第208話

「防御で手いっぱいのくせに舐めたことを言いやがって!」


 顔を赤らめて怒りを露わにするベルナベ。

 格下の、しかも人間の小娘に、魔人である自分が舐められていることが不愉快極まりないといった様子だ。


「別に防御に専念していたわけではないわ」


「何っ!?」


「あんたがどれほどの実力なのか見極めていただけよ!」


「~~~っ!!」


 綾愛が話すたびに怒りが沸き上がっている様子のベルナベ。

 そんなベルナベを、綾愛は冷静に、見る者によっては冷めた目で見つめる。


「……なるほど」


「…………?」


 ベルナベは、怒りに任せて今にも襲い掛かってきそうだ。

 しかし、何故だか顔の赤らみが引いて行く。

 そして発せられた言葉に、綾愛は首を傾げた。


「仲間に向いていた意識を自分に向ける挑発ということか?」


 ベルナベが冷静になった理由。

 それは、どうやら綾愛が仲間に攻撃をされないために挑発していると考えたからのようだ。


「小娘の策にまんまとハマるところだったわ……」


 怒りに任せて襲い掛かっていたら、雑になった攻撃を放ってカウンターを仕掛けられていたかもしれない。

 いくら実力差があろうとも、感情に任せて戦っていれば反撃を食らう隙を作りかねない。

 それすらも狙っていたであろう綾愛の挑発に乗らなかったため、ベルナベは自分がまだ冷静だと判断することができた。


「……違うわ。本気でその程度なのか聞いているのよ」


“ビキッ!!”


 冷静になったベルナベに向かって、綾愛は燃料となるような言葉を投げかける。

 しかも、その表情が言葉通り本心から言っていると受け取れるため、ベルナベの顔にはいくつもの血管が浮き上がった。


「そうか……、なら全力でぶち殺してやるよ!!」


 そんな状況だろうと、自分が負けるはずがない。

 そう判断したベルナベは、綾愛の挑発に乗ることにした。

 怒りに身を任せ、全力の魔力で身体強化を図り、持っている槍を綾愛に向けて構えた。


「……さすが魔人ね。とんでもない圧力だわ……」


 本気を出したベルナベの魔力を見て、綾愛は感想を呟く。

 ベルナベが魔人の中でどれほどの地位にいるのか分からないが、一般の魔闘師ならばとてもではないが太刀打ちできないだろう。


「この魔力に当てられても口が利けるのは立派だが、その強がりがいつまでできるかな?」


「あんたを殺すまでよ!」


「このガキがっ!!」


 これまでより多い魔力を使用した身体強化を見ただけで、大抵の人間は恐れおののく。

 それなのに、綾愛は少し表情を硬くしただけで、腰が引けている様子もない。

 そのことを評価したベルナベに、綾愛は笑みを浮かべて返答する。

 更に舐めた発言と受け取ったベルナベは、我慢ならなかったらしく、綾愛に向かって地を蹴った。

 

「ムンッ!!」


「ハッ!!」


“ガキンッ!!”


「何っ!?」


 これまでよりも高速で距離を詰めたベルナベは、一撃で仕留めるつもりで突きを放つ。

 今までの攻撃に必死になっていたような綾愛では、この攻撃を防ぐことなどできない。

 そう思っていたベルナベだったが、予想外なことが起こる。

 自分の攻撃に対し、綾愛が反応して受け止めたからだ。

 反応するだけならあり得るかもしれないが、受け止めたとなっては驚きの声を上げるのも無理はない。


「っっっ!? 何だ!?」


 攻撃を止めた綾愛とベルナベは、鍔迫り合いのような状態になる。

 至近距離で見ることで、ベルナベは綾愛の違和感を覚え、戸惑いの声を上げた。


「何だ!? その魔力は!!」


 違和感は綾愛が身に纏う魔力だ。

 戦い始め時から、何も変わっていないように見えた綾愛の身体強化。

 しかし、身に纏う魔力量は変わっていないように見えるが、その密度が違っていた。

 圧縮した魔力に覆われているため、ベルナベはいつ綾愛が変化させたのか分からなかった。


「気づくのが遅いわね! 最初から気づかれないように少しずつ変化させていたのよ!」


 身体強化に使用する魔力を同じ量に見せつつ、綾愛は密かに魔力を圧縮していた。

 それによって、強力な身体強化状態になっている。

 そのため、ベルナベの攻撃を容易に防ぐことを可能にしたのだ。


「ハッ!!」


「グッ!?」


 鍔迫り合いの状態から、綾愛が押し込む。

 魔人の力は強力だ。

 それは魔人の素の力に対して、魔闘師が普通に身体強化して互角といった状態。

 素の力に加えて身体強化している魔人に、人間の女子高校生が力で勝つのはとんでもない。

 それもこれも、圧縮した魔力により身体強化をしている綾愛だからこそできたことだ。


「このっ!!」


「フッ!!」


 綾愛に押されて体勢を崩したベルナベは、すぐに立て直して槍を薙ぎ払う。

 その攻撃を、綾愛は接近しつつしゃがみ込むことで躱した。


「シッ!!」


「うっ!!」


 攻撃を躱されたベルナベは、無防備の状態。

 そのベルナベの腹に、綾愛は蹴りを打ち込む。

 直撃を受けたベルナベは、小さく呻くと共にたたらを踏んで後退した。


「ふざけっ……がっ!?」


 更なる追撃をしようと綾愛が接近する。

 それを阻止するため、ベルナベは槍を構えて迎え撃とうとする。

 そんなベルナベの背に魔術が着弾する。

 綾愛にばかり意識が向いてしまっていたため、奈津希たちのことが頭から抜けていたのだろう。

 ベルナベからすると大したことがない威力とはいっても、直撃すればかなりの痛手だ。

 そのな痛みを与えた奈津希たちに向かって、ベルナベは怒りの表情を向けた。

 しかし、それは悪手だ。


「ハァーー!!」


「っっっ!!」


 隙ができたベルナベに対し、上段に振りかぶった綾愛が斬りかかる。

 強力な身体強化に加えての渾身の唐竹斬り。

 防御に出した槍もろとも、綾愛の刀がベルナベを縦に斬り裂いた。


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