再会

(……なんでだ……)

 ドクン……ドクン……

(……なんでだ……)

 ドクン……ドクン……ドクン……!

「なんでだああああああああああ!!」

 ドゴォォォォォォォォォォォォォォ!!


 かくして、誰に問えばいいかも解らぬヒデトの自問自答は絶叫と化し、爆風と共に生み出された闇は、体内の鼓動からも吐き出され、その口からも闇という闇が、噴火するマグマのごとく真っ赤に、おどろおどろしく、吹き出していくのであった!


 瞳すら、まるで魔物のように煌々と宙を仰ぐ、ヒデトなる、どこの誰かも知らないが、自分たちとさほど年も変わらない者の姿の変化に顔をしかめながら、

「ま、まずい! この人、自ら、闇にのまれようとしてる……!」

「えっ……?!」

「闇の力とは、つまりは、人の憎しみや……怒り……負の感情……そしてそれらの結晶……! この人、自分を依り代に、闇、そのものを爆発させようとしてるの!」

「え? そ、そうなの?! それ、なんか、すごくやばくね?!」

「うん……なんてすごい……闇……! こんな事したら……ほんとに、東京なんて、なくなっちゃう……!」

「ちょ、まじで……?! おいっ! ヒデト! やめろ!」

 尚、吹きすさぶ爆風に丁髷を揺らしつつ、アミナの解説を聞き終えたムサシは絶叫する!

「このアホ! なに、アホな事しようとしてんだよ!」

 だが、ムサシの叫び、虚しく、眼前の蜷局は更に渦を巻き、巨大化していく一方ではないか!


 全身を妖しく変化させていくヒデトは、もう、何を言っても聞こえない暴走ぶりなのだ!


(…………どうする…………!)

 どんな説得も通用しない事を悟ったムサシは、一度、唇を噛みしめると、自らに問いかけはじめた。ただ、猶予はない。やがては、腰を低く、低く構え、そこから、鞘に戻した刀に念をこめるかのごとく、鍔に乗せた各々の両の手は、発動せんとする剣技に呼応する神通力で、キューイ……ン……とした音すら鳴り始めた。

 すり足で近づきつつ、ただ、それでも、ムサシは、

「やめろ……! ヒデト……!」

と、呼びかけ続けたのだ。


 だが、いよいよ、地鳴りすら激しく起こり始まれば、

「…………!」

 最早、説得し続けた虚しさに一度、目を瞑ったムサシであったが、カッと見開き、

「花鳥風月流……月の閃……!!」

 などと、奥義を口にした刹那!


 風と化したムサシがその懐に飛び込み、ヒデトの体を大きく斜めに切り裂いた一閃は、尚、そこに三日月の型の光のオーラすら浮かび続けたままにあり、一陣のムサシの風は、既に、そのまま駆け抜け切っていて、鮮血は一気にほどばしったが、ヒデトは、グハ……と、血反吐も吐きつつも、

「グハハハ……ムサシ! 君が僕に叶うわけないだろ!……闇の力は、まだはじまったばかり……!」

 と、自らを駆け抜けた先にある、丁髷の後ろ姿に振り向き答える声も、既に、闇の獣と形容した方が相応しい、野太いものと化していたのだが、際に、今度はアミナすら険しい顔のままに斬りかかれば、「アミナ……」と、その方向を見る魔獣の声は呆然としていて、かつての友と恋人が心を鬼にすれば、後は一方的な流れであった!


 起こりかけた地鳴りも静まる頃、その日、ムサシとアミナは、はじめて、魔物でない、何かを斬った。闇に呪われたその何かが、いよいよ、その体の端から、細かい塵として少しずつ消えていく矢先、それを眺める、肩で息をする侍と女騎士の疲労は、剣を振るい続けたからだけでは決してなかった。


