魔女と乙女

 さて、翌朝のチェックアウト時、ムサシとアミナの、若さも相俟った激しい夜の情事は、当然のように、部屋の外まで漏れ聞こえていたようで、一泊をした宿屋の主人に、「夕べはお楽しみでしたね」などと、少しからかわれたふうに一言、言われたりもしたが、彼らのいたそれよりも、この世界の人間族は、子供の頃から大人びている事も多く、ましてや、いつ、魔物に殺されるかもしれない危険と隣り合わせの冒険者のつがいが、毎夜、激しく盛り上がっていたとしても、なんら珍しくもない事とも捉えられていた。


 それでも以前の異世界暮らしとは全く違う人間関係での旅のはじまりに、「あ、あの、おじさん、失礼よっ」と、すっかり顔を赤くしていたのはアミナで、「まあまあ」などなど、ムサシは苦笑し窘めてもいたのだが、

「ムー君もっ! 男の子だから、しょうがないとは思ってるけど……っ。……する、時は、もうちょっと考えてほしいなっ!」

「えっ……」

 本日も快晴で、エルフやドワーフ、ホビットに、様々な獣の顔をした獣人族で活気づく、まるで、おとぎの国の街の中、その人間族のカップルは、来訪したばかりだが、既に立派な騎士に侍の井手達である事も手伝って、すっかり日常の中に溶け込んでいるかのようだった。ただ、アミナが言い切って、尚、そのハーフアップで栗色をした長い髪を揺らしては、少し怒ったように前だけ見て歩いていて、ふと、気づくと、隣にいたはずの長身の侍の姿は、いなくなっているではないか。振り返れば、人込みの中で、ムサシは、呆然と立ち尽くしている。


 アミナが駆け寄り、「ムー君?」と様子を伺うようにして見上げると、尚、ムサシは、呆然とアミナを見つめるのみである。そして、アミナが「あ~……えっとっ(……ちょ、ちょっと、いいすぎちゃったカナ)」などと、相手のために言葉を探してやるのも、甘々な彼女っぷりを遺憾なく発揮しようとしていた矢先、ムサシは一度、ゴクリと唾をのみこむと、

「……じゃあ、行ってみる?」

「えっ……?」

 今度は、アミナの方が、オウム返しをする番だったが、

「……アベック……モーテル……」

「………………っ」

 次にムサシが告げた単語は、この世界におけるラブホテルの意味を表していたのだ! 途端に乙女の頬は、真っ赤に染まったが、ベッド一つとっても、地味なだけの宿屋と違い、その類の宿泊施設の、大きくて、時に派手すぎであったり、メルヘンチックなデザインのそれは、「機術」と呼ばれる、この世界最新の機械技術により、なんでも、ゆっくり回転してみたり、浴室では、壁面や、浴槽の底が、ハート型などの様々なデザインの照明でチカチカと瞬いてみたり、湯から浮かぶ煙すら、ノルヴライト中のおとぎ話の、そのロマンチックなシーンの光景を作り出しては消えゆくという演出付きであったり、その他にも様々なオプション付きらしいので、値段もそれなりにするのだが、それまで闇夜で青姦も多かったノルヴライトの恋人たちにとっては、一夜を楽しむための新興の娯楽施設であったのだ。


 元いた世界では、その類の界隈のホテル街の入り口まで迫っても、「未成年」という事に、何かと異世界以上の制約も多い中、結局、その一歩が踏み出せず、二人の情事は、差し詰め、人の目を盗むようにした、文字通りの秘め事であった。


 今はいろんな意味で違うではないか。ましてや、アミナは彼氏にも甘々な、バカップルの連れなのだ。やはり、ふたたびの異世界の旅は、以前とは一味も二味も違う予感だ。


 とりあえず、アミナは、自分の頬の火照りを両手で抑えるようにした後、尚も、ドキドキしている自分の胸に、

(……こ、こんな……私……っ)

 と、複雑な乙女心の一端ものぞかせたのだが、純情可憐であったはずの自らを、言わばそのように開発した相手が、ものすごく期待をした目でこちらを見ている事にも気づけば、気をしっかり持てと自らに鼓舞するように、フルフルと頭を横に振り、キッと強く、ムサシを見上げると、人差し指など突き出し、

「わたしたちっ! そんなことするために、また来たわけじゃないでしょっ!」

「……! そりゃあ、わかってるよぉ~……」

「どーのーみーちっ! そ、そんなとこ、泊まるならお金も必要でしょっ! さっ、ギルドにいきますっ!」

「……えっ?!……いいの?!」

「知らないっ! お仕事にいきますっ!」

 一通りを語り終え、プイっと来た道を戻り、冒険者ギルドの建物へと向かおうとする女聖騎士の背中を、その一言の真意を問いただしたいが為に、追いかけるムサシは、まるでダメな侍の姿であった。


 スイングドアを開けば、本日も、魔物たちを狩ろうとする猛者たちで、ギルドは大賑わいだ。カウンターにいるエルフの受付嬢への挨拶もそこそこに、さて、では、あわよくば、沈黙した魔王の手がかりにもなる仕事はないものかと、掲示板に張り出された張り紙たちに、主にアミナが、丹念に目を通そうとした、その矢先であった。


