第110話

「……マジかよ」


 2年になっても同じクラスになった金井了・石塚聡・吉井健治の3人と共に、学食で昼食を食べていた伸。

 いつもと変わらず賑やかな食堂だったが、壁に備え付けられているモニターの映像を見て誰もが言葉を失っていた。


【お伝えします。エグリア共和国各地に魔人が出現しました】


 エグリア共和国とは、この世界において第3位の国土と人口を有する国で、大和皇国とは同盟関係にある世界一の経済大国だ。

 世界経済を担うそのエグリア共和国に魔人が出現したことを、アナウンサーが努めて冷静に説明していた。


【エグリア共和国に出現した魔人は4体。エグリアの東西南北4つの州に現れ、大きな被害を与えて姿を消したそうです】


 モニターにはエグリアの町の1つが映し出される。

 そこには住宅街があったそうなのだが、魔人に破壊・焼失されたらしく、焼け野原といった様相を呈していた。

 冒頭の了の言葉は、この町の様子を見てのものだ。


「去年のうちの次はエグリアか……」


「何だか魔人の動きが活発化している気がするな」


 石塚の言うように、去年は大和皇国に4体の魔人が出現した。

 普通は十数年に一度あるかないかというはずなのに、この出現率はかなりおかしい。

 吉井が言うように、魔人の行動が活発化しているのかもしれない。


「4体か……」


 それにしても、1国に4体もの魔人が出現するなんて珍しいこと。

 しかも、同時にとなると、何か計画的な行動に思えてくる。


「エグリアの方が魔闘師の人数も質も上なんだし、大丈夫だろ」


「あぁ……」


 伸が違和感を感じて考え込んでいるのを、エグリア共和国のことを心配しているのだと勘違いしたらしく、了は自分の考えを述べる。


 別に心配していた訳ではないのだが、伸はその考えに頷く。


 大和に比べれば何倍も大きな国土を有しているエグリア共和国は、当然人口も多い。

 人口が多いということは、魔闘師たちも多いということ。

 その中のトップクラスとなると、鷹藤家当主の義康と同等クラスの強さの者も数人いる。

 そう考えると、4体同時出現といっても何とかなる気がしてくる。


「まぁ、俺たちがどうこうできることでもないし、見守るくらいしかないな」


「そうだな」


 大和国国とエグリア共和国は同盟国だ。

 有事の際は、求めに応じて協力をする取り決めになっている。

 しかし、大国であるエグリア共和国が協力要請してくるような事案になると、大和皇国が貢献できるか微妙なところだ。

 それはともかく、もしも協力要請を受けたとしても、ただの学生である自分たちには関係のないことだ。

 そういったことは政治家に任せ、伸たちは昼食の続きを再開した。






【速報です。先月のエグリア共和国に続き、スドイフ連合国にも4体の魔人が出現しました】


「「「「…………」」」」


 エグリア共和国の事件に続き、伸たちはまたも昼食中のニュースに驚かされる。

 スドイフ連合国とは、4つの国が合わさって出来た国で、国土の面では大和皇国の6倍ほどの面積をしており、エグリア共和国・大和皇国に次ぐ経済大国だ。

 その国にまたも魔人が出現したらしく、いつものように食事をしていた伸たちは手を止め、無言でモニターに釘付けになっていた。


「……酷いな」


「あぁ……」


 去年の大和皇国、先月のエグリア共和国に続いて、またも世界の経済大国を狙ったような魔人の出現。

 今回も、魔人はスドイフ連合国に多くの被害者と損害を与えたということだ。

 またも被害を受けた町が映し出され、その現状に伸と了は眉をひそめた。

 世界の経済を動かしているとも言っても良いような国へ、度重なる魔人の襲撃。

 この襲撃は、3国のみならず世界の経済に大打撃を与えることは間違いないだろう。


【問題なのは、スドイフ連合国に出現した4体の魔人が、エグリア共和国に出現した魔人とは全て異なる姿をしていたということと、その姿が忽然と消えたことです】


「おいおい……」


「8体の魔人が存在してるって事かよ……」


 石塚と吉井が呟いたように、エグリア共和国とスドイフ連合国に出現した魔人がそれぞれ違う個体だということは、現在8体の魔人がどこかに身を隠しているということになり、その8体が討伐されるまで、世界は魔人の出現に恐怖しながら生きなければならないということだ。


「魔人島以外にも出現するなんて……」


 世界で観測されている魔人は、魔人島にいる5体という話だった。

 その魔人島に変化がないところを見る限り、今回の8体は新種の魔族ということになる。

 新たな魔人の出現なんて、迷惑この上ないニュースだ。






◆◆◆◆◆


「新田君はどう思う?」


「……新種の魔人のことか?」


「えぇ」


 週に一度の割合で、伸は柊家御用達の料亭に来ている。

 時折、学校の休みに柊家の仕事を手伝うバイトをしており、仕事内容の説明などを柊綾愛と杉山奈津希から受けるためだ。

 今週末も魔物退治の仕事を手伝うため、その説明を受けたばかりだ。

 説明が終わり、いつものように料亭の料理に舌鼓を打った後、食後の雑談として奈津希が今話題のニュースについて問いかけてきた。


「……魔人の出現数が気になっている」


「何で?」


「魔人なんて本来十数年に1体出るくらいの頻度のはずだ。それが一気に8体なんておかしすぎる」


 了たちとも話していたが、魔人が出現しすぎだ。

 去年だっておかしな出現数だったというのに、他国とは言えこれだけ出現するのはおかしい。


「それに、その8体の動きも気に入らない。エグリアとスドイフに現れた8体は、一度の襲撃と共に姿を消したって話だ。その手際の良さから、もしかしたら連携しているんじゃないかと思える」


「魔人同士で連携? 魔人は相手が魔人でも敵対する存在だと聞いていたけど……」


 魔人は魔人とすら相容れない。

 進化して人間に近付いているといっても、所詮は魔物。

 自分こそが、最強の存在だと考えているからだろう。


「自分よりも明らかに強い者の存在を確認したらどうだ?」


「自分より……?」


 伸の言葉に、綾愛が反応する。

 魔物は、本能的に強さを求める。

 そして、自分よりも強い相手には、服従する傾向にある。


「現れた8体……、いや、もしかしたら、去年うちの国に現れた魔物も合わせると12体は、強者の指示で行動したのかもしれない」


「っっっ!!」


「っ!! そんな!!」


 伸の予想に、綾愛は驚きで声を失い、奈津希は戸惑うように声を漏らした。

 エグリア、スドイフだけでなく、大和に現れた魔人全てが、何者かによって指示された行動だなんて信じられない。

 去年大和に現れた魔人以上の力を持った者がいるなんて、絶望に近い話でしかない。


「あくまで俺の勝手な予想だ。だが、魔人たちの動きが何かおかしいのは事実だ」


 絶望的な存在。

 そんなのが本当にいるのだとしたら、何としても倒さないと人類の平穏な日々は訪れない。

 あくまでも自分の考えとして、伸は綾愛と奈津希の2人をなだめたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る