第22話兄の話

「私の兄さまは、死罪になったんだよ」


 鴉は、そう打ち明けた。


 披露目式で来た着物を貞宗に脱がせてもらっている最中であった。正式な着物は重かったらしく、脱ぐために鴉はちょっと嬉しそうにしていた。どうやら、正式な服装は鴉は好きではないらしい。


「火消しなのに鬼になった。それで、死罪になってしまった。誰よりも優しかったのに」


 鴉は、悲しそうであった。


 兄との思いでを語るときの鴉は嬉しそうだったけれども、今の鴉の表情は悲痛だ。その表情ほ差が、鴉の引き裂かれそうな心情を表しているようだった。


「その時に、腕も切り落としたんだ」


 鴉は失った左腕を見せる。


 二の腕から先がない腕は、先天性のものではなくて後天的なものだったらしい。さらに腕は、自分の意思で切り落としたものだというのだ。


「切り落とした?」


 涼太は耳を疑った。


 自分で腕を切り落とすなど、正気の沙汰ではない。そのときの痛みを思って、思わず涼太は自分の腕をなでていた。自分で腕を切り落とすことなど、涼太にはできそうにもない。


「うん。兄さまは、無罪ですって。この腕を証に差し出します、ってお上の直訴したんだ。でも、無駄だったけどね」


 鴉は、そう語った。涼太は鴉が腕を切り落とした理由を、戦力が下がった自分の枠を補うためにも兄の力が必要だとアピールするためではないかと考えた。だが、鴉の考えもむなしく兄は死んでしまったのだ。


「その時のことは、思い出したくもありませんね」


 腕の話になった途端に、貞宗の手が止待っていた。


 そして、目を伏せる。


「刀の壁に刺して、その上に自分の腕を振り下ろす……こんなことをする人間は隊長だけです」


 貞宗は、首を振る。


 この世で一番強い人間だと思っていた人間が、自分で腕を切断してしまった。そのときの驚きは、もう言い表せないものであった。


「私が最初に見つけたんですよ。腕を失った隊長を」


 貞宗は恨みがましそうに、語る。


 鴉は、くすりと笑った。


「そうだね。貞宗君に見つけてもらえなかったら、私はたぶん死んでいた」


 笑いごとではない、そう言いたげに貞宗は唇を噛んだ。


 涼太は、鴉が腕を切り取った光景を思い浮かべる。


 血にまみれる鴉の姿を。


 今にも死んでしまいそうな鴉の姿を。


「どうして……お兄さんは鬼になったんですか?」


 涼太は、尋ねた。


 鴉に尊敬されるような人が、どうして鬼になったのかが分からなかったのだ。


「兄さまは、私に嫉妬したの」


 鴉は、そう語った。


「涼太君。人はね、人に嫉妬して……人を殺すと鬼になるんだよ」


 鴉は、人差し指を唇に当てる。


「これを市勢の人々にはあまりいってはいけないよ。人が鬼になると知ったら、人々はパニックになってしまうから。お上からも発表されていない。ただ火消たちは、なんとなく知っていることなんだよ」


 涼太は、桔平のことを思い出していた。


 彼も嫉妬から人を殺したから、鬼になってしまったのだ。


「兄も嫉妬して、鬼になったの。でも、最後の手紙で兄さんは『鬼から逃げるな』って私を叱ってくれた」


 鴉は、そう語った。


「隊長のお兄さんがどんな立派な方だったかは知りません。けれども、ボクには憧れる気持ちが分かります」


 涼太は、そう呟いた。


 鴉は強くてきれいで、どうして憧れないのかが分からない人物だった。迷子癖はあるが。


「憧れないで」


 鴉は、悲しそうに呟いた。


「私に憧れる人は、簡単に死んじゃうから」

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