでたマリーは、結局、自分の姿に勝手に化けては、色仕掛け「ぱふぱふ」を施していた事が露見し、クビにもした御供の魔法使いもいたが、

「けど、わたしじゃないとは言え、この自慢のわたしのおっぱいを堪能してくれた、精霊のノームが耳よりな情報をくれたのよ~」

 それが、グリターニャの森奥深くに住む伝説の魔女、ヤガガヤの宮殿の事であったのだと言う。火を囲み、互い一組のような形で対面し、語りを聞く中、ふと、ムサシとアミナは、白い髭も豊かに、頭には三角の帽子をかぶっている老人の姿らしい、伝説の精霊の姿などを思い浮かべたりしたが、

「ま、あやつは、茶飲み仲間みたいなもんじゃしの」

 知り合いらしい魔女は、なにやらしきりに頷いているではないか。


 そして、伝説の魔女の行う占いというのが百発百中の的中率だそうで、その値段たるや、下手すると、ノルヴライトの小国の国家予算など、たちまり吹き飛ぶ法外さらしいのだが、ノームは、マリーに「おぬしなら……」と一言、何やら意味深に言い残したのだそうだ。

 かくして、言われた通りの道を旅し、一部の人間しか知り得ない秘密の合言葉を、森奥深くで呟けば、マリーの視界は途端に開け、まるで、鬱蒼と生い茂っていた事も嘘であるかのような、魔法の空間の青空も広がると、周囲は広々とした湖すらたたえていて、足元から続く一本道の果てには、宮殿らしき建物がのぞめたのだという。

 乙女が建物内にさしかかる頃、丁度、いづこかの国の王族かと思う一行ともすれ違ったところで、いよいよヤガガヤと出会った時には、金はないのだが占ってほしい。なんでもするからと交渉をはじめたのだが、既にその時、魔女のギョロリとした眼は、切実に訴える乙女の姿を、上から下まで何度も見るようにしていた頃合だったのだ。


「うっひょっひょっ。マリーや、あの時、なんでもするから、が致命的じゃったかの~」

「まあね~。けど、後悔してないわよ~」

「な、なんとっ?!」

「ふふ……ムサシくん。彼、じゃなかった、彼女! いくつだと思うっ?」

 話に割って入ってきたヤガガヤを、一言で、瞳ウルウルと感涙させてしまえば、マリーは、今度は、唐突にムサシに問うてきた。


 答えに窮したのはムサシの方である。アミナなどとも顔を見合わせ、「ええ……?」などと首を傾け続けていると、

「驚くなかれ~! ヤガガヤちゃん! ずばり答えは?!」

「四百じゃわい」

 マリーは、どこまでも明るく、そしてヤガガヤの答えには、ムサシもアミナも驚くしかない。この世界の人々は、人間族の他に、エルフ、ドワーフ、ホビット、獣人族と様々な種族がいて、その中でもエルフは、他の種族に比べ、多少長命ではあるが、それでも、そんなに長く生きる人間などいるわけがない。すると、魔女は、ムサシたちの考えを見透かしたかのようにし、

「化け物でも見とると思ったかえ? わしゃ、お前さんたちと同じ人間族じゃわい」

「けど、その人間離れの長生きには、魔女ならではの~秘訣があるのよね~」

 気づけば、水晶玉に乗るのをやめた魔女は、乙女の膝の上に座していて、そんな姿をまるで抱き枕のように両手で覆ってやり、見下ろし語りかけるマリーの口調は、まるで全てを受け入れているように、どこまでも屈託がないのである。


 伝説の魔女、ヤガガヤの占いには、法外な金がかかるのは確かであった。ただ、この魔女は、本人の持つ性的指向も相俟い、うら若く美しい乙女が、ある条件さえのむならば、占う事を許してやっていたのだ。

「それが、ヤガガヤちゃんにエッチな事、されまくっちゃうことでした~!」

 流石に、話を続けるマリーも、乙女の恥じらいも見せつつ話は続いたが、その日のうちに、たちまちヤガガヤに見初められたマリーは、それから毎日のように、先刻、ムサシたちが目撃したような衝撃の展開を、何度も経験する事となったのだという。


 当初は、混乱、困惑しつつも、これもランプに行き着くためだという思いの方が強かったらしいのだが、

「ま、へるもんじゃないし。なんだか、かわいいし……?」

 などと思い始めると、

「……それに、気持ちいいし?」

 なんともストレートな物言いである。こうして、気づけば、乙女は、魔女に情すら移ってしまい、今では、ランプのためのアイテム探しの旅も一時中断する事にすると、宮殿にて、ヤガガヤの占いの受付のアシスタントスタッフなどもしているそうなのだ。


「ま、お客さんの間では、ヤガガヤちゃんの趣味、有名だからさー。わたしの事も噂になってるみたいだけど、わたしの今の心に嘘はないかな~」

「マリーや……」

 今や、マリーと、その膝の上のヤガガヤは見つめあい、その周囲に浮かぶハートの数は、ムサシたちにもひけをとらぬ多さのようだ。そして、

「……わしゃ、確かに、乙女の若さあふれる体を楽しみ、そのエキスを吸って、生きておる魔女じゃ。ただ、そのせいで相手がミイラみたく干からびる、だとか、そんな事は、それこそ、おとぎ話の類ぞな」

 今度は、ヤガガヤが語り始めた。


 ヤガガヤの生きてきた四百年の間でも、美貌も抜群のプロポーションも、そして、そのエキスの味わいも格別なマリーに、すっかり夢中となれば、できるだけ手元に置いておきたい魔女は、アイテムのありかも、いずれは占ってやろうと思ってはいたとは言え、

