完全なる覚醒
「えっ……実は、フェンシングとかも、習ってたんじゃないの?」
「ううんっ! 全っ然っ!」
恋人の話す剣技の特徴に、思い当たるところもあり、尚、自らに驚いて語り続ける、アミナの魔物退治の話を遮って、ムサシは、思わず問うてみたのだが、子供の頃から、ムサシよりも遥かに籠の中の鳥で、数々の習い事の、そのどれもを優秀な成績で修めた、文武両道のアミナは、思いっきりかぶりを振り、
「ムー君だって……」
「……いや、ほんと、それね。なんか普段使わねー筋肉使った、みたいな感じで、イテテテ……」
なんだかんだで、ギター以外に重い物を持った事がないと嘯く少年は、自らの筋肉の疲労っぷりをおどけて表し、返したが、今まで見た事もない異形でありながらも、まるで、自分たちと同じような、言わば、「人に近い者」たちを、徹底的に退治し、殺めてすらいるというのに、心は、どこか寧ろ、清々しく、何故か、「かつて、同じような事をした感覚」さえおぼえる自分たち自身の気持ちには、二人共に、疑問ともなんとも言えない感情がもたげるのであった。
そして、「侍」と「騎士」という、まるで、自分たちの人生において、まるで、縁もゆかりもなかった言葉が、無意識に口についた事すらも、謎が謎を呼ぶ展開である。
「ん~」
「や~、こんなへんな事って、あるもんなんか~……!」
尚も、互いに首をひねれば、この謎解きも続いたのだが、そこは、まだまだ、若き二人が、廃墟とは言え、同じ屋根の下にいる事である。ショートパンツからのぞく、アミナのすらりとした長い足が女座りさえしていれば、ムサシは、何か、よさげなものでも見つけたかのような顔をした後、その上でゴロリと横になり、その姿にアミナも表情を変えて、一撫ですれば、本日のバカップルの誕生であった。ただ、ムサシは、恋人の肌の上で、その愛撫にすら心地良さ気にしながらも、
「……ごめん、助けてあげれなくて」
と、一言、漏らした。じっと、愛おし気に見おろしていたアミナがなんの事か解らず、キョトンとすると、横たわる恋人の横顔は、気づけば、いつになく真剣に、遠いところを見つめているではないか。
「どうも、あいつら、女の人に、乱暴、してるっぽい。オレ、結構、そういうの、無理。怖かったろ? さっきみたいのが、また、できるかはわかんないけど、……そん時は、絶対、全力で……!」
「……」
榛色の瞳が見おろす先で、ムサシは自分に言い聞かすようにして、柄にもなく拳すら作っている。ただ、こんな状態となったムサシを解きほぐす事など、今のアミナには朝飯前だ。
「……!」
際に、上から覆いかぶさるように一度、抱きしめ、少年が驚いて見上げれば、
「私も、キミを守るんだからっ」
少女は明るく笑って答えてみせた。そして、ムサシが表情を変えれば、
「一緒に、がんばろっ」
と、これからの長い道のりを、一人で抱え込む事はない、と諭してやり、廃墟の窓の外から差し込むのは、相変わらず、妖しい鈍色の光しかなかったが、少年の瞳に映り込む、恋人の姿は、まるで後光のさした聖母のようですらあった。
とりあえず二人は、時に、食事をとりながらも、地図を広げては、入念に打ち合わせを繰り返し、拾ってきたキャリーバッグで荷造りすらすると、その宵、しばらくはご無沙汰かもしれない湯浴みを、共に肩をならべてする頃、顎に手をやるムサシは、片づけた死体の跡を、じっと見つめるようにしつつ、
「……ただ、あいつらも、来たくて来てるわけでも、ないっぽい。マオウ? ってやつが命令してるっぽい」
「マオウ?」
「……ん~、これ、多分、なんだけど、アミナにも異世界人、って言ったわけっしょ? ガキの頃やった、ゲームじゃねーんだから、とか思うとゾッともしねーけど。多分、その類の、ラスボス、魔王、みたいな?」
「ラ、ス……?」
自作の歌詞も書く故に、少年の洞察力は人並み以上に優れていたのだが、その手の趣味には全く縁もないまま育ってしまった、直ぐ隣で、長い髪もまとめ上げたアミナは、眉を八の字に、とうとう首をかしげてしまった。ムサシは、そんな彼女の姿に苦笑すると、