 とうとう、絶句と共に項垂れているのはヒデトの姿であったが、やがて、何かを悟ったヒデトは、「……これだけは、忘れないでくれ……」と前置きした後、顔をあげ、

「……僕の名はヒデト。桐ヶ谷ヒデト。暗黒騎士だよ……よろしくね」

 などと、悲し気に微笑みかけてくる頃には、既に体の半分すら灰と化していて、何を今更、自己紹介なのかすら、まるで意味不明であったのに、

「ヒデト……!」

「…………っ」

 途端に、ムサシとアミナの心の中には、こみあげる感情があふれ、それはとめどない涙となって頬を伝っていくのは何故なのであろうか。


 そして、とうとう、彼は、霧散し、あとかたもなく消え去った後、暫く、無言ですらあった二人だったのだが、

「結局、こいつ……なんだったのか、わかんないけど……オレ……忘れない……!」

「……ん……っ」

 ムサシの誓いに、アミナが力強く答えた、その時であった。途端、謎の彼がいた場所には、扉のごとき形状をして、光が放たれるではないか。思わず二人が頭上を見上げれば、空は、尚、禍々しく妖しく蠢いている。


「…………」

「…………」

 戦いは終わっていない、という事なのであろう。この光の先に何があるかを悟りながら、少年と少女は、互いの気持ちを確かめるように頷き合うと、その中に飛び込んだのだった!






 いつしかのように、二人の視界の全てをまんべんなく光が覆えば、そして、それも消え去っていくと、ムサシとアミナは、花々も揺れる木立の中に立っていたのだ。木漏れ日もさしこむ空は、東京のそれとはまるで別格の青さが広がり、気持ちの良いそよ風など吹けば、先程の激戦が嘘のようであった。

 

 ただ、二人は、この光景の事を良く知っている。


「ウフフ……」

「ウフフ……」

 と、やがて、どれもこれも、背には透明な羽根をパタパタとさせながら、ピンク色のワンピースに長い黒髪をし、ただただ微笑む幼女の姿をした小さき者たちが、蝶のように、周囲を飛び回れば、そこが、かつて自分たちが旅した異世界である事は、二人が一番、良く解るというものだった。


「……ノルヴライトのどのへんかな?」

「……フェアリーがいるって事は、東方じゃねーよ」

 戦いで張りつめていた気持ちを多少なりとも和ませるには、愛くるしい妖精たちの姿が丁度いい。そんな事も既に知り尽くしているムサシとアミナは、指先で、たんぽぽの綿毛のようですらある彼女たちを愛でたりしつつ、歩きはじめる姿は、再度の訪問にすっかり慣れた雰囲気だったが、暫くして、石畳の街道も現れると、人々の活気も次第に聞こえはじめ、森の中に、街を覆う何本もの組木で出来た壁と、出入り口である巨大な扉は、開門されていて、その両隣には、槍を手にした、とんがり、大きく突き出た耳が印象的な種族、エルフの番兵の着込んだ鎖帷子も、陽射しに照り返していれば、

「森の都、グリターニャだわ……!」

「ほぉ~、まぁまぁ、西側やね~……」

 ムサシ以上にスラッと長身をした、エルフの兵が目を光らす中、行き交う旅人やキャラバンなどに紛れ込むようにして二人は会話をし、とりあえず、都の中へと入り込んだのだ。


 かくして、森深き都市国家、グリターニャにて、まるで、中世のヨーロッパであるかのような古き良き街並みだが、そのどれもが木造建築である中、土地柄として多い種族はエルフであるが、主に金髪や茶髪に碧眼をした人間族に、ずんぐりむっくりで髭もじゃの、小難しいそうなドワーフや、陽気で、大人でも子供みたく愛くるしいホビットなどの小人族、そして獣人族までが、あちこちで賑わう姿を見れば、思わず、目も細めたくなったが、かつて、それを倒す事を託された者たちならば、尚更の事、二人には火急の要件があり、一先ず、この国の長に、「魔王、尚、健在」という事を伝えねばと、城門まで辿りついた時の事だった。


 ガキ――――――――ン!!