「ねぇねぇ、登録初日で、トロールをやっつけたって、東方人の騎士さんとお侍さんって、あんたたち~?」

「ふぇ?」

 明朗な女性の声にアミナが振り返ると、最早、アベックモーテルに泊まれるものと思いこんで、掲示板を鼻歌まじりに眺める相方のすぐ向こうには、肩にかかるほどの長さの青みがかった髪の前髪を、ワンサイドアップに結び、アミナに負けず劣らずのバストは、ノーブラのままに白いTシャツに覆われ、キュッとしまったくびれもよくわかる、ベルトでしめられたデニムのショートパンツからのぞくむきだしの腿を、足元のミリタリーブーツが覆い、首元にゴーグルなど巻いた背には、引っ提げた銃口などものぞいていれば、

「……え、珍しい。銃士?」

 と、既に、同じくそちらの方を向いていたムサシも呟いていたのだが、途端に、銃、背負いし、その乙女は、自らの碧眼をパァ~と輝かせるようにすると、「あら、いい男ー!」と、手袋をした手も揉み手に、丁髷頭をロックオンして大接近するではないか! ムサシはムサシで、顔も真っ赤に動揺しつつも、まんざらでもなくしている! なんというやつだ!


「ちょっとっ! あなた、なんなんですか?!」

 すかさず分け入ったのはアミナであった事は言うまでもない! すると、碧眼の乙女は、しれーっとアミナを見、

「えっ、なに? やっぱ、この子、あんたの彼氏?」

「はいっ!」

 そして即答したアミナの榛色の瞳が、強く睨み返していた事も言うまでもない!


「ちっ……カップルか……」

 そして、さほど歳も自分らと変わらないであろう、その少女が舌打ちなどし、惜しげもなく現状に悔し気にしていると、

「全く、このわしがただで占ってやると言っておるのに……! 伝説の魔女と言っておろうが……!……まったく、これだから場末の冒険者どもは……!」

 憩う武骨な者たちの群れから、ブツブツと文句を言いながら、帽子にローブも真っ黒づくめな、しわくちゃに小柄な老婆が、水晶玉に乗って現れれば、そのどっかで見た事ある姿に、アミナもムサシも瞬きを繰り返したものだが、老婆もアミナの姿に気づくと、

「……おや、あんときの……」

 と、途端に、顔もだらしなく、何かを狙うようにニンマリとさせ、すると、銃、担ぎし乙女は腕など組んでいて、

「……ヤガガヤちゃーん?」

「ひぇっ、マ、マリーや、おったんかいな」

 などと、どうやら、二人は知り合いだったのである。


 かくして、四人は、ギルドに設えられている、テーブル席の一角に共に座る事となり、先ずは乙女が、「わたし、マリーっ! よろしくね!」などと自己紹介をはじめたと思えば、立ち上がり、早速、テーブルの上などに、巨大な大陸が海の上に浮かぶ絵面の地図など広げ、自分たちは、この森の都であるグリターニャからも、更に西にある都市国家、シウルプスまで向かおうとしているなどと語りはじめたのだ。


 それはノルヴライトと呼ばれる世界の世界地図であったのだが、はじめてみたわけでもないムサシが、顎に手をやり、「遠いな……」と一言呟いてから、「……シウルプスって言ったら、たしか、機術発祥の……あ~、なるほど」などと、そしてマリーを名乗る少女を見、その、まるで、自分たちの世界にいてもおかしくない現代人風の格好に、なにやら合点もいったようだが、

「そっ! だから、魔物も多いでしょ~? きみ、あたしの事、銃士って言ったけど、あたし、言ったら、機術師の方なのよ! こういうの、作る方っ」

 マリーは、自分が引っ提げていたお手製の銃を、もう一度、見せるようにしてから、

「冒険は好きなんだけどさ~、やーっぱ、あいつらとやりあうのは、無理みたいっ」

 と、舌も小さくだし、頭をかきかき、苦笑してみせるではないか。確かに彼女の頬や、剥き出しの腿には、擦り傷に絆創膏など張り付いている。すると、

「……まったく、マリーのおてんばには、困ったもんじゃわい」

 最早、性別も定かでない嗄れ声が、語り続ける少女の隣の席から響き、「だって~」などとマリーが答える姿は、仲睦まじげであるのだが、一体、二人はどんな関係と言うのだろう。


 そしてマリーは、

「因みに、こちらっ、グリターニャの森奥深くに住んでると言われる、あの伝説の魔女っ! 百発百中の占いの天才! ヤガガヤ様で~すっ」

 と、ジャジャジャジャーン! とばかりにした手振りで、その隣の席の黒い帽子を紹介したのだが、アミナは、その名に聞いた覚えもあるものの、少し首をかしげる程度であれば、ムサシなど全くピンとすら来ず、ただただ、全くの無表情でいると、

「……これだから、場末の冒険者どもはっ!」

「……ほら~、ヤガガヤちゃん、だからあまりに伝説すぎたのよ~。報酬はお金にしようよ~。なんなら、わたし、だすからさ~」

「……この魔女の占いじゃぞ?! こんな破格な話ないはずじゃぞ……!!」

 見る見る黒帽子の皺くちゃは、まるで年甲斐もなくふくれ、それを窘める乙女の姿のやりとりなど、どちらが年上なのかも解らないほどであったが、宥めつつも、マリーは、冒険者賑わうギルドの掲示板に貼られた自分らが書いた依頼書を指さすと、ムサシとアミナに、このシウルプスまでの自分たちの旅路を護衛して欲しいなどという内容を語りだすのであった。
















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