「ほら、オレ、その手の本、全然、読まねーけど、最近、流行りの異世界ファンタジーとか、あるじゃんね。あ、それも知らねーか。要するに……」
などと、自分の推理をアミナに伝えたのである。そして、そんなおとぎ話みたいな摩訶不思議な事があるのかと、アミナが「え~っ!」と驚けば、指を口に当て、ムサシは苦笑し、今度は頭上をジッと見上げると、「まぁ、それと、この空が、どこまで因果あるかはわかんねーけど……」などとも、さとい者であるかのように、尚、顎に手をやっていたのだが。
やがて、湯舟の縁となった岩肌には、銃剣を手元に置いたムサシが座り、その眼前で、未だ湯舟につかったままに、まるで膝まづくようにして座るアミナが、決して湯のせいだけではない上気した顔で見上げたりしていて、
「まじ……?! いいの……?」
「……うん……やっぱ、声、でちゃうの、危ないと思うし……じゃあ、してあげるね……恥ずかしいから……こっちは、見ちゃ、ダメ……!」
「…………!」
乙女の命令に、男とは如何にも容易いものである。見上げた空は、先程と変わらぬ妖しい光に覆われていたが、そして、今まで体験した事のないものに、自らのものがくるまれた事が解れば、得も言われぬ快感に、更にのけぞる少年に、先程の賢人の姿はなく、結局、いつものバカップル的展開となれば、ここ二日で起きた二人の出来事など、うやむやになってしまったのだ。
こうして、二人は廃墟に戻ると、臨時の首都となっているらしい、大阪へと向かう西の旅を、いよいよ敢行しようとしていたのだ。寝袋に入り、尚、いつもよりも、囁くおしゃべりが延々と続いていたのは、決して、仲睦まじいという理由だけではなく、怪物たちも跋扈しているであろう厳しい道中への不安を考えれば、寧ろ、二人の、のぞもうとする姿勢は、健気と言った方がいいかもしれない。そして、二人用の寝袋の中、アミナがムサシを抱き枕のようにしていれば、その少女の胸の中で、窒息気味ながら、少年は満足気な寝息を立て、いつもの二人は、夢の世界へと誘われていくのであった。
「え……ば……し……えら……し……も……よ……!」
「…………」
いづこかに浮遊する感覚に漂い、目を瞑るムサシの耳には、途切れ途切れながら、声が聞こえている。ただ、優しさに満ちた声音は、もう、すっかり馴染みのあるものだった。
「選ばれし者たちよ……!」
「…………!」
そして、その声はいつになく鮮明に聞こえたところで、思わず、少年は、目を開いた。
「ムー君……!」
すぐ隣には、いつかのように長い髪を緩やかに漂わしたアミナが、恋人の方を驚いた顔で見つめていて、丁度、同じタイミングで、その榛色の瞳を開いたのであろう少女は、いつかにも体験した事のある、どこまでも広がる、ゆっくりとした虹色の波間が漂う、不思議な空間に漂っているのだ。そして、少年が、「アミナ……」と答えた頃合で、二人の前方は一際に光り輝き、今までで一番に鮮明とした、巨大なクリスタルの存在が現れるのであった。
その神々しい光景を前に、かつての記憶もない彼らが、ただただ、驚き、共に手を繋ぐようにして見上げていれば、
「漸く、漸く、届きました……『選ばれし者たち』よ……いえ、かつて、そうであった者たち、よ……」
と、見下す不思議な存在は、感慨もひとしおと言ったところであったのだが、
「光の地、ノルヴライトに、闇、蔓延った時、世界を救った者たちよ。私は、この世界から、あなた方を選び、召喚し、送り込みました。そして、あなた方は多くの試練を見事、乗り越え、彼の地に、平和をもたらしました。全ては、それで終わるはずだったのです」
「……」
「……」
尚、驚くままに見上げる少年少女にとっては、まるで、何を言っているのか解らない話をしはじめたのである。クリスタルは、そんな二人を前にして、少し、残念なふうでもあっただろうか。
「……無理もありませんね。この世界と彼の世界は、本当は交わる事があってはならない世界。ですから、これまでのように、私は、世界を救った皆さんから、その日々を消し、元の世界で営まれるよう、返した、そのはずだったのです」
「……」
「……」
