一人欠けた仲間

 相模川から、広大な太平洋へと繋がる相模湾がすぐ望める河川敷の直近にある、かつての広大な工場地帯の一角の中にて、豚面のオークたちは、両腕を縄で縛り、それを数珠つなぎにつなげた女性たちを、下品た笑いを腹から唸らせながら、舐め回すように眺めている。

「よーし、今度は、こいつらで楽しむとすっかあ~」

「ぶひっへっへ……おめーもすきだなあ」

「いやいや、おめーこそ」


粉々に壊され、吹き飛ばされた機器類も散らばる工場内のあちこちの、其処、此処、かしこで、そんな会話が繰り広げられていた。数珠つなぎの女性たちは、逃げ遅れ、方々からかき集められた人々であり、言わば、オークどもの審美眼に叶った性奴隷だったのだ。


 性欲にだらしのない豚の魔物たちに見初められた女性たちばかりだったので、其処にいた全てが美女ばかりであれば、拘束された裸は、どれもが抜群のプロポーションであった。今や、巨大な工場内は、豚面どもの性のはけ口の「家畜小屋」と化していたのだ。

「…………」

 そして、美女の誰もが、これから我が身に起こる陵辱を思えば、顔をそむけ、震え、恐怖と絶望に打ちひしがれていた。

「ぶひっへっへ……ねーちゃん、そんなこえー顔すんなよ~」

「んだんだ。いいことするって、言うんだからよ~。おれらの息子は、人間族の男なんて比じゃねぇど~」

「さっきもイキすぎて、死んじまったやつもいたぐれーだぁ~」

 こうして、下半身の勃起も隠しもしないオークたちが、互いの醜き顔を見合わせ、一際に、高らかに、下品た笑い声を工場内に響かせた、その時の事だった。


 DAH………!! 

 シャッターの上がりきった出入り口では、我慢ならぬ憤りで、ブーツを地に踏みつける、強い音が響き渡り、

「なんだべ?」

 などと次々に口にし、豚面どもがそちらを振り向く頃には、タッタッタッタッ…………! と、袴も翻した風と化したムサシが、腰に差した太刀をも抜刀し、既に、問答無用と、次々に者どもを斬りつけていて、一撃必殺で強烈、且、矢継ぎ早な攻撃を前に、

「て、敵襲だぁ~~?!」

「な、なんで、侍が、この世界に……?!」

「ま、まずい! 隣の『小屋』さ、聖騎士が、でた!」

「なんだと! な、なんで、聖騎士が、この世界に……?!」


 先程の余裕も嘘のように、慌てふためいたオークたちは、予期せぬ襲撃者たちに、なんとか棍棒を振り回して反撃してみせるが、情報も錯綜し、大混乱に陥った雑魚になど、異世界時代の力を取り戻したムサシとアミナにとって敵ではなく、今や、倒れ伏し、風前の灯火となった一匹を前に、まとった毛皮のその胸ぐらを容赦なくつかみ、ほどばしる汗と共に肩で激しく息をするムサシは、(……やっぱ、あの頃みたくはいかんよな~……)などとは心によぎらせつつも、

「答えろ……てめぇらの大将はどこだ?!」

 と、眼前ですごんでみせたのだが、息も臭し、錯乱した豚面は、「……だ、だって、あの黒剣が、好きにしていいって、言うから……」なんぞと、顔も涙目に、まるで、意味の解らない事を呟いているではないか。


「クロケン……?!」

 ムサシは、更に促すようにせまると、

「コ、コッカイギジドーとかいう、此処の王や大臣がいた城の一つに居座ってる、魔王様の弟子だよ~……な、なんで、異世界に、お前らみたいのが、いんだよ……!」

「国会議事堂……?」

 もっと、詳細が知りたいと思ったが、

「こ……んな、とこまで、来ちまったんだ……女くらい……抱いて……なきゃ、やって……らんねーじゃねーか……」

「…………」

 尚、ムサシが息を荒くする中、豚面が息絶えれば、しばし、その表情をジッとも眺めてみたが、やがて立ち上がった丁髷の少年は、カチャリと刀を収めると、表情を変えるようにして周囲を見渡しては、目のやり場に困りつつも、

