第192話

「まさか本当に2人だけとはな……」


「……クッ! 貴様……」


 自分たちがこの別荘に来ることは、鷹藤家関連の人間しか知らないはずだ。

 そうなると、眼鏡の男の言葉は、内部にスパイが紛れていたことが窺えるような内容だ。

 しかし、名門鷹藤家の場合、傘下の者の身元はある程度調べているため、スパイが入り込む余地などない。

 それでも潜り込めるとしたら、ある者たちのことを思いつく。


「人の姿をしているが、貴様魔人だな!?」


「えっ!?」


 この男、もしくはその仲間が、鷹藤家の何者かに姿形を変化させて侵入していたのだろう。

 そんなことができるのは魔人しかいない。

 そんな思いから問いかける康則の言葉に、道康は驚きの声を上げる。

 まさか、自分たちの前に魔人が姿を現すなんて思ってもいなかったからだ。


「さすが次期鷹藤家当主。正解だ! 名をテレンシオという」


「なっ!?」


 康則の問いに対し、眼鏡の男ことテレンシオは返答する。

 それを受け、本当に魔人が現れたのだと理科した道康は、戸惑いつつも刀を抜いた。


「あわてるな! 相手は一体だ」


「う、うん!」


 魔人の出現には驚いたが、目の前にいるのは1体。

 そのため、戸惑っている道康に対し、康則は落ち着くように促した。

 いくら魔人と言っても、ピンからキリがある。

 魔人だからと腰が引けていたら、勝てるものも勝てなくなるためだ。


「……ハハッ! まさか気付いていないのか?」


「何がだ!?」


 康則の言葉に、テレンシオは笑みを浮かべる。

 そして、康則たちがそれほど慌てていないことに不思議そうに問いかけた。

 その態度が気に入らない康則は、強い口調で理由を尋ねた。


「俺だけだと思っているのか?」


「「っっっ!?」」


 テレンシオの言葉に、康則と道康は体を強ばらせる。

 確かに、自分たちの側にいるのはこのテレンシオだけだ。

 しかし、他に魔人が来ていないとも限らないためだ。


「使用人たちが……」


「クッ! しかし……」


 別荘に来ているのは康則と道康だけではなく、身の回りを世話してくれる使用人たちも数人連れてきている。

 もしもこの付近にいるのがテレンシオだけではないとしたら、その使用人たちが危ない。

 道康がそのことを言おうとするが、康則は手でそれを止める。

 テレンシオのいうことが正しければ、たしかに使用人たちに危険が及んでいることになるが、それがブラフの可能性がある。

 もしも本当だとしても、テレンシオのことを放置しておくわけにはいかない。

 放置すれば使用人たちの人数以上の人々に危害が加わるかもしれない。

 他人よりも身内を取るか、それとも身内よりも他人を取るか。

 そんな選択を迫られているような状況に、康則は動けないでいた。


「まぁ、お前らをここから逃がす気はないがな……」


「くっ!!」


「っっっ!!」


 言葉を言い終わると共に、テレンシオの体から魔力が漏れ出る。

 その魔力だけでも、テレンシオの能力が高いことが窺え、康則たちは使用人たちの所へ向かうわけにはいかなくなった。


「これまでと違い、毎年のように魔人たちが現れるのは、俺と道康を殺すことが狙いという訳か?」


「…………」


 先程の言葉から察するに、このテレンシオという魔人は、自分と道康を狙ってこのような状況に追い込んだということになる。

 父の義康が若い時は、偶然出現したというくらいだった魔人。

 それがこの数年、この国において魔人たちの出現率がかなり上がっている。

 その動きは、組織的なように思える。

 そして、出現する魔人をことごとく返り討ちにしていたこの国を、魔人たちはまるで狙いを付けているようだ。

 その狙いが鷹藤家の自分たちなのではないかと、康則はテレンシオの言葉や態度から導き出した。


「……少し違うな」


「なに!?」


 康則の言葉に、テレンシオは少し間を置いた後、返答する。


「我々にとってこの国で危険なのは鷹藤と柊だ」


 康則の言うように、この大和皇国において鷹藤家は魔人たちにとって危険である。

 そのため、真っ先に始末すべき存在なのは確かだ。

 しかし、危険なのは鷹藤家のみではない。


「……なるほど、柊家にも刺客を送っているという訳か?」


「その通り!」


 魔人にとって鷹藤家は確かに危険だ。

 義康が若い時、出現した魔物を倒したという過去があるからだ。

 そしてここ数年、多くの魔人たちが大和皇国で命を落としている。

 そのことから、鷹藤家を危険視しているのは確かだが、それ以上に警戒している家が存在している。

 それが柊家だ。

 テレンシオの言葉から読み取った康則は、柊家へも魔人の刺客が送られているのだと悟った。

 康則がその考えをぶつけると、テレンシオは笑みを浮かべて頷いた。


「柊家のことは柊家が成せばいい。それよりも我々は我々のことを解決するだけだ」


「フッ! そうかよ」


 魔人たちが柊家も狙っている。

 それならば、柊家にも知らせるべきだが、はっきり言ってそんな状態ではない。

 むしろ、柊家のことなんてどうでもいいという思いがあるため、そっちはそっちでどうにかしてくれという思いしかない。

 そんな思いを見透かすかのように、テレンシオはどこからともなく出した槍を、康則たちに向かって構えを取った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る