現世界編

魔王、転移

 轟音と噴煙立ち込める、街中の巨大な火事の炎を見下ろしながら、巨大なドラゴン羽ばたく背の上には、黒いローブで顔まで覆った、人らしい姿が佇んでいる。遥か上空にて、眼下の、次々に転移してきた魔物たちを必死に迎撃する銃声や砲声の音を、じっと見下ろしつつ、

「ここが……異世界、か……」

 その隠れた表情からは感情をくみ取る事は難しいが、

「ふむ……大砲、火筒の類をよくする、か……」

 そして、丁度、配下の魔物の一族の一つ、巨大な一つ目のみをギョロリとさせたサイクロプスの巨人たちの顔面などに、砲弾が当たり、彼らがそれに苦悶しつつも部隊を踏みつけていくと、「ほう……」と、口元をニヤリとすらさせたところで、

「魔王の親方ぁ~」


 黒ローブの目の前は、ふいに禍々しく、妖しく光ると、使いに出していた、小さな子供にも満たない大きさの、黒いインプの何匹かが、ワープの魔法でもって眼前に現れ、背中に生えたコウモリの翼などをパタパタさせては、いかにも悪魔のような、おぞましいしゃがれ声で、戦況を各自述べていくと、優勢ではありつつも、まだまだ一進一退が続く情勢に、

「ふむ……こちらも先の戦で、練度も数も落ちている。こんなところ、といったところか」

「や、やつら、カラクリが多くて……! ただ、それも、魔法さえ使っちまえば、造作もねぇっす! て、いうか、親方! こっちの人間ども、戦士ばっかりだ! それも、カラクリなけりゃ、ノルヴライトの、新米の拳闘士の方がまだマシとくらぁ! しかも誰一人、魔法使いもいやしねぇ!」


 顎に手をやっている様子の、ローブに覆われた闇の中までは、相変わらず計り知れないが、手もみをしてご機嫌をうかがうインプどもの、その一言には、関心をしめし、

「……魔法が、ない、だと?」

「へ、へい!」

「……ほう……」

「へ、へい! ですからカラクリは相当なもんすけど、いるのは人間族しかいませんし……!」

「……エルフやドワーフがいない、だと?」

「それが、人っ子一人いやしねぇ! いや、いるんすけど!」

インプの報告に、とうとう黒ローブは、「クックック……」と、笑った様子である。そして、

「……やつが執心してきた異世界、どれほどかと思えば……では、各自、魔法に長けた者どもを主にし、侵略を続けよ」

「へい!」

 魔王の命令を前に、インプたちは、釘のついた長い尻尾を揺らめかしつつ頭を垂れ、従順と御意を示すと、また魔法のワープで姿は消えて、各々、飛び去っていくのであった。


「ここが……あの石の者が、選び、召喚し、我らを苦しめてきた地とは……」

 炎に包まれた世界を見渡し、改めて魔王は、何か物思うところがあったようである。

「……女のエルフ、一人もいやしないとは、色もない世界だが……味わえるワインの一本くらいはあろうな。せいぜい隠し持った兵器の一つや二つで、我らを脅かしてみせよ……」

 一際に眼下では爆音と共に都市が燃えた。「クックックッ……」と、魔王は愉快でたまらないといった様子である。そして、

「小うるさく輝く石の者よ……奇策であろう?お前の苗を床から断ってやる」

 などと、宿敵に語り掛けてもみせたのたが、「さて……」と、一言、置くと、

「では……そろそろ、我らの苗床を迎えにいってやらねばな……」

 そして心底、愉快とした魔王は、自らが乗る黒い竜に指示をだし、その巨大な翼は広がり、いづこかへと飛び去っていくのであった。


 今や、東京は焦土と化していた。辛うじて残った外務省の一室の外で、空は、妖しき色に満ち溢れ、あちこちから未だ煙はあがり、くたびれ、うつむくようにしているビルディングの群れを、ひび割れたガラス越しの窓から眺めつつ、魔王のローブは、机上にあった地球儀なども手にとり、それをゆっくりと回しはじめると、

