第111話

「なあ? ナタニエル……」


「は、はい……」


 昔、世界に突如現れた魔人の数体が逃れた無人島。

 魔人島と呼ばれている島だ。

 その島にある邸の内部で、1人の男が少年の前で跪いていた。

 その姿は異様だが、見ただけで2人の力関係が分かるというものだ。

 上の立場なのが少年で、跪いている男の方が下だ。

 少年はコーカソイド、男はコンコイドといった特徴を有しており、その少年の話しかけに対して、ナタニエルと呼ばれた男は言葉を詰まらせながら返事をした。


「テレンシオはエグリア共和国を、カサンドラはスドイフ連合国に大損害を与えることに成功したというのに、大和皇国担当のお前はどういうことだ?」


「も、申し訳ありません」


 伸たちが見たニュース。

 エグリア共和国とスドイフ連合国の襲撃事件。

 それは、この少年の指示によるものだった。

 少年が指示したのはそれだけでなく、伸たちが住む大和皇国へも部下を送り込んでいた。

 その指示を受けたのが、このナタニエルだ。

 静かな口調でありながら、少年が不機嫌なのは態度で分かる。

 そのため、ナタニエルは恐縮したように頭を下げるしかなかった。


「我が配下のティベリオとカルミネを大和皇国の皇都へ送り込んだのですが、まさか鷹藤と柊の者に殺されるとは思っておりませんでした」


 去年の年末に出現したティベリオとカルミネという2体の魔人。

 伸の操作により、柊俊夫がチーターの魔人であるティベリオを、最後に伸が少しだけ手助けしたことにより、鷹藤康義がコウモリの魔人であるカルミネを倒すことに成功した。

 その2体の魔人をけしかけたのが、このナタニエルだった。

 2体に任せておけば大和皇国に大打撃を与えることができると思っていただけに、殺されるとは考えていなかった。


「言い訳はいい。次の襲撃は考えているんだろ?」


「もちろんです! 今回は私自ら動きます!」


「鷹藤と柊の始末は後回しでもいいから、まずは大和の魔闘師たちを減らせ!」


「畏まりました!」


 人間の中にも強者が存在していることは分かっている。

 でなければ、この島にこれだけの魔人が集まることはなかった。

 魔人の出現となれば、当然そういった強者が関わってくるため、失敗することもあるだろう。

 しかし、何度も失敗して魔人の数を減らされるわけにはいかない。

 なので、まずは倒せる者から潰していくことを少年は指示し、それを受け入れたナタニエルは、少年に一礼してその場を後にした。


「バルタサール様」


「んっ? 何? テレンシオ」


 ナタニエルがいなくなったことで、これまで2人のやり取りを黙って見ていた3人のうちの1人が少年に声をかける。

 エグリア共和国に損害を与えたという、目鼻立ちの整った顔をした眼鏡をかけた青年だ。


「ナタニエルの肩を持つわけではありませんが、私としても鷹藤と柊の強さは予想外でした。奴の部下のカルミネはともかく、ティベリオを相手にするのは我々でも結構面倒ですから……」


「……まぁ、そうだね」


 大和皇国には鷹藤家という有名な一族がいることは分かっていたが、経済力はあっても所詮は小さい島国。

 他の大国に比べれば、容易に攻略できると思われた。

 部下任せにしたのが失敗の元だったが、ナタニエルの考えも分からなくない。

 柊家の当主である俊夫が倒したと言われているチーター型の魔人のティベリオは、この場にいる連中でもあっさりと倒せるような相手ではない。

 それを倒したというのだから、それだけの強さを柊が有しているということだ。

 そこまでの力を持った者が、大和皇国程度の小国に存在していると考える方が難しいことだ。

 この部屋にいる者たちの誰もが、ナタニエルと同じような策をとっていたかもしれない。

 バルタサールもそう思っていたからこそ、あまり強く非難しなかったのだ。


「ナタニエル自身が動くのであればさすがに問題ないとは思いますが、もしものことがあった場合どうなさいますか?」


「……ナタニエルが殺られたらってこと?」


「はい」


 鷹藤と柊の強さは想定外だったが、流石にナタニエルを倒せるほどではないだろう。

 しかし、その2家が組んだ場合、ナタニエルの実力でももしもということがある。 

 大和皇国を潰すのは、バルタサールの計画の第一歩だ。

 最初から躓くことは許されない。

 テレンシオは、念のためもしものことを尋ねた。


「その時は、他の国なんて言っている場合じゃないからね。君たちに行ってもらう」


「左様ですか」


 仮定の話をするというなら、いくらでも出てくるものだ。

 この世に絶対なんてことはないからだ。

 考えたくはないが、ナタニエルは短気な部分があるため、そこを突かれたらもしかしたらと考えてしまう。

 心配性なテレンシオらしい考えだ。

 バルタサールの予想通りの返答を受け、テレンシオは頷きを返した。


「では、私はもしもの時のことも考えて、再度計画を練らさせていただきます」


「あぁ、頼んだ」


 ナタニエルの失敗により、計画を少し見直す必要がある。

 そのため、テレンシオは修正案を考えるため、一礼してバルタサールの前から去っていった。


「カサンドラはスドイフ連合国への追撃の策を考えてくれ」


「畏まりました」


 テレンシオが去った後、バルタサールは女性魔族に指示を出す。

 カサンドラと呼ばれた女性魔族は、その指示通りスドイフ連合国への再襲撃を計画するため、バルタサールに一礼して部下のいる所へと向かうことにした。


「オレガリオは、ナタニエルの輸送を頼む」


「了解しました」


 最後に残った大和皇国と同じような見た目をしたオレガリオという名の男に、バルタサールは指示を出す。

 オレガリオは、魔族だけでなく人間の間でも珍しい転移魔術の使い手だ。

 人間たちの魔人島への監視から逃れて移動するには、彼が不可欠であるため、バルタサールは彼を貴重な存在だと理解している。

 そのため、3人のように襲撃をおこなわせるようなことは考えす、島から移動する役割を任せている。

 部屋から出て行ったナタニエルを大和皇国へ送り届けるために、転移の魔術の使用を頼んだ。

 それを受けたオレガリオは、一礼して部屋から退室していった。


「鷹藤に柊か……」


 誰もいなくなったところで、バルタサールは独り言を呟く。


「僕が相手してみたかったな……」


 人間にしては強いレベルにある鷹藤家と柊家の当主。

 指示ばかり出すだけで動くことが無いため、バルタサールは彼らとの暇つぶしを相手してもらいたいと考えていた。


「まぁ、無理だろうな」


 テレンシオが言ったように、ナタニエルが動けば問題ないだろう。

 それはつまり、自分の番はないということだ。

 指示は出したのだし、後のことは他のメンバーに任せたバルタサールは、1冊の本を取り出し読み始めたのだった。


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