第23話夜の闇

 夜の闇の中を鴉は走っていた。


 いつもの迷子ではなく、遠くに鬼の炎が見えたのだ。それに向かって、鴉は走りだす。民家の屋根を伝って飛ぶように走る鴉を追って、涼太も地面をけって走り出す。


「隊長。先に行ってください!」


 自分が足手まといになると判断した涼太は、鴉に先に行ってもらうことにした。鴉はそれに返事を返すことなく、無言で走る速さを上げる。屋根と屋根との間を鳥のように跳ぶ鴉は、とうとう鬼の足元までたどり着いた。


「今度こそ、逃がさない!」


 鴉は飛び上がり、鬼の太ももに下駄の杭を突き刺す。


 鬼は痛みのせいなのか、叫び声をあげた。その声に、鴉ははっとする。


 鬼が太ももに飛びついた鴉を振りはらおうとしたが、鴉は地面に落ちずに鬼の太ももにしがみつく。巨大な鬼にしがみつく鴉は、遠目から見ればまるで虫のようにも見えてしまった。


「鴉、よけろ!」


 声が響く。


 それは宗雪の声であった。


 名前を呼ばれた鴉は、地面に着地した。


 鴉がしがみついた箇所に鉄砲が撃ち込まれる。それは宗雪の銃であった。鬼の足を庇うような仕草を見せるが、倒れなかった。代わりに鬼の肉体が徐々に小さくなり、鬼はいつの間にか消えていった。鴉は鬼が消えた個所が調べるが、そこには何もない。ようやく現場にたどり着いた涼太は、悔しそうに地面をける鴉を見つけた。


「……また逃げられたか」


 鴉と合流した宗雪も悔しそうに唇を噛む。


 鉄砲を担ぐ宗雪は、まるでマタギのようだった。実のところ宗雪は、鉄砲を得意とする日定火消である。鉄砲も火を使うために嫌う火消も多い中で、異端の火消しとも言えた。そういう意味では、鴉と似てなくもない。


「一撃でもくらったら逃げ出すみたいだね。もっと攻撃力の高い武器があればいいんだけど」

 

鴉は呟く。


 彼は生身で戦うために、攻撃力自体はあまり優れていない。


「近々鉄砲を改良する予定だ。それで対応できるようにしよう」


 宗雪の言葉に、鴉は頷く。


「頼もしいよ」


 それは本心だった。一撃でも攻撃を受ければ逃げ出す鬼を相手にしているのならば、一撃の攻撃力は高い方がいい。


 宗雪は、鴉に話しかける。


「よかったら、今回は共闘しないか。こちらは鴉の機動力が欲しいし、そちらは攻撃力が欲しいだろう」


 宗雪の言葉に、鴉は考える。


 涼太は無理だろうと思った。


 鴉は、迷子になって江戸をさまよっているだけである。そんな人間が共闘というのは、とても難しいような気がした。


「私が共闘というのは難しいと思うよ」


 鴉の言葉は予想通りだった。


 だが、その後の言葉は予想外の者だった。


「……そうだ!私の代わりに涼太君が白虎隊に行くっていうのはどうかな。白虎隊流に鍛えてあげてよ」


 鴉は、にこやかにそう言った。


 その言葉に驚いたのは、宗雪だけではなかった。


「どうして、僕を白虎隊に行かせるんですか?」


 涼太も驚いていた。


 鴉隊に入隊してからずっと草むしりだけしていたから、鴉にいらないと思われてしまったのだろうか。そのことが、涼太にはひどく衝撃的だった。


 涼太の疑問に、鴉は答えた。


「私が教えるのが下手だからだよ」


 鴉は、きょとんとしていた。


 どうしてそんなことを聞かれるのかが、分からないという顔である。


「私たちが教えるのがへたなせいで、涼太君に何も教えられてないんです。それは可哀そうだと思って」


 どうやら、鴉は涼太に始動できないことを申し訳なく思っていたらしい。だから、今回涼太を白虎隊に入れて訓練をしてもらおうと考えたらしい。


「ボクのことが邪魔になったのかと思いましたよ」


 涼太がそんなことをいうと、鴉はくすくすと笑った。


「邪魔になんてなりませんよ。涼太君は、大事な鴉隊の一員ですからね」


 鴉は片方しかない腕を広げて、涼太を包み込んだ。


「涼太君は、大事な子ですよ」


 涼太ははっとする。


 宗雪が、涼太たちのことをじっと見ていた。


「鴉隊は仲が良くていいな」


 宗雪の言葉に、涼太は脱力する。


 そして、そういえばこの人は年上の頭すらなでる人であったと思い出したのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る