「……この世界は、大陸が五つもあるのとはな……」

 と、戯れるように、口を開いたが、日本列島をなぞり、その中でも一か所を指で押し、更になぞると、

「……だが、ここら辺りの地形は、似通っている……東の果ての島国、ジゲン国は首都、エドと、その周囲、といったところか……東方の剣士、侍の発生の地であり……ややもすると、忌々しい聖騎士よりも厄介な連中が、王侯貴族の変わりに政すら行うという、珍妙なる国……ふふ……おもしろい……まぁ、いづれ、この大陸らを我が領とするも、一興、か……」

 そして、満悦と、地球儀を戻すと、

「では、外務大臣、ソウリなる王を、ここに呼ぶがいい」

 と、振り向いた先には、埃まみれとなった応接机をはさんだ向こう側に着席している、煤だらけの防災服姿ではあるが、短髪の白髪頭ながら、度の強い眼鏡の中のつぶらな瞳は、尚、黒々と濃い眉毛が険しくしているせいもあり、決して曲げない意志の強さが、少ししゃくれた顎先にもにじみでている、壮年の男性が睨んでいて、

「そ、総理は既に避難されたのだ! 私は、外務大臣として、君たち、宇宙人ともコンタクトをとれる事を信じ、ここに残った!」


「……宇宙人?」

「違うのか? あの正体不明生物たちは、宇宙人の類なのでは…まぁ、日本語でコンタクトをとれるというのは、こちらとしても都合いい! 問おう! 君達は、なぜ、こんな破壊活動をするんだね!」

「…………」

 魔王は、大臣のそれには答えず、もう一度、窓の向こうに視線を移し、魔界の中の廃墟といった様相を呈した東京を眺め、手の平をかざすと、途端に、そこに禍々しい光を放ちながらの水晶玉など現れれば、「む! ちょ、超能力……!?」などと大臣は唸ってしまう中、ブツブツと呪文を呟きながら、空いた手を玉の周りで揺らめかしたのだ。


 それは魔王の持つ魔力でもって、先の戦で手痛い痛手を負わされた「選ばれし者たち」の所在探しであったのだが、水晶の上の次から次に映る光景の中に、その忌々しい姿たちが映り込んでくる事はなく、

「……流石に、ぬかりはない、クリスタルの加護、といったところか……若しくは……」

 などと、宿敵を思い浮かべたが、

「き、君たちは一体全体?! どこの何者なんだ! 横須賀まであんな事にしておいて! アメリカだって黙っちゃいないぞ?! い、今なら、まだ間に合う! だから外交というものを通して……!」


「……外交?」

 遮るようにしてきた大臣の方を、今度、魔王は、思いっ切り鼻で笑い、

「竜一匹すら落とせなかった人間族風情が、外交を説くとは……滑稽なものだ。ノルヴライトの小国の都市国家ですら、竜騎士は揃えているものだぞ」

「な、何を言ってるんだ?!」

「話にならんな…………我が愛弟子、ヒデトよ」

「はい……」

 魔王の一声と共に、既にドアも吹っ飛んでいる室内に、ユラリと入ってきたのは、禍々しい、黒い光沢を放つ剣を手にした、瘦せぎすとした体を制服のブレザーで覆った少年であり、「き……きみは!」と、大臣が驚く中、

