第4話隊長探し

「隊長を捜索しましょう」


 一週間後、貞宗はそう言った。


 やっとか、と涼太は思った。


 ここ一週間の間、涼太は草刈しかしていない。それでいて、草刈はまだ終わっていない。それだけでこの屋敷の荒れようがどれだけ素晴らしかったかが分かるというものだろう。


「こんなにも迷子になっているのは珍しいんですか?」


 涼太の質問に、貞治は「珍しくはないです」と答えた。


常に遭難中の隊長。なるほど、これでは新人が育たないのも裏付ける。死亡率の高さもおそらくは、そこに由来しているに違いない。隊長からまともに指導を受けてないのに、実戦に放り込まれて死んでいたのだ。可哀そうに、と涼太は死んでいった先輩たちに同情した。


「ですが、新人を放って一週間も迷子はまずい。悪いですが、隊長の捜索を手伝っていただけますか?」


 こうして涼太の新たな仕事に、隊長の捜索という定火消らしくないものがまた加わった。草刈よりもいい仕事だ、と涼太は思ってしまった。


 涼太は、隊長がよくいきつくという場所を貞宗から教えてもらった。そこを一つずつ潰していく予定であった。こうやっていけば、いつかは隊長にも会えるだろう。


まず最初に訪れたのは、鍛冶屋であった。定火消のお抱えの鍛冶屋で、定火消の使う武器を多く作っている店であった。


 店は決して広くはなく、店のなかには店主らしき男が刀を鍛えていた。店主としては、若い男だった。涼太よりもいくつか年上だろうか。額に手ぬぐいを巻いた男は、涼太に気が付く。


「おまえ、もしかして鴉隊のところの新人か?」


 尋ねられ、涼太は居住まいを正した。


「はい。涼太といいます」


「隊長さんなら来てないぞ」


 尋ねてもいないのに返答をもらい、涼太は笑う。


 どうやら、店主は隊長の迷子に慣れっこになっていたらしい。


「俺は、司。隊長さんには、そろそろ下駄を整備するからって言ってくれ。いや、連れてきてくれ。あいつ、来ようとすると途端に迷子になるから」


 司の言葉に、涼太は苦笑いをした。


「そんなに隊長の迷子ってひどいんですか」


「迷子って言ってるけど、ありゃ遭難だろ。普通に暮らしてて遭難するような奴なんて、俺は一人しかしらないね」


 そう言われてしまうと納得するしかない。


「それより下駄な。あいつの下駄は特別性だから、俺以外の整備ができないんだよ。刀は、まぁ別のところでも研いでは貰えるだろうけどな」


 この司が定火消御用達になるのは、珍しい形状の武器であっても作ってはくれるからだ。だが、それがちゃんと実戦で使えるかどうかの検証までは残念ながらおこなってくれない。そこは定火消たちの仕事だと店主は割り切っているらしい。


 いつか自分もここで刀を打ってもらうのだろうか、と涼太は考えた。


「奥に白虎隊の隊長と副隊長がいるぞ」


 司はそう言った。


 涼太は眼を奥に向ける。奥は座敷になっていて、そこには大柄な男が二人いた。一人は壮年の大男。頭が綺麗に禿げ上がっていて、なんとなくダルマに似ていた。もう一人は若く、たっぷりの髪の毛を無造作にくくっている。


「おー、おまえが鴉隊の新入りか!」


 白虎隊の隊長と思しき人物は、人懐っこい笑顔を浮かべた。


彼の名は、行宗。


白虎隊の隊長として、長年勤めた兵である。死亡率の高い定火消において最年長のために結構な有名人であった。涼太も顔と名前を知っている。


「涼太です」


 涼太は頭を下げる。


「礼儀正しいな。ウチの宗雪ともどもよろしく頼むな」


 副隊長は無言で、頭を下げた。


 どうやら、口数の少ない男らしい。


 この二人は似ていないが親子である。宗雪は、行宗の養子なのだ。宗雪は物静かで、喜怒哀楽が全く分からぬ表情をしていた。無表情なわけではないのだが、動じない性格らしい。おそらくは、宗雪が次の隊長になるのだろう。必ずしも副隊長が次の隊長というわけではないが、副隊長が息子の場合は跡を継がせることが多かった。


「雪は表情が読めないからな。無理に付き合わなくていいぞ」


 座敷にやってきた司は、そう語った。


 やけに親しそうなので不思議に思っていると行宗は「二人は幼馴染だ」と教えてくれた。どうりで客の割には司の遠慮がないはずである。司にとっては、幼馴染とその父親という認識なのだろう。


司は、三人分の饅頭を箪笥からだすとそれを客人に投げる。


栗饅頭だった。


「それを食べたら、帰れよ。おやっさんと宗雪は三日後に来い。頼まれた刀の修理はそのころに終わるから」


 饅頭をもそもそと食べながら、行宗は「頼むぞ」と語った。宗雪は、饅頭には手を付けずに司の頭に手を伸ばす。そうやると、司の身長が宗雪よりもだいぶ低いことが強調される。


「おい、なにをするんだよ」


 司は、じとりと宗雪を睨んだ。


「俺の刀を頼む」


「なら口で言えって」


 司は、宗雪を振り払う。


「おまえは、いつも人の頭をなでるな」


「ちょうどいいところにある」


 宗雪、そう断言した。高身長の宗雪にとっては、司でもなでやすいサイズらしい。


「お前の身長が高すぎるんだ。ちょっとは縮め。このデカブツが」


 司と宗雪の幼馴染二人の押収に、涼太はぽかんとする。


 二人とも、涼太の想像以上に仲がいいらしい。そんな二人の言い合いを背にして、涼太は店の外に出ることにした。饅頭は懐にしまい、あとから食べることにする。


 まだ隊長探しは始まったばかりである。

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