ムサシとアミナは、尚、見上げる事しかできず、クリスタルは話し続けた。
「……ですが、私も迂闊でした。この度の闇は、私が考えもしなかった事態を引き起こしたのです。あの日、魔王は、私が、倒れた皆さんへの加護の力に腐心していた隙を狙って、奸計を巡らし、選ばれし者の中でも、一際に強き力を持つ者を誘惑する事に、成功していました」
「……魔王」
そして、話は見えてこないなりに、ムサシが、ボソリと呟くと、
「かくして、彼は、闇の手に堕ち、彼らの『門』の要となり、巡り合ってならない世界を繋げてしまったのです。気づかぬ私が愚かでありました……ごめんなさい。時、既に遅く、闇の干渉も強く、かつてのあなた方と交信できたのも、ムサシ、アミナ、あなたたちだけとなってしまいました」
思わず名を呼ばれれば、二人は顔を見合わす他なく、律儀なアミナが、つい、「は、はい」などと答えてみせると、
「……本当に、ごめんなさい……一度、使命を終えた者の記憶を戻す事は、あってはならない事なのです。ましてや、私としても初めての試み……ですが、行うしかありません。……ムサシ、アミナ、次元の彼方における存在たちよ。あなた方は、ふたたび、世界に選ばれました……尚、闇は消えていません。さぁ、我が加護を受けし力をもって、魔王を、今度こそ、倒すのです……!」
「え? は、はい……」
「え? なんすか? なにそれ? 意味わかんないんだけど」
各自がそれぞれに、それらしい反応を返す中、一際にクリスタルは輝くと、やがて、そこから一筋の帯は生まれ、二人の体を包みこんでいった、その矢先の事であった。
ジジジ…………! とした、またもや妨害電波のような音が響けば、途端に、少年と少女の周囲の世界は、いつかのように、歪んだりなどしはじめ、
「矢張……闇の力が強い……! 全て、というわけにはいかないようです……!」
完全に光の繭に覆われた少年少女の向こう側で、どうやら、クリスタルは唇を噛みしめる心境でいるようである。そして、身を任せながらも、未だ、話に取り残されていた少年と少女の周囲は、とうとう、更に、ジジジ…………!と、歪みっぱなしになれば、最早、原型もとどめず、一面が真っ白な光の視界となったところで、「どうか……世界を……!」と、神々しい物体の一言を残して、二人は共に目が覚めた。
「……」
「……!」
共に見る夢もこれで何度目であろうか。やがて半身を起こしながら、ムサシとアミナが顔を見合わせていると、互いの足元に、見慣れぬものがある事に気づいたのだ。
そこには、一振りの太刀らしき大振りの黒い鞘と、灰色をした長着に、その下に着るための白いシャツ、紺色の袴などといった、まるで書生風の衣服が畳まれ、少し不釣り合いな黒いブーツ二足までもが揃えられているそばには、赤い鞘に収められた可憐な装飾の銀色の柄は細剣のようで、豊満な胸囲を覆うのにしっかり適した、白い胸部装甲の鎧と、赤いミニスカート、白色にはロザリオのデザインが施されたオーバニーソックスなどまでが、折りたたまれているではないか。
『……あなた方が身につけていた装備を託しましょう。それをもって、先ず、闇に堕ちた者を倒す他ありません……。その者の拠点は、あなた方の都である、東の都にある事でしょう……』
「え……」
「……東京のこと?」
かすかで、どこから聞こえてくるかも解らないクリスタルに、二人は驚きながら、ムサシが問うてみたりしたのだが、やがて、その全ても立ち消えていく感覚すら共におぼえ、見慣れぬ武器たちだけが眼前に残されると、
「……」
「……いや、これ、完全に銃刀法違反っしょ」
一先ず、二人が各自の得物を手に取り、それを鞘から引き抜いた瞬間だった!
互いの体中を電撃にも似た衝撃が駆け巡るや否や、次々に思い出していくのは、異世界での冒険の数々の記憶たちであり、思わず、互いの顔を見合わせると、
「ムー君って、あの、不良の侍のムサシくんっ!?」
「いやいやいや、そっちこそ、あん時の、風紀委員聖騎士かよ!」
などと、呼び合うのだった。
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