第191話

「どうした道康!!」


 伸たち同様、官林地区の学園も夏休みに入る。

 1年の時は八郷学園に通っていた鷹藤家次男の道康だったが、2年になると同時に官林学園に編入することになった。

 元々、柊家の綾愛に近付き、婚姻関係を結ぶために近付いたようなものだ。

 それも去年の夏合宿の事件によって無駄に終わり、更には兄の文康が対抗戦で不正を犯したことで学園を退学になった。

 そんな文康に家を継がせるわけにはいかないと、父の康則は道康を地元の官林地区に呼び戻し、跡継ぎとして育て上げることにした。

 夏休みは、道康を指導するには絶好の機会。

 そのため、康則は道康を連れて鷹藤家の別荘のある土成州の山へと向かった。

 そこにある道場で、康則は朝から晩までみっちりと道康を訓練していた。


「うぅ……」


 剣道の面以外の防具を使用した竹刀による訓練とはいえ、腕や手首に何度も衝撃が加われば痛みが生じる。

 それをほぼ毎日のように繰り返されると、回復魔術で痛みを取り除こうとも精神的にはきついことこの上ない。

 そのため、座り込んだ道康は痛みだけでなく、心まで折れかかっていた。


「そんなことで、名門鷹藤の跡継ぎを名乗れると思うなよ!」


「わ、分かってるよ……」


 康則が道康に熱血指導している理由。

 それは、魔闘師の中でもトップと言われた名門鷹藤家の名を、自分と道康で取り戻そうと考えているからだ。

 ここ数年で柊家が名を上げた。

 だからと言って、名門鷹藤家の名が落ちるようなことは本来なかった。

 しかし、自分の息子である長男の文康が愚行を重ねたこともあり、世間ではかなり印象が悪くなっている。

 実家でほぼ幽閉状態の文康には期待ができない。

 それを払拭するためには、自分や道康が強くなる必要がある。

 道康もそのことを分かっているので、康則の言葉に返事をする。


「ハッ!!」


「よしっ! いいぞ!」


 少し休んだ後、立ち上がった道康は康則へ攻めかかる。

 その打ち込みに、康則はどこか嬉しそうに褒めた。

 口には出さないが、康則としては文康よりも道康の方に期待していた。

 父でありながら、息子2人を比べるのは良くないことだと分かっている。

 しかし、文康は自分の父で現当主の義康に似た天才型。

 反対に、自分や道康は地道な訓練を重ねることで実力をつける努力型だ。

 どうしても、自分に似た道康に感情移入してしまうのは仕方がない。


「よし! 休憩だ!」


「ハァ、ハァ、うっす!」


 長い時間訓練を続けていたため、康則も汗が流れてきた。

 そのため、道康のことも考え、ここでいったん休憩をとることにした。

 疲労困憊といった様子の道康は、息を切らしつつ礼をして、その場に座り込んだ。


「……おじい様はいつ頃こちらに?」


「明後日には来るそうだ」


 この別荘地には、祖父の義康が来ることになっている。

 他の仕事が忙しい中、道康を指導するためにわざわざ足を運んでくれることになっている。

 父に直接指導してもらえることは嬉しいが、やはり大和皇国最強と言われた祖父から指導を受けられることが嬉しいようだ。

 道康は、義康が来るのが待ち遠しいといったような様子だ。

 そんな道康の問いに、康則は嘆息交じりに返答した。


「まぁ、それまで俺で我慢するんだな」


「う……、うん」


 祖父の義康が来るのことを待ち遠しい気持ちが見抜かれたような康則の言葉に、道康は何とも言い難い表情で返事をした。






◆◆◆◆◆


「さて、今日も訓練を始めよう!」


「うっす!」


 別荘に到着した早々、きつい訓練を行った翌日。

 軽い準備運動をおこなった後、康則と道康は午前の訓練を開始することにした。


「まずは、周辺の魔物の討伐からだ」


「うん!」


 別荘地の周辺は樹々に覆われているため、魔物も出現することがある。

 そのため、魔物が別荘に近付かないように、討伐をおこなう必要がある。

 午前の訓練として、魔物討伐をおこなうことにした康則たちは、別荘を中心に探索を始めた。


「……大したことないのばかりだな」


 探索を始めて、時々出現する魔物を退治しているが、道康としては物足りない。

 出てくるのが、弱い魔物ばかりだからだ。

 別に強い魔物が出てきてほしいなどとは思わないが、もう少し体を動かしたいというのが本音だ。


「あまりおかしなことを口にするなよ。良くないことを招くぞ」


「うっす!」


 特に思うところはなくても、道康の言葉は強い魔物を期待しているような内容だ。

 それがフラグになって、本当に危険な魔物を呼び寄せてしまう可能性がある。

 いわゆる言霊というやつだ。

 そのことを康則が注意すると、道康は少ししか反省の色が見えない返事をした。


「その通りだぜ」


「「っっっ!?」」


 康則の言葉に賛同するかのような言葉が聞こえてくる。

 人がいるような場所でもないだけに、康則と道康は驚きと共に腰に差した刀に手をやる。


「貴様何者だ!?」


 声がした方向に目を向けると、離れた場所に眼鏡をかけた1人の男が立っていた。

 康則は、その男に警戒をしたまま問いかける。


「お前らを殺しに来た者だ」


 康則に問いかけられたその男は、眼鏡を直しながら笑みを浮かべて返答した。


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