「ヒデトよ……そいつを斬れ」

「はい……」


 闇の者たちのやり取りには、大臣は更に驚くしかなかった。得物を片手に、顔色も更に悪く、ユラリ、ユラリと少年が迫りくる中、いよいよ、席から腰も浮き立ち、後退りもはじめながら、「き、君! そんな危ない物をもって……! あの宇宙人に操られているんじゃないか!? まだ、未成年だろう! バカな事をしちゃあ、いけない! そ、育ててくれた、お父さんとお母さんを悲しませちゃいけない!」と、大臣は矢継ぎ早に説得を試みていったのだが、次の刹那には、虚しく、尚もまくし立てようとする頭部は宙を舞い、異世界にいた頃の、目にも止まらない、鮮やかな剣技を復活させた少年の頬は、返り血で真っ赤に染まった。


 血まみれになろうと、表情一つ変えず、かつて、自らをトドメの刺す寸前まで追い込んだ、黒き剣の使い手が、翻っては、顔も虚ろなままにひざまつく姿を、魔王は満足気に見下すと、更に、虚ろな都会の残骸たちに目をやり、そこに配下であるドラゴンなどが、我が物顔に舞う影を確かめれば、全ての魔物を統べる長らしく、この度、御した異世界の地の活用法にも頭を巡らせてみせ、

「……我らの宿願は、あくまで、ノルヴライトの征服。彼の地の魅力にくらぶれば、せまく、また、貧相な世界なことよ……」

 と、前置きは置きつつも、

「……来たる時に備え……者どもの底上げにはなろうか」

 など、とうとう結論を結びつけるのであった。


 そして、魔王が、愛馬のドラゴンの背に乗り、物見遊山に、落とした都に出向けば、やがて、配下の魔物たちに誘われた先は、かつての風俗街の一角にあったビルディングの、主にSM嗜好の趣味に特化した店の、広々としたVIPルームであり、設えられた、様々な拷問器具に目をやれば、「ほう……」と、王は、早速、女たちを集めるよう、魔物たちに指示を出すのであった。


 夜となる頃、その一室は、すっかり魔王のお気に入りの根城と化していたのだ。

「……しかし、本当に、エルフの女の一人も、いないものとはな……!」

 激しく緊縛にし、傷だらけにした女の裸をベッドに這わせ、ローブの底から突き、もう、何人目か、という人間族に辟易したかのような口ぶりでいながらも、相も変わらず、その鼻息は荒い。側では絶えた女たちが、ここ、そこの床に転がり、宙浮かぶ、魔法の炎の灯りの中に肌を浮かせ、床には、全く無表情をしたヒデトが、ひざまついて待機していた。そして、泣き叫ぶ悲鳴の最中、

「そうだ……我が弟子よ。お前、あの女騎士とは寝たのか……?」

 更に腰使いも激しく、魔王は訊ねると、それまで一切、無表情をしていた黒き剣士であったが、ピクリとし、「師よ……い…いいえ…」などと答えれば、見透かした笑みを作り、

「ほう……では、抱いてみるか? あっちの人間族なら、とっくに春も知る年だ」


 ただ、悪が語り掛ける瞬間、隙は生まれた。ローブに飲み込まれるように屈していた少女は、ヒデトの方を振り向くと、か細く「助けて……」と呟いたのだ。途端に、ギョッとした顔となって、「アミナ………」などと、名を呼んだと思えば、

「うわあああああああああああああ!」

 と、ヒデトは絶叫と共に部屋を飛び出し、その後を、さも爽快とした魔王の高笑いが続くのであった。


 そんな夜が幾日か続いた、ある明け方の事だった。居座った室内のそこら中を、生きているのか、死んでいるのかも解らない女の裸体だらけにした魔王は、今やビルの屋上に立ち、廃墟と化した摩天楼を眺めていて、

「矢張、女はエルフに限る。ダークエルフとして育てがいもあるしな。ノルヴライトの連中の動向も気になるところ。……ヒデト、ここは一先ず、お前に任そう」

「仰せの通りに……師よ……」

 すぐそばでひざまつくヒデトが答えれば、魔王は、愛馬のドラゴンが迎えるように羽ばたいて来ると、その背に乗り、禍々しい光の空の彼方へと消えいくのであった。

























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