「何者だ?!」

 以前なら顔パスであったはずの、街の真ん中にそびえ立つ、一際巨大な巨木へと通じる門の前で、二人は、鎖帷子も勇ましい番兵たちに睨まれては、槍を交差させられてしまい、行く手を阻まれてしまったのだ。


 思わず、ムサシは苦笑し、

「いやいやいやいや。オレたちっすよ。聖殿のカリーヌさんに会いにいくだけですって」

「カリーヌ様だと?! なぜ、大巫女様が、お前らのような小汚い冒険者風情と会うのだ?! 許可証は?! アポは?!」

「ごめんなさい。緊急のお話なんですっ! あの時の私たちです! 私は、アミナ・ユウキ、彼は、ムサシ・コノエですっ!」

「アミナ・ユウキ? ムサシ・コノエ……?」

 アミナは機転を効かし、それ風に名前を組み替え、自分たちを名乗ってみせた。


 そして兵たちは一度は顔を見合わせたものの、

「お前ら、やはり東方の人間族か!」

「……見てみろ。こいつ、侍だぞ」

 と、話は一向に折り合わないではないか。困惑するアミナの隣で、違和感を感じ始めていたムサシは、顎をさすりつつ、

「……魔王を倒した、オレたちっすよ~。どうか通してもらえませんかね~……?」

 その一言は、どこか探りを入れるかのような口ぶりだったのである。途端に「魔王~?!」と、素っ頓狂な声で答えたのは兵の方であり、

「さては、お前たち、皆の記憶が曖昧な事をいい事に、『光の戦士たち』を自称する詐欺の類だな!」

「『魔災』の度にこれだ! 崇高な英雄を汚しおって! これ以上の狼藉は牢にぶちこむぞ!」

「え……そ、そんな……っ!」

「……って、すいませ~ん。ですよね~。ちょっと~、実は~、カリーヌさんのサインほしいな~なんて~、思っただけなんすよ~……アミナ……」

 いよいよ威圧的となった番人たちを前に、アミナは更に困惑したが、ムサシは何かを悟ると、途端に愛想笑いに頭をかきかき、尚も食い下がろうとする恋人を促すようにするのだった。


 門の周囲を、まるで緩やかな堀のように囲む、川のせせらぎの上に架かる橋の上を、尚、訝しげにこちらを睨む兵士たちに愛想笑いを浮かべながら、ムサシは、戸惑うアミナを促しつつも後退し、やがて、行き交う雑踏の中に紛れ込んだ。


「なんで……っ!」

「…………」

 流石に、ムサシの行動に納得がいかないアミナは、はやる気持ちをぶつけるように、眉も八の字に、抗議の意をこめ長身の相手を見上げると、作り笑いをやめたムサシは、その切れ長の目で、周囲をじっと観察しているのである。


「ムー君っ?!」

「……オレらってさ、一応、魔王、倒したって事になってるわけじゃんね。ほら、覚えてる? あん時のパレード」

「えっ……?」

 そして、尚、詰め寄ろうとした乙女の相手は、未だ、辺りを見渡しつつ、唐突に、魔王討伐後の凱旋パレードの事を語りだすではないか。

「東方からもお祝い相次いでさ、ノルヴライト中の人が集まったんじゃねーかってくらい、お祭り騒ぎだったっしょ? 騎士の人たち、ちょー大変そうだったもん」

「…………?」

 ムサシは何を言いたいと言うのであろうか。確かに、少女にとってもあれだけの拍手と喝采を浴びるのは生まれて初めての事だったから、それは鮮明に覚えている。


「馬車から、手、振りながらさ、『ごくろうさ~ん』なんて、オレ、呟いてたんだわ。でさ、あの日、きっと、この街からも、参加者って、いたはずだと思うんだよね……いや、いないわけないだろ。女王陛下に大巫女様に……いたるとこの王様やら、その代理やらで、勢ぞろいしてたんだから」

「…………」

 語り続けるムサシを、はやるアミナはただただ見上げていた。

「……言わば、オレたちって、国民的、いや、世界的大スターのはずだろ? そんな二人が、今、こうして、街角で話してるんだぜ? それなのに、みんなの反応って、これ、どうよ」

「…………っ!」

 漸く、虚をつかれたアミナが、周囲を見渡した。時刻は昼下がりといった具合で、かつて自分たちがランチを楽しんだ事もある、大通りに面したカフェは、既に、店の外に置かれたテーブル席まで、様々な種族が憩い、厨房からは、彼らの胃袋を満たすための料理の準備の匂いが、少し距離を置いて語る二人の元にも届くかという勢いだ。


 魔王がいた頃よりも段違いな、平和な光景であった。だが、この「平和」を取り戻すための貢献者だったであろう、ムサシとアミナに気づき、振り向く者は、誰一人いないのだ。














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