暗黒騎士の者
高くそびえていたはずのビルディングたちも、地下鉄へと続く出入り口も、何もかもが破壊され、朽ち果てている中、まるで、ただ、ただ広い広場の様相と呈した、国会議事堂前には、異世界から転移してきた魔物たちが平伏していて、議事堂の、中央玄関へと続く階段を檀上変わりにするようにして、魔王から、弟子に指名された桐ヶ谷ヒデトは、魔王が異世界へと戻れば、全ての権限を手に入れる存在となったのである。
折りしも、大阪に撤退した臨時政府であったが、府議会を仮設の国会議事堂とした国会は、自衛隊の武力行使について、この期に及んで、尚、野党が噛みつけば憲法問題へと発展し、紛糾。
在日米軍は全くの沈黙を貫き、日米同盟は機能せず、水面下では、まるで日本を見放すようにアメリカ本土へと帰国する関係者も相次ぐ中、「決められない政治」は、いよいよ影響がでるのも必然であり、首都圏、東海に広がる謎の雲の下からは出てこようとしない魔物たちの特徴に辛うじて助けられ、前線では、領土奪還を担う自衛隊員たちが、待機以上の行動もとれず、異界と化した、せいぜい関ケ原周辺を、F-15の連隊が悔し気に旋回する程度の事しかできずにいたのだが、かつての異世界で手にした剣を背に再び帯びつつも、現世界では、友達もいなければ、学校にもいかず、部屋からろくにでた事すらない、日本という国の戦争を知らない子供たちの中でも一際に軟弱である少年の、ヒデトにとっては、それは好都合な環境だった。
まだ、異世界時代の勘を全て取り戻したわけではない最中、竜などといった虎の子の魔物の種族が元の世界へ帰国し、残ったのが、与しやすいオークやゴブリンなどの雑魚ばかりとなれば尚更の事であった。
ヒデトは、関ケ原で布陣を張る前線にまで赴くと、彼ら相手に、イキりにイキり散らしながら、剣術や魔法をしこんでやる事が、日々の生き甲斐となっていたのだ。
棍棒ばかりのオークは慣れない剣につんのめり、ゴブリンにはわざと高度な魔法を教えては失敗させ、眼前で彼らが失敗を重ね、狼狽えれば狼狽えるほど、少年にとって快感であり、それらを難なくこなし披露してみせ、彼らが自分に賞賛すれば、承認欲求は満たされまくるというものであった。
実際、魔王と、その側近しか許されていない、黒竜の背に乗る存在が、今や、唯一、ヒデトのみとあれば、彼は現世界側の王であったのだ。どこへ行っても魔物たちは、ペコペコと頭を下げ、媚び、彼がイキればイキるほど、決して歯向かわず、迎合する。
人と目を合わして会話もできない内気な少年でありながら、内実、人並み以上の自己顕示欲の塊は、かつての異世界暮らしの時より子気味いい境遇に、寧ろ、この状態がいつまでも続けと、どこか酔ったような気分にすら陥る毎日であった。
オークなど、人質にした女を献上したがる者までいたほどであった。交換条件に、彼は誰よりも早い異世界帰りを願い出、生まれてはじめてみる家族以外の女性の裸に、ヒデトは生返事しかできなかったので、その後の彼がどうなったのかも定かではないが、一晩、何もせずに置いた後は、平塚近辺に広がるオークどもの宿営地に女を放り込み、その足で向かった先は、東京は、かつての秋葉原で、廃墟から焼け残った何冊もの同人誌の類を探し回って竜の背に載せると、今や、少年の居住となっている、議事堂は中央階段を登った、かつての御休所に戻り、設えられた机上にそれらを広げれば、着席し、「アミナ……! アミナ……!」と呪いのように呟き、少年は自慰行為に耽るのであった。
慌てふためいたインプが、オークの宿営地に、この世界にはいないはずの、侍と聖騎士が現れたなどと報告を入れてきたのは、そんな矢先の事だった。次々に入る一報には、とうとう非番のゴブリンたちが全滅したなど言う報告も重なる。
「…………」
ただ、彼らの正体が既にはっきり解っていた少年は、天井の格間に貼られた錦織など見上げながら、机上に組んだ足などを、ふてぶてしく置いたイキり具合で、恐々とするインプたちに一言、
「そいつは、俺が殺る……」
などと、すっかり悪役に酔いしれた気分だったのだ。
その日、皇居の果てまで荒れ果てた議事堂前では、愛用の剣も背負ったヒデトが待ち受けるようにしていて、暫くすればその前方で、光り輝く反応もあると、砂塵の向こうでは、
「おおおお! 転送石、久々に使ったわー」
「ねっ。魔法酔いもしなくてよかった!」
などと、聞き慣れた声がし、ヒデトの感情が「ちっ……」なんぞと舌打ちを打てば、「転送石」という、異世界特有のワープ機能のあるアイテムで、多摩川から一気に駒を進めたムサシとアミナは、その姿に気づき、途端に顔も険しく、抜刀し構えると、とうとう決戦の幕は開こうとしていたのであった!