「……わお……あ、あの~……! べつに自分ら、その手のプロってわけでもないんですけど~……助けに来ました!」

 などと言い終える頃には、「ムー君ーっ」と、二棟あるうちの、直ぐ隣の工場の制圧を終わらしたアミナが、赤と白のコントラストの女騎士の衣装も勇ましく、現役時代とまるで変わらないスタミナで、颯爽と、出入口から、ムサシのもとに駆け寄ってくるのであった。


 ムサシとアミナが東海道を東に渡っていけば、神奈川県に入り、やがて、相模川の上を通る、電車の通らなくなったJRの線路の上などを渡り歩いて、とうとう湘南にまでたどり着くと、特にムサシの土地勘は効き始め、やがて、とあるビルの一角を目指し、そこに辿り着く頃には、辺りはすっかり真っ暗闇となっていた。


 最早、ガラスのドアは、蹴り破られていて、抜刀したムサシが、一歩、入り込んでは、ジャリ……と、ブーツの底をきしませながら、

「猫目……」

 なんぞと呟くと、その目はかすかに光も点したそれは、月も見えないほどの暗闇でも、周囲の現状が手に取るように解るムサシ特有の魔法であり、窓際の方に設えられたライブスペースでは、ドラムセットは大破し、壁に飾られたギターたちすらも見るも耐えない状態になっている事には、そこでライブを重ねてきた、彼の心も痛んだが、中戸で仕切られたバーのスペースに関しては、思ったよりも荒らされていないし、魔物たちの影も形もない事を確認すると、ふんぎりをつけるように表情を変え、

「ア、アミナ~、ここOKだ! しょぼしょぼだけど、水もでるし!」

 と、まるで、ご機嫌をとるように、一度、店をでていったのだが、今度は、無言で、ツカツカツカ! と階段を登ってくる音と共に、アミナが入店し、「ライトニング……!」と、魔法の灯りを空中に編み出せば、光に映し出されたのは、随分とふくれっ面をした、いつになく不機嫌そうな少女の顔で、後に続くのは、背にギターケースを背負いながらも、二人分のキャリーバッグで、両手も塞がれ、罰も悪そうな、長身の侍の姿であったのだ。


 こうして、世界がこんなふうになる前、ムサシが世話になったライブバーの一つの店の隅に、レジャーシートをひろげ、野宿の場とすると、ここに辿り着くまでも、魔物たちと連戦続きだったムサシの傷に、アミナは回復魔法をかけはじめたりして、「イテテテ……べ、便利だな~、それ~」などと、尚も、ムサシは相手の機嫌をとるような素振りをみせたが、宙、浮かぶ、アミナの光の元、少女は、何も答えずに、未だ不機嫌そうであったのだ。


「アミナ~……」

「まっ、私、白魔法のお勉強もしてましたからっ。ほらっ、今度、後ろっ、向いてっ」

 霊験の力の御利益でもって、少年の身を守る事にも適した長着であったが、それでも、久々の戦いで、はだけた背中はアザすら生々しく、それを少女は魔法で癒してやりつつも、尚、口調はとげとげしかった。


「ア~ミ~ナ~っ」

「……でれでれしちゃってっ!」

 そして、とうとう、猫なで声には、完治のとどめとばかりに、その背中をはたく音が響いた。共にこれが久々の戦いなのに、途端に悲鳴をあげた侍は傷だらけであったのに対し、傷らしい傷の一つもない、剣技のセンスの差は、間違いなくムサシを遥かに凌駕する聖騎士の少女は、まだまだ怒り心頭といった様子である。


