第209話

「がっ!?」


 魔力で固めた砂で出来た槍と共に斬り裂かれたベルナベ。

 本当だったら脳天から斬り裂くつもりだったのだが、さすが魔人の反射神経とでもいうのか、ベルナベは槍が斬り裂かれた瞬間に身を捩った。

 それによって、左肩から左脇腹に向かって斬り飛ばされることで即死を免れた。


「お、おのれ……!!」


 即死は免れたがベルナベだが、吹き出すように大量の出血する。

 どうにかして出血を止めなければ、いくら魔人といっても僅かな命。

 それを阻止するべく、ベルナベは背中の袋から砂を出して傷口を覆った。


「グ、グウゥ……」


「……しぶといわね」


 傷を覆って出血を止めたベルナベは、足を震わせる。

 何とか立っているといった様子だ。

 そんな状態のベルナベを、綾愛は冷めた目で見つめる。


「殺す!! 殺してやる!!」


「……無理ね」


「何だとっ!?」


 怒りでふらつく足を無理やり抑え込み、ベルナベは憤怒の表情で綾愛に向かって吠える。

 牙を剝き出しにして睨みつけるその表情は、呪いでもかけているかのようだ。

 そんなベルナベに圧されることなく、綾愛は冷静に返答する。


「ザントマンから進化しただけあって、砂を操る能力は上がっているようだけど、使いこなせるのはその袋に入っている分の砂だけでしょ?」


「…………」


 普通のザントマンは、ベルナベよりも小さな袋を背負っており、袋の中に入っている分の砂しか使用できない。

 戦闘中に注視していたが、ベルナベが魔人化しているといってもそこは変化している様子はなかった。

 綾愛の指摘を受けて、ベルナベは表情を渋くし無言になる。 


「傷口を覆うことにほとんど使用しているあなたじゃ、勝てるわけないわ」


 普通のザントマンもそうだが、背負っている袋の中の砂を使用して人間に危害を加える。

 しかし、ベルナベは魔人化したザントマン。

 普通のザントマンは砂で睡眠させて無防備になった人間に攻撃する。

 それは、戦闘能力が低いからだ。

 魔人化することで戦闘能力が上昇したのか、それとも戦闘能力を上げたことから魔人化できたのかは分からないが、背負う袋の大きさから使用できる砂の量は大して増えている様子はない。

 あくまでも、戦闘能力と砂の操作能力を上昇させることを重視したのだろう。

 その砂も、大半を出血を抑えるために使用してしまっている。

 残っている砂を使うにしても、短剣を作るので精一杯のはずだ。

 槍による戦闘ならもしもの可能性があったかもしれないが、大怪我をして短剣しかないベルナベなら全く脅威になんてならない。

 そのことから、綾愛は自信ありげに返答したのだ。


「くそっ! 魔人の俺が小娘なんかに負けてたまるか!!」


 砂で作り出した短剣を右手に持ち、ベルナベは綾愛に向かっていく。

 怒りと血流不足でもう冷静な判断ができないのか、もう破れかぶれといった様子だ。


「くそっ! くそっ!」


「……無駄だって」


 ベルナベは、型もなくただ短剣を振り回す。

 そんな攻撃が通用するわけもなく、綾愛は余裕をもって右へ左へと回避する。

 叫びながら攻撃するベルナベの姿は、哀れといった様子だ。


“ニヤッ!!”


「っ!?」


 これ以上ベルナベの相手をするは時間の無駄。

 怪我をしている左脇腹からの攻撃のため、防ぐことは無理のはず。

 そう判断した綾愛は、止めを刺すためにベルナベの攻撃を躱すと共に一歩前に出て、右斬り上げを放とうとする。

 その攻撃をおこなう動作の途中、綾愛は絶体絶命のはずなのにベルナベが笑みを浮かべたのが見えた。 


「くらえーー!!」


「っっっ!?」


 どうせ死ぬのなら、綾愛だけでも道連れにしてやる。

 そんな思いから、ベルナベは綾愛が接近して攻撃する瞬間を待っていた。

 わざと隙を作り、自分の左側から攻撃をさせる。

 思い通りに踏み込んできた綾愛に、ベルナベは勝機を見た。

 そのために、笑みを浮かべたのだ。

 自分が死んでも綾愛を殺すために、ベルナベは自分の傷を覆ていた砂を使用する。

 超至近距離からの砂の散弾攻撃。

 いくら綾愛の動きが速くても、この距離では回避のしようがないはず。

 攻撃を放った瞬間、ベルナベは勝利を確信した。


「ヌンッ!!」


“ガガガガッ!!”


 頭が回っていないためか、ベルナベが何か企んでいるのは僅かに表情に出ていた。

 綾愛はそれを見過ごさず、ちゃんと警戒していた。

 この至近距離での攻撃の可能性もあると考えていたため、対抗策も用意している。

 綾愛が踏み込んだ足に力を入れると、地面から一気に土の壁が出現し、ベルナベの散弾攻撃を防いだ。


「はっ?」


 攻撃を防がれるとは思っていなかったためか、ベルナベから素っ頓狂な声が漏れる。


「足元にも目を配ることね……」


 綾愛がおこなったのは、いつでも土の壁を作り出せるように、あらかじめ足に魔力を集めていただけだ。


「じゃあね!」


 砂を攻撃に使用したため、ベルナベは左半身から大量に出血をする。

 そのまま放っておいても出血多量で死ぬだろうが、自分の手できちんと仕留めるため、綾愛は刀を振りかぶる。

 そして、攻撃を防がれた理由が分からず呆けているベルナベ目掛け、綾愛は刀を振り下ろした。


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