第102話
「柊はあいつに殺されるな……」
時間は戻り、ティベリオによって飛ばされて行った俊夫を、カルミネは笑みを浮かべて見送った。
ティベリオの移動速度は魔族の中でもトップレベルに位置する。
あの速度を相手にして、人間が勝てる訳がない。
カルミネはそう確信を持っていた。
「これでお前らも面倒な連携攻撃ができなくなった。さてどうする?」
ティベリオの手によって俊夫がいなくなり、この場には鷹藤家の当主康義と、その息子の康則の2人だけになった。
俊夫を合わせた3人で連携していたからこそ、彼らは自分を手こずらせることができた。
しかし、そのうち1人がいなくなっては、これまでのように戦うことなどできない。
勝ち目が薄くなった状態で、まだ戦う気なのかということだ。
「どうする? 父さん……」
カルミネの言うことも確かだ。
俊夫がいなくなっては、連携しての戦闘も効果が落ちる。
3人で良い勝負していたというのに、2人でカルミネに勝てるのか微妙なところだ。
このまま戦うか、それとも退避に移るか。
その選択を求め、康則は父へと視線を向ける。
「…………」
「……何だ? 諦めたのか?」
息子の問いかけに、康義は無言でカルミネを見つめたままでいる。
何か考えている様にも見えるが、無言でいるのは諦めたからだとカルミネは判断し、問いかけた。
「……フッ! たしかに諦めるか……」
「……?」
カルミネの問いに、康義は片方の口の端を上げて軽く笑う。
そして、何かを決意したような表情へと変わる。
言葉とは裏腹に感じる康義の表情に、カルミネは訝しんだ。
「下がれ康則! こいつは私ひとりで戦う」
「えっ? しかし……」
康義は、康則に離れるように手で合図を送る。
その父の指示に、康則は納得することはができない。
3人で戦って良い勝負をしていた相手を、どうして自分1人で相手するという選択をするのか。
まるで、自分を置いて逃げろと言っているようにも感じる。
2体の魔族なんて、この国の魔闘師を集結させて事に当たるべき事案だ。
そして、集結した魔闘師たちを指揮するのは自分ではではなく、この国のトップの康義が指揮する方が望ましい。
なので、1人がカルミネを止めて、その間に退避するという選択を取るというなら、自分がカルミネを相手にして、この国の魔闘師においてトップに立つ康義が退避すべきだ。
「勘違いするな。本気を出すだけだ」
「本気……?」
父の言葉に、康則は首を傾げる。
その言葉からすると、これまで本気で戦っていなかったように受け取れる。
もし、言葉通りだとするのなら、どうしてこれまで本気を出さなかったのだろうか。
「本気を出したら、柊殿やお前を巻き込みかねなかった」
康則の言いたいことは顔を見れば分かる。
それを読み取った康義は、これまで本気を出さなかった理由を話す。
全力で戦えばカルミネを倒せたとしても、俊夫や康則も巻き込んでしまいかねなかった。
そのため、実力を抑えて連携重視の戦闘をしていたのだ。
しかし、俊夫はいなくなった。
後は康則が離れてくれれば、巻き込むことを心配することなく戦うことができるというものだ。
「そうですか……。分かりました」
つまり、自分は足手まといになる。
魔族と戦う上で、余計な心配事を持って戦うわけにはいかないということなのだろう。
そのことを理解した康則は、康義の指示に従い、この場から離れることにした。
「……聞き捨てならないな。まるで本気を出せば俺に勝てると言いたげなセリフだな」
康則が離れていくのを、カルミネは追わない。
見逃したところで、脅威になるとは思っていないからなのかもしれない。
それよりも、カルミネは康義の言葉が気になったようだ。
「そのつもりだ」
先程のティベリオとかいうのもいるし、名前持ちの魔族を放置しておく訳にはいかない。
せめてカルミネは自分が倒さないと、この国の未来はない。
勝てるというより、勝たなければならないと言った方が正しい。
「面白い。じゃあ、お前の本気を見せてみろよ」
「言われなくても……」
話を終えると、康義はこれまで以上の魔力を身に纏う。
「……ほう、あながちホラでもないようだな……」
魔族と言えども、そう簡単に勝てるレベルの身体強化ではない。
だというのに、康義の纏った魔力を見て、カルミネは笑みを浮かべる。
「じゃあ、闘ろうか?」
やる気になったカルミネは、両手に持つ短刀を康義へと構える。
そして、康義と同じように、身に纏う魔力量をこれまで以上に増やした。
「っ!?」
「何を驚く? お前だけが本気を出していなかったとでも思っていたのか?」
「それもそうだな……」
カルミネも身体強化の魔力量を増やしたことに、康義は一瞬目を見開く。
その反応を見たカルミネは、不思議そうな表情へと変わった。
3人の相手をしていた時、カルミネは押されていたが、一度も本気だと言った覚えはない。
本気を出した康義に対して自分も本気を出そうと思っただけなのだが、まさかこれまでも本気で戦っていたと思っていたのだろうか。
不思議そうに問いかけてきたカルミネの言葉に、康義は頷きを返す。
たしかに、これまでカルミネは本気で戦ているとは言っていなかった。
なので、康義はカルミネが実力を隠している可能性は感じていた。
それでも僅かに反応したのは、予想していたよりも実力を隠していたことを感じ取れたからだ。
『微妙なところだな……』
纏う魔力量を見て、康義は内心でカルメラの強さを再計算する。
予想通りの魔力量だったなら、先程も言ったように勝てる自信はあった。
しかし、再計算した結果、確実に勝てるというのは難しいと結論付けた。
『なんとかやってみるか……』
勝てるのが微妙になったからといって、今から逃げ出すというわけにはいかない。
何とか勝つため、康義は内心で気合いを入れた。
「「…………」」
お互い本気でぶつかり合うことになった康義とカルミネは、互いに武器を向け合ったまま無言で動かない。
相手がどう動くのかを、将棋のように何手も読み合っているかのようだ。
「「ハッ!!」」
読み合いによる緊張の膠着が続いたが、康義とカルミネは何かに合図を受けたかのように、同時に地面を蹴った。
そして、お互い一気に相手へと迫り、接近戦が始まった。
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