ムサシとアミナ、そしてヒデトが睨みあう、その間を荒涼の風は吹く。
「やっぱりお前さんか……!」
「…………!」
両の手でしっかり握られた刀の者が呟き、隣の乙女は、無言ながら、まるでフェンシングの達人であるかのような構え方だ。
ヒデトにとっては何度見ても気にいらない光景であるが、着崩れの制服姿は、ふと、表情を変え、
「装備だけは、一丁前だね……」
などと、余裕たっぷりにフッと笑む、そのキャラ作りは、本人が見過ぎというくらい見過ぎた、アニメだとかライトノベルの誰かの真似であったりするのだろう。
「…………」
駅で会った時とは明らかに別物の雰囲気を感じつつも、ムサシは自分を鼓舞するように、かつての異世界の東の地で、一人培った剣技を発動せんと、腰を低く落とせば、刀身を、下段よりも低い位置の脇構えにし、既に、その袴の裾や長着の袖から風すらほんのり舞いはじめる、神秘の状態ですらいたが、
「ほぉ~、言ってくれるね~……!」
「……まぁ、いいハンデだろう。ボ……俺には、この剣さえあれば、キ……お前ら二人くらい充分だ!」
ムサシが言い返し、それに答えたヒデトが、背負った鞘から剣を抜き放ち、その刀身すらをも黒光りしていれば、
「やっぱり……! あ、あなた、暗黒騎士なの?!」
と、とうとう、アミナは、ヒデトの正体を言い当てるのであった。
「……暗黒騎士?」
「うん。ときどき現れるの……! 私たちが、聖なる力の加護を受けた騎士なら、それとは、相半する、闇の力に魅入られた剣士……それが、暗黒騎士なの……!」
「げっ……まじで?! それ、なんか強そうじゃね?」
「ええ……闇の力をコントロールするなんて、並大抵じゃできないものっ!」
神秘の風舞うムサシの隣では、自らのレイピアの刃に、聖なる光の力をこめ、輝かしていたアミナが質問に答えていたが、
「……けど、なぜ!? この人が……!」
と、話を結べば、矢張、ヒデトのショックは、尚、あまりあるものである。
「ほんとに……ほんとに、なにも覚えてないんだね……アミナ、僕だよ? 君の相方のヒデトだよ?! 僕ら、一緒に修行だってしたじゃないか……!」
「ヒデト……?」
「ヒデト? そんな人、知らないわよっ! っていうか! あなたっ! ほんっと、もう、バカな事言うの、やめてくださいっ!」
ヒデトがいくら叫ぼうが、かつての初めての友も、恋人のような存在も、首をひねるばかりではないか。繊細な心は更にえぐられたが、
「……まぁ、いい。どのみち、僕の方が強いんだ……! 二人とも、地獄に落としてやる……!」
項垂れぶつぶつ呟くと、その体の周りは蜷局を巻くように、真っ黒い、闇のオーラでほどばしり、
「いやいやいや~。わっかんねえぜ~? 連日、ここのアミナさんが、ぶっ倒れる寸前までいっても、回復魔法かけてくれてますから~。ま、それふうに言ったら、レベルは爆上がりって感じ~?」
ムサシにとってのその一言は、単にやり返しただけのつもりであったのだが、ヒデトにとってみれば完全な「挑発」であった。際に、イキる少年は長身の少年を物凄く睨み、
「アミナのことを気安く呼ぶなー!」
「んだと……!」
ダッ…………!! と、駆け抜けてきたヒデトが斬りかかれば、ムサシも負けじと受けて立ち、鍔迫り合う睨み合いは、更なる突風と、蜷局を巻く闇のオーラがぶつかり合い、両者譲らぬ激しい衝突は、さながら風の力と闇の力の大激突であった! と、そこへ、
「ホーリースター!!」
剣技の呼称も勇ましく、光の力をみなぎらせたアミナの細剣が、目にも止まらぬ速さで、まるで、幾千億の流れ星であるがごとく、突き技の剣を次々にヒデトに繰り出せば、「ぐっ……!」と、闇の少年は唸り、たまらず跳躍し後退!
着地した際、自らの頬についた切り傷から、血が流れるのを確かめれば、呆然とすらするのであった!
ハァハァと既に息も荒くしはじめている丁髷の前に、颯爽と立ちはだかるようにしたアミナは、尚もヒデトに白銀の切っ先を向けたままに、顔も険しく、
「ほんと……あなた、なんなんですか?! ……ムー君、大丈夫?」
「うん……! てか、すっげー圧……! あいつ、ただもんじゃねぇよ!」
振り向き、相手を精一杯思いやる優しさも、相手のすごいところは素直に認める器量のでかさも、二人ともに、かつてと同じようにヒデトの前にあるのに、全てがあの日と違うのだ。ガラス細工の心の少年は、思わず唇すら噛みしめたが、
「君らには、わざわざ技を使うまでもない……」
表情を不敵そうに取り繕い、尚も頬から滴る血を、再度拭うや!
