第112話
「おぉ……」
「すげえな……」
「あぁ……」
八郷学園校内にある魔術訓練所。
真の友人である了・石・吉の3人組が、感心したように感想を述べていた。
「3人して何見てんだ?」
次が魔術の授業のため、伸も訓練所に到着する。
すると、3人が珍しく真剣な顔をして話し合っていたため、気になってその中に入っていった。
「
「あぁ~……」
了が指差した方向を見て、伸は納得したように頷いた。
伸たちが使う前の時間は、新入生が使用していた。
去年伸たちもおこなっていた、魔術による的当てだ。
恐らく、教師が手本を見せるように言ったのだろう。
1人の生徒が、的に向かって魔術を放っていた。
その生徒が放つ魔術は、発動速度・威力・精度のどれをとっても見事といえるもので、とても新入生が使えるレベルのものではない。
そんな魔術を数回おこない、他の生徒からは歓声が上がっていた。
「
そう、3人が見て感心していたのは、伸たちと同い年の文康の弟で、鷹藤家の次男である道康のことだ。
首都のある官林州を拠点としている鷹藤家にもかかわらず、兄の文康が通う官林学園ではなく、何故か道康はこの八郷学園に入学してきたのだ。
「1年であれだけできるなんてすげえな。俺なんていまだにあそこまで連発出来ないのに……」
「いや、了と比べても……」
「うるせっ!」
道康の放つ魔力弾を見て、了が呟く。
2年の自分が、完全に魔術弾の技術では負けている。
その呟きに、伸はツッコミを入れる。
そもそも、入学時は魔力を飛ばすことなんてできなかった了だ。
去年の夏休みを境に、魔力を飛ばせるようになったとはいえ、鷹藤の人間と比べるどころか、普通の生徒と比べるのも間違っている。
伸のツッコミを受けた了は、若干顔を赤くして声を上げた。
『確かに1年にしてはかなりの実力だ。けど……』
了たちが感心したように、道康の実力はかなりのものだと思える。
しかし、伸の中では少々気になることがある。
「でも、あの兄貴に比べるとな……」
「「あぁ……」」
伸が感じていたことを、3人も同じように感じていたようだ。
兄の文康と比べると、道康の実力では物足りなく感じるのだ。
「言ってやるなよ。本人気にしているかもしれないぞ」
「おぉ、そうだな」
同年代において最強と言われている天才の文康と、いくら鷹藤家の人間だからといって道康を比べるのは酷だ。
あれほどの実力の持ち主がなかなか生まれないからこそ、天才といわれるのだ。
伸の注意を受けて、了も納得した。
「もしかしたら、八郷に来たのもそれが理由かもしれないな」
「あぁ、高校生にもなって兄貴と比べられるのは嫌だろうからな」
石崎と吉井も伸の考えに賛成のようだ。
道康と同じ立場だったら、うんざりしてしまうことだろう。
「鷹藤家だと魔闘師にならないわけにはいかないだろうし、名門の子は大変そうだな」
「「「全くだ」」」
兄が優秀過ぎると、どんなに頑張ってもいまいち評価されない。
それでは努力し甲斐がないため、魔術の道を捨てるという選択を取りたくなる。
しかし、道康は名門鷹藤家の人間。
魔術を捨てようとすれば、それはすなわち家を捨てるということに繋がる。
そんなことをして、良い就職に着ける訳もない。
評価されないと分かっていても努力を続けるしかないと考えると、4人は何となく道康のことを同情してしまった。
「えっ? 口説かれた?」
「えぇ……」
明日の土曜のバイトの打ち合わせをするために、伸はいつも通り柊家御用達の料亭に来た。
そして、柊綾愛と杉山奈津希と話している時、道康の話題になると2人が表情を曇らせたため、その理由を尋ねた。
質問に対する答えを聞いて、伸は飲んでいたお茶を噴き出しそうになった。
「一応柊家の娘として、鷹藤家の彼に挨拶をしに行ったの。そしたら……」
「彼は挨拶もそこそこに綾愛ちゃんを口説いてきました」
その時の状況を思いだして照れくさいのか、綾愛は言いにくそうに話す。
それがじれったく思ったのか、途中から奈津希が説明の続きをした。
「少数とは言え、遠巻きに見ている人がいる中での交際の申し込み。来週の月曜はその話題で持ちきりになるかもしれないわね」
「……そうだな」
鷹藤家の道康が柊家の綾愛に交際の申し込み。
そんな情報が手に入れば、広めたくなるのが人の情というものだ。
名門同士の交際なんて、学園内では格好の話題になること間違いなしだ。
奈津希の言うように、月曜はこの話で持ちきりだろう。
「月曜が憂鬱だわ……」
分かり切った未来に、綾愛は困った顔でテーブルに突っ伏す。
柊家の娘で、競技大会優勝者というだけでも、周りとは薄い壁ができているというのに、今回のことで壁が厚くなりそうだ。
平穏な学園生活を送りたい所だが、どうやらもうしばらくは無理そうだ。
「っで? 告白を受け入れたのか?」
「断ったわよ!」
「ハハッ! そいつは残念だったな道康少年」
月曜に確実に持ちきりになる話題となると、伸は告白の結果を知りたくなった。
若干ニヤケ顔で問いかけると、その顔が気に入らなかった綾愛は腹を立てて返答してきた。
その答えを聞いた伸は、思わず笑ってしまった。
兄に似てイケメンの道康が、自信満々に告白して振られる姿が想像できたからだ。
「笑い事ではないわよ。新田君にも無関係ではないのだから」
「……えっ? 何で?」
綾愛と道康の交際話なんて、自分には関係ないと思っていた。
他人事だから面白おかしく思っていたのに、どうして無関係ではないのか理解できない。
奈津希の言葉に、伸は首を傾げた。
「1年の前期の時、新田君は綾愛ちゃんと親密な仲だって噂がまだ残っているからよ」
「何だよそれ! あれからはたまに話すぐらいだろ?」
「私に言われてもしょうがないわよ。いまだにそういった話をしている娘がいるんだもん」
たしかに1年前期の時に、綾愛と話していたところを見られて勘違いした人間はいたが、それからはたまに話すぐらいで、噂は消えたと思っていた。
しかし、奈津希の言うことが本当だとすると、たしかに他人事として笑っている場合ではない。
「もしかしたら、振られた原因が新田君だと思って、鷹藤の次男がちょっかいかけてくるかもしれないわね」
「マジかよ……」
伸と綾愛の噂を聞いたら、たしかに何かしらの接近があるかもしれない。
そう考えると、綾愛だけではなく、伸までもが月曜日が来るのが憂鬱になった。
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