 それは、オークの集落と化していた相模川の一帯を一掃した時の事の話だった。おぞましき彼らの欲望からの解放をやってのけ、集められていた女性たちの当面の食糧や衣服を確保するのに、二人は、相当な時間すら費やしてしまったわけだが、アミナが怒っているのは、その時、全裸にも近い姿の美女、美少女たちの、時に、涙で抱きついてくるほどの謝意に、鼻の下は長くしたまま、ムサシがだらしない笑みで、我が身を任せ続けた事についてだったのだ。


 ただ、恋人同士によくあるトラブルが、如何にして収まったかを語るかも野暮な事であろう。気づけば、シートの上に広げた二人用の寝袋に腰かける二人は、熱い口づけと共に、潤んだ瞳は見つめ合い、アミナが、「……ムー君、だけなんだからね……っ」と、その腕の中に飛び込めば、「うん……」と、男が抱きしめてやり、そのハーフアップの髪に更に口づけてやる事も、よくある光景と言えるものだ。


 ただ、そんな二人の頭上には、ランプ変わりの魔法の光が、宙に浮かび、互いの刀とレイピアという得物が、いつ抜刀できてもいいように、すぐ側に置かれているという「現実」は、どこにでもいるバカップルが、仲直りし、互いの心の澱みも晴れればこそ、自然と話題がその事について及ぶのは、必然と言っていいだろう。


「……ノルヴライトいた頃のようには、いかね~な~」

「ムー君の本業は音楽だもんっ。もしもの時は、私が、キミを守りますっ」

「アミナ……」

 やがて寝袋の中で横になる二人の瞳には、ほのかな魔法の漂う光が映り込む中、会話の調子は、すっかり、いつものお花畑カップルに戻っていた。


「けど、こんなんで、早速、魔王退治か、思ったら……」

「黒剣、って、誰なの?」

「さあ……けど、皆にも、すぐ、大阪から救援がくるって言っちゃったし」

「それは、ムー君が……けど、一番トップを倒しちゃったら、政府の人たちもやりやすくなるんじゃないかな。ほら、魔物って、そういうところ、あったじゃない」

 やがて、二人は、異世界での魔王退治までの足取りの記憶を手繰り寄せていった。


「ノルヴライト……ひろかったよな~」

「ねっ……けど、ムー君だけ、転移先、ジゲン国だったんだよね。……一人で、東方で、頑張ってきて……出会った時、ムー君だけ侍だったから、すごいな、って思ったよ」

「うっそ~……! なんか、オレ、初日から、お前さんに、ちょーガミガミ怒られた気がすんだけど」

「だって! そ、それは、キミが、すぐ、タバコを吸おうとするからっ……そういえば、吸わなくなったね」

「……それは、これのおかげじゃね」


 そして、アミナの一言に、猫目の魔法を使わなくとも、ムサシは、瞳をキランとさせれば、その胸の中に潜り込もうとする素振りを見せ、アミナは、「もぅ……」とは一言置きつつも、白い胸部装甲もとっくに外された自らの肌着の中で、いつものように、受け止めてやれば、髷をおろしたザンバラ髪すら撫ではじめ、

「お役に立てて、何よりですっ……綺麗な声なんだから、喉、大事にしないと……ネ」

 などと、谷間で楽しそうにしている者を、愛おし気に見下していたのだが、ふと、ムサシは何か思いつき、

「……ねぇ、あん時、魔王、倒したの、アミナ?」

 と、アミナの事を見上げたのだ。榛色の瞳は、当時を思い返すようにして、目をクルクルッとさせたが、

「ん~……結局、私もやられちゃったよ?」

「……ねぇ、誰か、忘れてね?」

「ふぇ? 誰を?」

「や、まぁ、いっか。……あの、不思議なの、オレらしか、だめだった、とか言ってたもんな」

「……………」


 やがて、二人は、あの異世界を旅した仲間たちの事などに思いを巡らし、

「……結局、地元も解らないやつとかもいたけど、みんな、無事で、元気だと、いいよな」

「……ねっ……」

 などなど、語りあかしていったのだが、いよいよ、来たる決戦に備えようと、頷き合い、魔法の照明の消灯時間とした二人には、ヒデトの記憶は、丸々消え去っていたのであった。




























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