DAH………!
前傾のままに突進し、際に、アミナは自らの聖なる細剣を地面に突き刺し、「ホーリーシールド!」などと叫べば、まるで、荘厳な光による壁が出現! 闇に覆われた少年の突進を阻むかのようにムサシとアミナを守ったのだ!
「フフっ……」
「くっ……!」
だが、尚も突入を試みる闇の塊が、不敵な笑みであるのに対し、聖なる女騎士の顔は悔し気に歪み、次第にその体勢の維持すらも難し気にしていけば、分は明らかにヒデトが勝っていた! されど、事態は変化する!
ヒュン………!
苦戦と化しつつあった少女の背では風が舞った。刹那! ヒデトが見上げた時には、ムサシの跳躍した姿があり、両の手に握られた刀身からも風を吹かせながら、「花鳥風月流、花の舞!」という雄叫びと共に、刀を握った少年は、まるで、超人的な大回転をしはじめ、ヒデトに直撃せんとする頃には、次々と闇のオーラを吹き飛ばす怒涛の勢いではないか!
だが、ヒデト! あやうし! と、激突寸前!
「…………!」
その切っ先が人の体を傷つける事に、ムサシはためらいを生み、その一瞬のためらいを見逃さなかったヒデトがニヤリとすれば、
「甘いんだよ……君は……!」
大きく振り上げられた魔剣の毒牙をもろに被り、
「がは……!」
血すら吐き出しながら、少女の悲鳴と共に、彼方まで吹っ飛んだのはムサシであった!
「……それに、君の剣技は、小器用なだけで、実は軽いのさ。僕みたいにさー、一撃に重さをもたないと、って、言ったろー? まぁ、これが侍と暗黒騎士の……」
「ムー君ーーーーーっ!!」
そして得意げに、額にかかる前髪などをかきあげながら、いつかのように、ヒデトが得意げにイキりはじめようとすらした刹那、それを全く無視したアミナが構わずに、眼前を去っていこうとしていく先では、
「いちちちち……やっべ……これ、着てなかったら、真っ二つだったわ……」
などと、東洋の神秘の加護ある長着に感謝しながら、苦笑と共になんとか立ち上がろうとするムサシの姿があったのだった。
自分の講釈には、以前のムサシとアミナなら、ウンウンと聞いてくれてたはずだったのである。まるで自らの存在意義をかき消され、ヒデトが呆然としていると、
「ケアー、してあげるねっ!」
「や、今、その余裕ないっしょ。とりあえず終わらそう」
「……わたしの、ムー君を……っ!!」
「や、ちょっと、待てよ、アミナ」
そして、ヒデトの方を振り向いて睨み付ける榛色の瞳は、聖なる光の力と共にほどばしり、その背で、苦し気にしつつも、ムサシは諌め、先ずは自ら、刀を納めてみせると、
「……なぁ、これ、やめにしね? これじゃあ、オレたち、殺し合いになっちまう」
口からこぼれる血もふきふき、ヒデトを見つめる優し気な眼差しは、かつてのはじめての長身の友を思い起こさせ、ヒデトは絶句したのだ。
「…………」
「なんかさ、他に解決方法があんだろ。オレは、人は斬りたくない」
「…………」
「魔王が生きてんなら、しょうがねぇや。それなら倒さなきゃいけないのはわかってる。けどさ、ここで、オレらが殺りあうのって、どうなの? これ、どっちか絶対、死ぬよ?」
何も言えなくなってしまったヒデトに説得を続ける、暖かな声も、少年にとっては、在りし日を思い出す。
そして、それは、何か、彼の心を動かすきっかけになったのかもしれない。
「……お前さんがどこの誰で、なんで、魔王の弟子になったかは知らねーけど」
という一言さえ、ムサシが口にしなければ。
「…………!」
やはり、ヒデトの存在は二人の中から完全に消滅しているのだ。またもや絶句し、目を見開くヒデトの眼前では、「ムー君……」などと、アミナが、自らに説得を試みようとしているかつての友の横顔を、潤んだ瞳で見つめていたりするではないか! そんな視線に気づくと、今度はムサシが優し気に見つめ返しては、彼女の鼻を慣れたふうに軽くつまみ、「だって、十代で殺人罪とか、やばくない?」なんぞと、おどけたふうに答えるのも、気障ったらしく、嗚呼! 憎たらしい!
(……なんでだ……)
……ドクン……
最早、ヒデトの懐古の刻は過ぎ、寄る辺ない少年の心の中には、やり場のない憎しみしか残っていなかった! 途端に、心によぎる問いかけには、誰も答えてくれず、何かの鼓動が体内に響くと、彼の周囲の蜷局の闇が、一層、際立っていったのだ!
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