マクスウェルの悪魔
ウインナーコーヒーの生クリームはどうするのが正解かよくわからない。上に乗ってる生クリームを食べながらコーヒー飲めばいいの?それとも最初にかき混ぜて生クリームを全部コーヒーに溶かせばいいの?もしくは折衷案ではじめに生クリームを食べながらコーヒーを飲んで、ある程度減ってきたら生クリームとコーヒーをかき混ぜて飲み干すの?そもそも正解ってあるの?好きにすればよくない?正しさって何?正しいことってどんなこと?正しいことをしたら本当にみんな喜ぶのかな?何故ムジュラの仮面?
こんなことを考えている間にも目の前のウインナーコーヒーは厳かに冷めてゆく。それは残酷な現実だった。熱は、冷める。熱力学第二法則。エントロピー増大の法則。物理法則に逆らうことは誰にもできない。そう。誰にもできないとされている。しかし私にはできる。私は少しばかり物理法則に逆らうことができる。できるのだ。
私は目の前のコーヒーカップを両手で包み込むようにして、掌に意識を集中した。5秒ほどすると、先ほどまで少しぬるかったウインナーコーヒーはまるで出来立てのように暖かくなっていた。いつの頃からだろう、私はこういうことができるようになっていた。
この能力が一体何なのか、私にもまったくわからない。スタンドなのだろうか。しかし私は『矢』で射られてもいないし、『悪魔の手のひら』や『壁の目』に行ったこともない。能力に目覚めた理由は判然としないが、ささやかながら熱を操る能力を、私は数年前から身につけていた。しかし私のこの能力いにはヴィジョンがない。いや、ヴィジョンのないスタンドもあることは承知している。しかしやはりスタンドをスタンドたらしめている一番の特徴はやはりヴィジョンの存在だと思うし、せっかくこんな能力が使えるようになったのならかっこいいヴィジョンもセットでほしかった。第6部に登場するような異形のヴィジョンが。と、まあ、私の能力がスタンドであるにせよ違う何かであるにせよ、能力的には東方常敏の『スピードキング』に似ているんじゃあないかと思う。いや、ヴィジョンのない、熱を操る能力であればむしろ『バオー来訪者』の『ウォーケン』の能力の方が近いか……?
……いずれにせよ私はこの能力のことを『マクスウェルの悪魔』と、名付け呼んでいる。仕事をすることなく熱を与え……熱力学第二法則に逆らう……。ン? マクスウェルの悪魔ってこういう解釈で合ってるのか? ウィキペディアで読んだ知識を元に付けた能力名の誤用を指摘されたらかなりハズいな。まあでもとりあえずいいか。『マクスウェルの悪魔』で。なんかかっこいいから。それにこの能力のことは誰にも口外していないのだから、能力の実情にそぐわないおかしなネーミングだとして、誰に指摘されることもあるまい。
こんなことを考えているとまたウインナーコーヒーが冷めてしまいそうだ。私は生クリームをスプーンで一杯掬い、そこを飲み口にして少しずつコーヒーを飲み進めた。生クリーム、コーヒー、生クリーム、コーヒーと、交互に口にした。そして生クリームとコーヒー、ともに半分ほどの残量になったところで一気にかき混ぜる。生クリームの溶けたコーヒーは甘く濃厚な飲み口で、まだ熱かった。
結局ウインナーコーヒーの飲み方はこれが正解なのだろうか?いや、やはり正解などどこにもなく、好きなように飲めばいいのだろう。だがこの能力の使い道はきっとこれが正解だ。『マクスウェルの悪魔』などとカッコつけた名前にしてみたが、私にとっては『飲食物を温める』為のささやかな能力でしかない。この能力がスタンドだったとしても、悪用さえしなければ──東方常敏のように能力を殺人に利用したりしなければ──きっと危険な能力を持った者と『惹かれ合う』こともないだろう。とりあえずそう信じて、今日も私の『マクスウェルの悪魔』は『コーヒーを温める程度の能力』として人知れず密かに使役された。
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