「わしは、引き受けた仕事はしっかりやるぞえ。ただし、占いが終われば、どの乙女も、皆、わしの元から去っていった。そういう関係だったんじゃ……」

「 わたしは、ずーっと、ヤガガヤちゃんのそばにいてあげるからねっ!」

「マリーや……!」

 ヤガガヤは四百年叶わなかった熱々の百合展開に、今日、この日ほど、生きててよかったと思わない日はないという様子で、最早、アミナたちの方がはずかしくなるほどの、百合ぶりであった。


 旅の終着点の街、シウルプスには、マリーは、自分の父親と母親に、ヤガガヤを紹介し、二人の交際を認めてもらうために向かうらしい。

「…………!」

「…………っ」

 ただ、セクシュアルマイノリティが主張もできる時代に生まれ育ったムサシとアミナとは言え、間近でそういうカップルを見るのははじめてであった。

 ましてや、年齢差カップルと考えれば、それは異世界でなければ、とても成り立たない設定だ。とりあえず、間近で一部始終を体験してしまったアミナが、尚、顔も真っ赤に、同じ乙女として、「あの……」などと口を開くと、マリーも見返したが、瞳、泳がすアミナが、

「えっと……マリーさん、は、ようするに……女の人が好きな女の子、って事、なのかな?」

 と、尚も、理解に努めようとも、それに及ばずにいたが、碧眼の瞳は、何度か瞬きしたものの、

「まっさか~! 新しい彼氏ができる前に、四百も歳の離れた彼女ができちゃったって、それだけ~!」

 などと、アミナの世界よりも早熟な者も多い異世界の、その乙女の答えは、どこまでもあっけらかんとしたものだった。


 こうして、語りあかしているうちに、大地の果ては白みはじめ、やがて夜明けと共に太陽が覗けば、それは、アミナの戸惑いにも似た質問に、明るく答えたマリーが笑顔のままに、まぶしくする頃合となり、とりあえず、一行は、更に西へと向け動き出す事にしたのだ。


 ただ、流石に眠い。中途で見つけた村にて、小さな宿屋にあるたった二つの宿部屋が共に空いてると解れば、ムサシたちは、まだ、日もあるうちに、そこで休む事とし、やがて、互いのペアで分かれ、各自の部屋になだれ込むと、とりあえず、一つの小さなベッドの上、ムサシもアミナも抱き合うようにして眠ろうとし、既に、ヤガガヤの大きないびきなど聞こえはじめてる、壁の薄いお隣も、マリーたちが同じような体勢である事は明らかなのであった。


(…………)

 そして、ムサシが目覚めた時には、カーテン越しに差し込んでいた陽射しも、すっかりなりをひそめていて、室内は真っ暗となり、この世界特有である二つの月すら浮かぶ頃合だったのだ。自らの胸元にあるアミナのハーフアップの髪から漂う、麗しい香りに目も瞑り、尚、まどろんでいると、すぐ隣の部屋からは、「えへ……」「うっひっひ……」と、びっくり百合カップルは既に起床しているようである。ただ、囁き合う会話は、やがてヤガガヤが、くちゅくちゅと何か言わせはじめれば、「は……あん」とマリーが反応する辺りで雰囲気は変わっていき、思わず、ムサシがドキリとする頃には、アミナの頭が動くのを感じ、やがて、その榛色の瞳も、また、顔を赤らめ、ムサシの事を見上げたのである。


 とりあえず、外の空気でも吸いにいこうと、随所に魔法のランプも点る通路に、ムサシとアミナが部屋を出る頃には、先日も聞いたばかりの、ハァハァと、あちこちを激しく吸い回す魔女の音と、それに喜んで反応する乙女の声がいよいよ激しくなってきている時で、なんとなくドアを閉める音すら静かに、ムサシたちの顔も真っ赤であった。


 夜になれども、牛小屋から鳴き声も聞こえるのどかな村は、すっかり人気もない様子だ。石も雑に積まれた石垣で仕切られた、土塊の道なりを行きながら、やがて、村はずれで、ドロドロと這いずるスライムたちなど見かければ、いとも容易く駆除した後、夜風にそよぐ大きな巨木の下などに腰をおろすと、月に照らされた平原が、ずっと地平線まで続いていて、「まだ、カルテノンだから……」「そ、シウルプスは、まだずっと先」などと、旅人らしい会話もしていたのだが、

「……ケド、びっくりしちゃったな。ああいう出会いもあるんだね」

 と、改めて驚きを先に口にしたのは、アミナの方であった。


「な。あの取り合わせは流石に不気味」

「ええ?! ひどい! 二人とも好き合ってるんだよ?」

「まぁ~、そうだけどさ~」

 アミナにやり返されれば、ムサシも、頭をかきかき、この村に辿り着くまでのマリーたちの様子を思い出す。カミングアウトされた後、正直、当初は、二人の事を色眼鏡でしか見れなかったが、年齢差も同性である事も関係なく、その仲睦まじさは、自分たちのそれと大差ないという事は実感したところだ。

「私、二人の事、応援したくなっちゃった」

「……ま、マリーほど、堂々とできるのも、オレらの世界じゃ、珍しいかもな」

「ほら、前は、私たち、いっつも魔王の事ばかり、考えてたじゃない? この世界の女の子と、ここまでお喋りできたの、はじめてかも」

「そういや、その魔王について、あの魔女から、興味深い話が聞けたぜ」

 そして、他愛ないアミナとの会話の中、ムサシは、この村に辿り着くまでに魔女から聞いた内容を語りだすのであった。






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