第101話

「ハアァーー!!」


「…………」


 全魔力による脚力強化。

 それによって、元々高速移動を得意とするティベリオは、更なる加速を生み出した。

 生身の人間なら耐えきれないような高速移動。

 魔族としての強靭な肉体による1撃が、俊夫へと迫る。

 そのティベリオに対し、俊夫は抜刀術の構えをとったまま無言で待ち受ける。


『おいおい、頼むぞ新田君……』


 内心、俊夫は気が気じゃない。

 ティベリオとのここまでの戦いは、話す言葉以外は全部伸に任せている。

 魔力を使用して伸に動かされるのは、自分にとっての限界の扉を開かれるような感覚だ。

 それによって、最初見えなかったティベリオの動きも辛うじてだが見えるようになっている。

 しかし、この攻撃に関しては別。

 ティベリオの姿が一瞬にして自分の間合いに迫ってきた。

 自分で対応していたら、合わせる自信がない。

 そのため、俊夫は一瞬このまま死ぬイメージが浮かんだ。


“ズバッ!!”


 俊夫とティベリオの戦いは、その一瞬で勝負がついた。

 接近したティベリオが俊夫と交錯し、そのまま通り抜けた。


「……ど、どっちだ?」


「……知らねえよ」


 俊夫は刀を振り切った状態で、ティベリオは右手の爪で突きを出した状態で、交錯した2人はそのまま停止して動かない。

 周囲で見ていることしかできないでいた魔闘師たちは、どうなったのか話し合う。

 しかし、誰も2人の動きを目で捉えきれておらず、どっちが勝者なのか分かる訳がない。

 ただ、この後どうなるかを待つしかなかった。


「ぐっ……!」


 交錯から少し経ち、俊夫の脇腹から血が噴き出し、痛みにより膝をついた。

 しかも、刀も折れてしまった。


「柊殿……」


「負けたのか……」


 それを見て、周囲の魔闘師たちは俊夫がやられたのだと理解した。

 あれほどの強さをしている俊夫がやられたことに、誰もが驚きと落胆と共に戸惑った。

 しかし、次の瞬間、


「ガハッ……!!」


 動かないでいたティベリオが、大量の血を吐きだす。

 そして、胴体が斜めに斬り離され、崩れ落ちた。 


「ハァ、ハァ……、危ねえ……」


 腹を抑えながら立ち上がった俊夫は、イメージ通りに本当に死ぬかと思い、どっと汗が吹き出して息が荒くなった。

 脇腹を斬られて結構な量の出血をしたが、内臓に届くほどではない。

 回復薬を飲めばすぐに治る程度だ。


「結構気に入っていた刀だったんだがな……」


 刀身が折れた刀を見て、俊夫は残念そうに呟く。

 柊家の当主という立場から、部下や他の魔闘師に示しがつかないため安物の刀を持つわけにはいかない。

 なので、結構な値段をかけて作り上げた業物だったのだが、半分からポッキリ折れてしまった。

 折角の刀だったというのに、また新しく作り直さないといけないようだ。

 それでも、魔族を倒すことができたのだから、刀の1本くらい安いものと割り切るしかない。


「……っ、ぐうっ……」


「……おいおい、体真っ二つにされて即死じゃないのかよ。まぁ、もう虫の息のようだがな……」


 呻き声を聞いて、俊夫は焦る。

 一応警戒はしていたが、この状態で生きているなんて脅威の生命力だ。


「あ…あの速度に……合わせる…なんて……、この…俺が……人間ごとき…に……」


 自分を倒した俊夫の技術に、ティベリオは息も絶え絶え呟く。

 そして、負けるはずがないと思っていた相手に負け、恨み節のような言葉と共に動かなくなった。

 先程交錯した時、俊夫はティベリオの高速接近に対し、一歩踏み込みによって僅かに体を横へとずらした。

 そして、ティベリオの高速の突きを完全ではないまでも躱し、その踏み込みを利用した居合斬りを放った。

 ティベリオの速さはとんでもないが、その速度から急激な方向転換はできないため、タイミングを合わせて斬りつけるだけで大ダメージを与えることができる。

 その予想通り、ティベリオはこのような結果になったのだ。


「だろうな……」


 ティベリオの呟きに対し、俊夫は他人事のように返す。

 たしかに、超高速のティベリオの攻撃に合わせるなんて至難の業だ。

 本人ですら細かいコントロールができないであろう速度に、抜刀術を合わせることができれば倒せることはできるだろう。

 しかし、それを実行するのは至難の業。

 それをおこなった伸の技術の高さに、俊夫は改めて恐れいっていた。


「あのことをちゃんと考えた方が良いかもな……」


 以前、妻の静奈は、伸を手に入れるために娘の綾愛を近付けると言っていた。

 親ばかと言われるかもしれないが、綾愛は器量も良い。

 綾愛がその気になりさえすれば、それほど難しくないことだと思っている。

 娘婿に伸が来れば、柊家は一気に鷹藤家を越える存在になれるかもしれない。

 そんな打算から、俊夫は真面目に考えた方が良いのではないかと思い始めていた。


「フゥ~……! ……んっ?」


 ティベリオが死んだことを確認した俊夫は、自分で動いたわけでもないのに、どっと疲労を感じてその場へと座り込み、伸と別れた方向へ視線を向ける。

 すると、伸が手で合図を送ってきた。

 その手の動きから察するに、伸はスタジアム内に残してきた鷹藤の方に向かうつもりのようだ。


「了解!」


 今回襲ってきた魔族は、ティベリオだけではない。

 まだカルミネが残っている。

 そっちも倒さないと、せっかくティベリオを倒したというのに安心することができない。

 カルミネの相手を任せてきた鷹藤家の2人がそう簡単に倒されないと思うが、逆に倒せているとも断言できない。

 しかし、伸が行けば何とかなるはず。

 そのため、座り込んだ俊夫は、伸に向かって親指を立てる合図を送った。


「柊殿!!」


 俊夫の合図を見た伸は、すぐさま姿を消す。

 そのすぐ後に、何人もの魔闘師が俊夫へと駆け寄ってきた。

 自分とティベリオとの戦いを、離れた位置で見ていた魔闘師たちだ。

 戦いが終わったことで姿を現したのだろう。


「お疲れ様です!」


「素晴らしい戦いでした!」


「……どうも!」


 先程の戦闘を見て、感銘を受けたのだろう。

 彼らは口々に称賛の言葉をかけてくる。

 たしかに先程のような戦いを見れば、感動するのも不思議ではない。

 その彼らの言葉に対し、俊夫は内心ためらいつつも返事をする。

 と言うのも、勝利したのは自分だが、正確に言えば自分を操って戦った伸の勝利だからだ。


「魔族の死体の処理は我々にお任せください。責任をもって対処させていただきます」


「お願いします」


 集まってきた魔闘師たちは、みんな鷹藤家の手の者と分かるバッジを付けている。

 その彼らが、後始末を請け負ってくれるようだ。

 その言葉を受けた俊夫は、安心して後を任せることにした。


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