第16話嘘つき
青龍隊の縄張りで、鬼が出た。
隊員は隊長に連れられて、初めての現場へおもむく。貴志たちも隊長の竜也のあとについていって、鬼と初めて対峙した。民家と同じぐらいの背丈の鬼を見た、隊員たち。その隊員の中には、怖がって逃げ出すものもいた。
だが、貴志は逃げなかった。
逃げずに刀を握った。
狙うは、足。
大型の鬼を倒すのに、必須な攻撃箇所であった。
大型の鬼が現れた際には、そうやって足元を攻撃して転倒を起こさせる。その隙に一斉攻撃を行うのだ。
だが、貴志は鬼の足の切断まではいかなかった。
鬼は転倒せずに、貴志を握りつぶそうとする。だが、それを助けたのは鴉だった。鴉は高く飛び上がり、鬼の太ももに着地する。鴉が履いているのは、特注の下駄だ。杭を付けた下駄は、その杭を鬼にうがち、滑り止め代わりにして鬼の体を登っていく。鬼の頭まで鴉はたどり着くと、その脳天めがけて鴉は刀を振るった。鬼の傷は、浅い。鬼は消えることなく、暴れて鴉を振り落とした。鴉は民家の屋根に着地。体制を立て直し、果敢に鬼によじ登る。
鴉が生み出した戦法は、周囲を熱狂させた。鬼によじ登って弱点を穿つなど、今までだれも成し遂げていなかったことである。だが、熱狂はするが彼の真似を誰もできなかった。それは鴉の情人離れした脚力を持って、初めて成功する技であったからだ。
鴉は、再び鬼の頭部へと到達する。今度の刀は、深く穿つことができた。
あっという間のことだった。
貴志は、茫然としていた。
自分の弟が鬼を殺した光景が、信じられなかったのだ。
「あ……鴉」
助かったとかありがとうとか、そういう言葉をかけるつもりだった。
だが、その前に竜也が鴉に声をかける。
「また見事だ、鴉」
竜也は、「また」と言った。
まるで、前があったかのような言葉だった。
貴志が不思議そうな顔をしていたので、竜也は首をかしげる。
「どうした?兄にはいっていなかったのか、前からお前は実戦に組み込まれていただろう。お前のその技は、おまえ唯一のものだ」
竜也は、そう言った。
鴉は悲しそうな顔で、貴志を見つめていた。
貴志は、絶望の顔で鴉を見つめていた。
「ずっと前から……戦っていたのか?」
自分がまだ訓練生でくすぶっている間に、実践で戦っていたのか。
ただ貴志が嫉妬している間に、鴉だけはるか高みにいたのか。
「兄さま……言ったよね。お願いしたよね」
鴉は、兄に抱き着いた。
貴志は、どうすることもできずに固まっていた。
「私が逃げたら、しかって下さいって」
貴志は、茫然としながらも鴉の頭をなでる。
無言で、なでてようやく自分を取り戻す。
「ああ……でも、おまえは逃げていないだろう」
貴志は、鴉に笑いかけた。
「お前は、家の誇りだよ」
貴志は、嘘をついた。
誇りだなんて思わなかった。
心の底から、死んでくれと思った。
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